表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十六章
598/1595

共に築き上げた『エスピラ』

「エスピラ様!」

「エスピラ様だ!」


 そんな熱烈な叫びが、到着前から大きく鼓膜を揺らした。

 大分しっかりと作られている防御陣地からひょこひょこと人がのぞき始め、そして歓声を上げる。


「流石の人気ですね」


 出迎えに来ていた百人隊長のラーモが、快活に笑った。


 目の前のディラドグマ跡地にいる兵は、一度以上エスピラと共に戦った兵たちなのだ。


 率いているのもカリトンの子であるスクトゥム。実際の指揮を任されることが多いのはプラチドとアルホール。両者とも、アイネイエウスと戦った方のカルド島戦役では別動隊を長く任されていた者だ。


「未だに慕ってくれているのは、素直に嬉しいね」

「いつまでも。私たちの第一人者はエスピラ様です。何なら、このままメガロバシラスに攻め込んでしまいましょうか」


 最後は悪戯っぽく、しかし本気染みた獣の視線でラーモが言った。

 だから、エスピラは大きく笑い飛ばす。


「私はただの最高神祇官だよ。ただの慰問さ。『まだ』その時では無いよ」


 士気を下げないように、野心を付け加えるのも忘れない。

 ラーモも楽しそうに肩を揺らしている。


「最高神祇官に『ただの』と言うのも要らないかと」


 ソルプレーサが一応の冷や水を向けてきたが、意味は無かった。

 ディラドグマ跡地の熱気も変わらずに、エスピラを出迎える。爆発する。


 エスピラが防御陣地に作られた門をくぐった瞬間に、折角築いた壁を内側から吹き飛ばしてしまうのではないかと言うほどの大歓声が上がったのだ。


 エスピラは、困ったなあ、なんて笑みを作ってから支配者の笑みを作り、堂々と手を上げて兵たちに応える。


 士気の、大復活だ。


 今年の初めに奪還してから、ずっと苦しい籠城戦だった。他で敗北の報が入っても、動けなかった。


 鬱憤もたまるだろう。娯楽が一切ない廃墟を防衛のためだけに整え、しかし、それだけ。

 略奪も無く臨時給金も無い。酒も希少。喧嘩も起こるし、不測の事態など日常茶飯事。


 それでも、耐えてきたのだ。

 ならば、彼らに応えるのもエスピラの仕事。


 一人一人の顔と名前を一致させつつ、本国にいる家族の様子を思い起こす。あるいは、別のことを。帰りたいとは思わせない程度に、それでも戦う理由を各々に思い出させて。


 兵が寄ってくれば足を止めて話す。

 質問があれば応える。

 握手を求められれば快く交わす。


 そうして、エスピラはたっぷりと時間をかけてスクトゥムらの待つ本営へと到着した。


「お待ちしておりました」


 スクトゥムが膝をつく。プラチド、アルホールと続いた。

 開いている場所は中央と右隣り。エスピラと、シニストラ。あるいはソルプレーサを入れて、もう一人はエスピラの背後をと言う配置である。


「そう、かしこまらないでくれ」


 声をかけ、エスピラはスクトゥムを立ち上がらせた。


「良く守ってくれた」


 立ち上がらせたばかりのスクトゥムの右手を、両手で包む。

 ありがとうございます、と声を詰まらせながらスクトゥムがまた頭を下げた。エスピラは朗らかに笑い、スクトゥムの背中を叩く。


「二人も良くやってくれた」


 プラチドとアルホールにも声をかける。

 二人も、また頭を下げてくれた。


「軍団の皆と、ヌンツィオ様のおかげです」

「そうだな。でも、君達の功績も大きいモノだ」


 言って、エスピラは近くにいた兵に外で待機させている一団を呼ぶように伝えた。


 一団は何者か。

 ドーリス人傭兵だ。


 最高神祇官と言う立場であるが、エスピラに軍事命令権は無い。財務官のように戦場に出ることも考えられない役職であるため、あくまでも自分の護衛以上の兵は連れていけない。武装はさせられない。


 それでも、ディラドグマ跡地は戦場だ。

 ならば、どうするか。


 エスピラは私費で傭兵を雇ったのである。


 文句は言われるだろう。だが、法に反してはいない。裁判で裁かれた者もいない。判例は無く、やった者も居ないのだ。


 何より、ドーリス人傭兵をそれとわかる形で使うのには大きな効果がある。


 メガロバシラスもドーリス人傭兵を雇うことがあるのだ。兵が居なくなれば、頼りにする可能性があるのだ。

 それに対し、アレッシアにも貸し出すことを見せて置けば歴史的な対立以外にも二の足を踏む要因になり得る。


 ドーリスとしても外貨を稼ぎつつもアレッシアに敵対したわけでは無いと伝えることができる。あるいは、参戦を意識したとして「メガロバシラスが傭兵を雇わないのなら」と国民を納得させられるのだ。


 無論、ドーリスとしてはより傭兵を雇うことに抵抗のない、むしろ積極的にもなり得るメガロバシラスとの戦いはさほど望んでいないのだろうが。むしろ、アレッシアが程よく苦しむ方が良いとまで思っているかもしれない。


(別に、それはそれで構いませんが)


 ドーリス人傭兵が護送した奴隷やエリポス人商団が新鮮な果物などを配る様を見ながら、エスピラは僅かに目を細めた。


 連れてきた者達は、あえてエリポス人が多い。アレッシア人ではなく、エリポス人を積極的に選んでいる。


「すぐに帰られると聞いておりますが、折角ですしもう少し残って行かれませんか? 兵たちも喜ぶと思います」


 配給の手配を済ませたスクトゥムがエスピラの少し後ろに並んできた。

 エスピラの口角が、上がる。弧ができる。


「スクトゥム様。あそこにいるのは、エリポス人です。アレッシアの陣に長くいて良い存在ではありません」


 即答は無い。

 エスピラもエリポス人技術者を連れて行軍したこともあるのだから、そのことを言いたいのか。言いたいが、言うのが憚られているのか。


 理由は、推測でしか分からない。


「情報が漏れるとしたら、彼らからでしょう。始末して済む話であれば簡単なのですが、ね」


 最後の「ね」に水底を映して。

 エスピラは、二種の笑みをスクトゥムに見せた。もちろん、二種目の方はいつもの人受けの良い笑みだ。


 先ほどは、エスピラが傭兵を雇わざるを得ないように書いたが、実際は少し違う。


 先の、春先のように『たまたま』行き先が一緒になっても問題は無かったのだ。問題には挙げられるだろうが、信頼性は彼らの方がある。命の保証はあるのだ。にもかかわらず、エスピラが傭兵を選んだのは、いくつもの理由があってのこと。


 当然、その中には政争も含まれている。


「さて」


 雰囲気を本当におだやかなモノに戻す。


「言うまでも無いとは思いますが、仮に兵がありがたがったとしても新鮮な野菜と果物はさっさと食べさせてやってください。新しい布は何時使っても構いませんが、冬になる前に何とかもう一度、誰かに運ばせようとも思っております。流石に此処での越冬は厳しいモノになるでしょうから」


 ディラドグマ跡地。

 それは、虐殺の記憶。


 多すぎて地面に埋葬しても、疫病が流行るような大地だ。緑のオーラ使いが集められるからこそアレッシアはディティキとビュザノンテンの道路に出来たのである。それでも、苦労した。


 確かに、アリオバルザネスが一時的に占領したように、今は疫病が流行ることは無い。が、様々な噂はある。その噂に対して最も恨みを買っているはずのエスピラが当地に出向き、無事であると、健在であると示すのは心が弱るのを防ぐのだ。


 そう。今のエスピラができることは、精神的に兵を支えることだけ。


 物理的に、人が入れなかったからこそ碌な建物のが無い状況は改善できない。再占領後から作っていると聞いているが、戦時中。木材も貴重だ。

 例えば槍。例えば柵。例えば簡易盾。土を掘るための園匙。全て、木を使っている。


 鉄と木と塩は、いくらあっても多すぎると言うことは無いのだ。


「何から何まで申し訳ありません」


 スクトゥムがまた謝る。


「何をおっしゃるのです。これは、こちらの責任ですよ。エリポス諸都市の協力を得るのがいかに大変か。きちんとお伝えしていれば、元老院の対応も変わっていたでしょう。


 甘い目論見に基づいて作戦を立ててしまった元老院。

 元老院の目論見が甘いと知りつつも口出ししなかったエリポス方面軍半島組。

 そして、君達が適任だとして送り出すことに口裏を合わせた私とサジェッツァ。


 苦労させたことを。これからも苦労させることを謝るのは私達の方です」


 ありがとうございます、と言いつつ、エスピラはスクトゥムのために打ってもらった短剣を彼の手に握らせた。その両手をまたもや自らの手で包み込み、今度は何度もあたたかな力を籠める。揺らし、叩くように握りなおす。


 これからも頼りにしておりますよ、とは実際に口に出して。


「さて」

 と、エスピラはまた空気を変える言葉を発した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ