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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十五章
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無駄な荷物と挽回と

 アレッシア人は暗殺を嫌う。


 しかし、クルムクシュはエリポス系の人々であるため、関係ない。むしろ昔の二番目の大王がアレッシアに攻めてきた時に毒殺を提案したのはエリポス人である。


 なるほど。


 それを考えれば、クルムクシュの人が北方諸部族の遺体を打ち捨てて、それを取りに来た者達を襲って殺すのはエリポスの流儀。クルムクシュの勝手、ともできるだろう。


 例え裏で糸を引いていたのがイーシグニスだとしても。北方諸部族の上層部や過激派が減って意見の統一がうまく行かなって得するのがアレッシアだとしても、だ。



 報告を聞き終えると、マシディリは帰り道を指定して伝令を下山させた。

 自らは乱雑に、痕跡を残す程度に火の後始末を行う。


 此処までは重いモノを運んだ轍も消し切らずに残している。少し甘い露営地の消し方もしてきた。


 不慣れな商人を痕跡上は装って、山間部族を呼び出したのである。


 山中で普通に戦えば百人に満たないマシディリは負けてしまうはずだ。数の上でも、地の利の面でも。だからこそ、決殺の戦場に相手を呼び出すのである。


 そして、来た。

 間合いに入れば打ち下ろした。投石具で石を。スコルピオで矢を。


 相手の優勢が崩れた時点で、兵を突撃させる。


 ヴィエレは猛将だ。アビィティロも、戦闘の様は猛将の類である。物静かなアルビタも、先陣を切って暴れることができる種類の人間だ。


 第一陣だけ。後詰なし。


 そんなこと、相手は分からないのである。だから、突撃が苛烈であればあるほど、相手にとって戦い続ける利益は消えて行った。食糧を奪えないのならと逃げるようになった。


 これを追い、村を探す。

 見つければ、食糧庫に狙いを定めて夜襲を仕掛けた。


 音で恐怖を演出し、炎で恐慌を広げる。敵を殺すことは一切狙わない作戦だ。食糧も持って帰らない戦いだ。


 財務官としての名目は食糧集め。

 実際にやることは食糧の焚き上げ。


 そうして食糧を無くせば、さっとマシディリ達は引いた。


 山間部族をおびき寄せる作戦は、轍の痕跡に限らない。時には、直に見せたりもした。

 山積みの袋と、多くの樽を。ただし、中身は空。袋の中身は枯れ葉や土。そして、樽にも袋にも一部の兵が潜んだ。護衛戦力をさらに減らして見せて、少数の敵による襲撃を誘引し、返り討ちにする。


 逃げた相手を追いかけて、敵の村を発見するのは同じ。そこからの襲撃は、逆に敵の決戦兵力を別場所に呼び出している内に村を襲ったりもした。


 組織的な蛮族だ。

 そして、戦闘指示にはハフモニ語を用いている。


『突撃』『撤退』『完全撤退』『待機』『投石』『一』『二』『三』。


 これらだけ。オーラによる合図も排し、ハフモニも使っていた太鼓や笛で合図した。


 相手が分かっても分からなくても良い。最後の一押しに過ぎないのだから。


 逃げ道は確保し、消火を考えずに山に火を放ったこともある。

 そうして消火活動をしている内に村を襲うか、消火活動をさせずに村を捨てさせたのだ。


 山間部に集団で住める場所など限られている。

 しかも、冬間近。

 新たな住居を多くの部族が作るのは難しい。逃げてきた者達と元からいた者達で摩擦も起こる。


 マシディリは、一通り暴れると雪がちらつく前にさっさと下山したのであった。


「やばいですね」


 旅装を解くのもほどほどに、マシディリにあてがわれた執務室でヴィエレがそう言ってきた。


「何か、不味いことが?」


 思わずマシディリの表情が険しくなった。手も止まる。

 ヴィエレは、慌てたように両手を振ってきた。


「あ、いえ。良い意味で。冬を前にして山に入るとか、普通は避けるじゃないですか。やるのは馬鹿か天才か。で、マシディリ様はさっと目的を果たして、雪が降る前、間一髪で離脱。いや、たまに降ってましたけど、積もる前に脱出して、環境での死者は出さなかった。

 エスピラ様のすごさは本当によく見てきましたけど、マシディリ様も大概ですよ。ウェラテヌスの血ってやつですかね」


 俺も飲んだら強くなったりして、とヴィエレが笑った。

 強くなるのか、とアルビタが真顔で言い、ならねえよ、とピラストロが突っ込んでいる。


 そんな二人も、邪魔になりますから、とレグラーレによって部屋の外に追い出されていった。


 残ったのは、マシディリとヴィエレ。


 話があるのかも、と思いつつも、マシディリはパピルス紙を取り出した。

 過程や行動理由は変えつつも、事実をアレッシアに報告するためだ。一応の弁明でもある。


「メガロバシラス戦争も、エスピラ様が行けないまでもマシディリ様が行っていれば変わっていたかも知れないのにな。あ、知れませんね」


 マシディリは、穏やかな笑みを心掛ける。


「お気持ちはありがたいのですが、きっと変わらないと思いますよ」

「まあ、軍団長補佐にはさせてもらえそうにありませんしね」


 まだ十六ですし、と笑った後で「あれ、おそろしくね?」とヴィエレが首を傾げた。


「十六歳で、あれだけの偽の船団を作ることができるとか。流石はエスピラ様のお子ですね」


 ヴィエレが、窓の外から海の方を見た。

 クルムクシュの港には、浮いているだけの船擬きが五十四艘浮かんでいる。


「パラティゾ様の協力、ひいてはグライオ様がパラティゾ様の離脱を認めてくださったからですよ」


 プラントゥムに居るパラティゾの上司はグライオだ。

 アレッシアよりも父に忠誠を誓っているようにも見える彼ならば断わることは無いと思っていたが、本当にやってくれるとなれば感謝もより深くなるモノである。


「今回、純粋なる私の功などありませんから。全て、私が起こした失態。それの尻ぬぐい。ただそれだけです。私が引き起こして私が対応した。そんな風に見えるかも知れませんね」


 笑みが、力ないモノになってしまう。


「だとしても、ですよ。こういうことをメガロバシラス方面軍がやってくれればみすみすディラドグマ跡地を奪われることは無かったのに……!」


 ぐ、とヴィエレの拳が握られた。指が真っ白になっている。


 そうなのだ。

 メガロバシラスに帰ったアリオバルザネスは瞬く間に将軍職に復帰すると、ディティキから迫るアレッシア軍、北方から迫るアレッシア軍を相次いで撃破。余勢を駆ってアカンティオン同盟の軍団も打ち砕くと、そのまま南方の中心地、ディラドグマ跡地を奪い取ったのである。


 これで、アレッシアはエリポス西端のディティキと東端のビュザノンテンを分断されたことになる。


 致命的な手だ。


 こちらが攻める側だと思っていたアレッシアは、攻撃地点を限定された上に守勢に回ってしまったのである。冬だからと戦いが始まらず、互いにまともな追撃戦のできなかったぐだぐだした戦争から、一気にアリオバルザネス戦争とも言えるべき状態にひっくり返されたのだ。


「ディラドグマは、俺たちが本当の意味でエスピラ様の軍団になった、特別な地です。皆が怒っております。いや、皆かは分からないですけど」


 ヴィエレの声は、大分、力が強くなっている。


「アリオバルザネスは、すごい将軍です。マシディリ様のように予想外の山越えをしたり、あえての敗戦を呑んだり。何より、国のためにはなんだってします。あの男を解放したのが誰かは分かりませんが、俺は絶対に許せません!」


 ますます強くなった語気と共に、ヴィエレの犬歯があらわになった。

 白い息も歯の隙間から漏れだしている。


「イフェメラ様は、確かにアリオバルザネスに勝ちました。ですが、マールバラの下にアリオバルザネスが居たらと思うと恐ろしくてたまりません。アイネイエウスがマールバラと合流したのと同じことになります。それほどの男なのです。


 エスピラ様が、マシディリ様やリングア様、アグニッシモ様にスペランツァ様の先生とした理由も良く分かります。それほどまでに、切れ者なのです」


「先生は、そうでしょうね」


 言いながら、マシディリは手を止めた。


 トュレムレ奪還に動こうとした父を止めたのもアリオバルザネスの助言あってのものだ。正確には、先生に尋ねて確信を持ってから父を止めるためにマシディリが手紙を出したのだ。


 他にも、アリオバルザネスは半島で、あるいはカルド島で戦う父の戦略を見抜くことが出来ていた。アリオバルザネスならどうするかも聞いたことがあるし、マールバラとだって必ず負けるような人では無いと思っている。


 完全に、全兵権を握られればまた長期の戦争へと突入しかねない。


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