表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十六章
595/1593

杞憂の会談

(石火の突撃ですか)


 らしいからしくないかで言えば、やりかねないなと言うのがマシディリの感想である。


 今のメガロバシラスは重装歩兵偏重の軍団だ。他のエリポス諸都市と変わらず、重装歩兵による密集隊形ファランクスで踏み潰す。それが基本。


 だが、アリオバルザネスはゆっくりと投降することを選択したり、凹凸のある道を行ったり、数が威力となるのに軍団を分けるなども使っていた。こだわってはいなかった。


 それを思えば、騎兵や軽装歩兵を使ってディラドグマ跡地に近いエリポス諸都市を襲うのはやりかねない作戦だろう。


「エリポス人を良く知っているのはエリポス人、と言う訳ですか」


 呟き、盤面整理のために目を閉じた。

 しかし、思い浮かべたエリポスの地図に石を配置していく前に耳が足音を捉える。恐らく奴隷のモノだ。急ぎでは無いらしい。


「若旦那様」


 奴隷が、扉の外から呼びかけてくる。


「どうかしましたか?」


 マシディリは、若旦那と言う呼び方が好きでは無い。好きでは無いが、受け入れてもいる。


 父の方針もあって弟妹達の誰もウェラテヌスの当主になりたいという欲が無いのだ。

 ならば成人したマシディリは、自然とその地位に行くことになる。


「エスヴァンネ様が若旦那様にお会いしたいと申しております」


「エスヴァンネ様が」


 不思議な話では無い。

 どうやらマシディリの妻のべルティーナは叔父であるエスヴァンネのお気に入りらしいのだ。マシディリ自身も、今年の初めはエスヴァンネの軍団で財務管理を行っている。


「お会いいたしましょう。イチジクがまだありましたね」


 秋収穫用の、甘みの多いモノが。


「はい。ですが、フィチリタ様が本日のおやつだと目を輝かせておいででしたので」


 どんどん奴隷の声の歯切れが悪くなる。


「ならば、ピスタチオにいたしましょう」


 カルド島で生産量が増え始めたらしいそのナッツは、ウェラテヌス邸にもたくさん持ち込まれているのである。アレッシア人よりもウェラテヌスの奴隷の方が口に入れる機会があるほどに、だ。


「かしこまりました」


 奴隷が去った気配を確認してから、マシディリは寝そべっていた寝台から起き上がり、衣服を整えた。神牛の革手袋を腰につけ、父からもらった短剣も帯びる。嵌めたままであるがウェラテヌスの指輪も確認してから、外へ。


 背筋を伸ばして歩き、誰に遠慮することも無く応接室に入る。

 応接室では、クイリッタが睨むようにして立っており、リングアが体を少し縮めていた。


「お待たせいたしました」


 そんな弟たちに対してよりも先に、エスヴァンネに声をかける。頭は下げない。


「こちらこそ急な訪問で悪いな」


 エスヴァンネが苦笑した。


「クイリッタ」


 マシディリは真顔のままで弟を呼ぶ。


「兄上。エスヴァンネ様は、父上を追放したアスピデアウスの者です。そんな者が事前の連絡なしに家にあがるなど。顔の皮をはいでその厚さを見てみたい気分です」


「私の義実家でもあります。それに、父上ならば受け入れたと思いますよ」

「兄上でも、だと思いますけどね」


 失礼しました、と冷たく言ってクイリッタが出て行った。

 失礼します、とリングアが頭を下げ、そそくさと出て行く。


「申し訳ありません」


「良い調和がとれているじゃないか。エスピラ様には無い君達の、いや、カリヨ様も弾劾状を叩きつけたり愛人を作っていたりしたな。まあ、三人以上となれば話が違うか」


 家門として完全に受け入れる訳では無く、それでいて拒絶するわけでは無い。

 その天秤の使い方が、という話だろう。


 そう結論を付けながら、マシディリは奴隷がお茶とピスタチオを出し終えるのを待った。


 ドライフルーツをお茶に落とし、エスヴァンネにも渡す。


「本日は、どのような用件でしょうか」


 雑談から、とも考えたが、マシディリは単刀直入に聞くことにした。


「兄上が感心していたよ。国庫の整理が完璧だとね。仕事も早い。流石はエスピラ様の後継者だ」


 噛みしめるように頷きながらエスヴァンネが言った。


「ありがとうございます」


 返答しつつも、まだ本題では無いなとマシディリはあたりをつける。

 まだ先ではあるが報告の場もあるのだ。褒めるなら、そこで言えば良いだけの話。


「だから、もしもの時は私の副官になってくれないか、というのが用件だ」


 マシディリは、エスヴァンネの足を確認した。

 足は閉じていない。膝やその下を見るにつま先はやや開き気味。背筋は伸び気味であるが余裕もあり、手は握られていないし組まれてもいない。


「随分と話が飛躍しておりますね」

「近ければすぐにでもだ」


 他の者よりも半歩分早いとも思える返答速度である。

 それに押されたわけでは無いが、マシディリは陶器を持ち上げお茶をすすった。


「ディティキが包囲されたと、今朝報告が入った」


 エスヴァンネが言うが、マシディリに驚きは一切ない。


「知っております。軽装歩兵や騎兵を駆使した突撃作戦は、ヌンツィオ様にディティキの解囲を行わせないためのものでしょう。


『私達を守れ』


 エリポス諸国家の勝手な言い分が、ヌンツィオ様の足を止めるはずですから。メガロバシラス本国を脅かす攻撃も、ディティキへの援軍も出せない。ディラドグマ跡地の軍団も動かさないことを前提としているため命令を下せない。


 先生は少数の兵でヌンツィオ様と二万を超えるアレッシア兵を無力化させたのです。アレッシアの味方と言われる諸国家を利用して、ですがね」


「流石。話が早いな。元老院も皆こうだと嬉しいのだが」


 まあ、それは言うべきことでは無い、とエスヴァンネが大きな手を振った。


「把握していることかもしれないが、トーハ族の動きも怪しい。略奪の旨味が減ったから、ここらで様子見に入ろうと言うことだろうな。そうなればますますメガロバシラスはディティキに注力してくるが、奴らには関係の無いことだ」


 ディティキ、トラペザ、アントン。

 エリポス西岸を固めるその三つの都市の中心にあるのはディティキだ。最も落ちにくい都市ではあるが、落ちれば一気に瓦解する場所でもある。


「まさか、元老院もエリポス人のようにビュザノンテンから上陸すれば良い、なんて言っておりませんよね。そのための港の整備だろう、と」


 ビュザノンテンまでは距離がある。

 船は絶対の安全では無いし、ビュザノンテンにたどり着くまでにアレッシアよりもメガロバシラス贔屓な国家の持つ港町も点在しているのだ。しかも、ビュザノンテンに着いてからディティキの救出に向かうにはエリポスを横断する必要がある。


「身勝手にエスピラ様を非難する声はあれども、ディティキ上陸が最優先事項だとは分かっている。だが、ヌンツィオ様が向かえない今、アリオバルザネスに勝てるアレッシア人がエリポスにはいない。


 ディラドグマ失陥と、防衛戦力の充実はアリオバルザネスの意図しないところだろうが、それをうまく利用してきたのは流石名将の類だ。

 それに対して、兄上の派閥からは私をディティキに送るようにとの話が出ている」


(そのようなところだろうとは思っておりましたが)


 残酷なまでの評価を下すのなら、エスヴァンネとアリオバルザネスではアリオバルザネスに分があると言わざるを得ない。


 少なくとも、軍事的手腕では父に勝る者で無いとアリオバルザネスに勝てるとは言い切れないのだ。

 つまり、マルテレス、オプティマ、ヌンツィオ、イフェメラ。そのあたりだろうか。


 インテケルンやディーリー、もしかしたらフィルノルドやエスヴァンネは同格付近に入るだろう。が、当然、本当の戦いになった場合は同格では父が勝つ。ヌンツィオ、オプティマでも父が勝つとマシディリは思っている。


 父で勝てるか怪しいのは、マルテレスとイフェメラだけだと。


(あ、グライオ様を忘れておりました)


 他のエリポス方面軍の面々も。


「分かっているよ。私では、解囲は出来ても決定的な勝利は収められない」


 マシディリの思考で空いた時間に何を思ったのか。

 エスヴァンネがそう言って視線を落としたのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ