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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十五章
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贖罪戦

「エスピラ様に、一刻も早くお伝えするべきです」


 粗方の情報を絞り終え集まると、アビィティロが一番に言った。

 アルビタも無言で頷いている。


「同意。財務官権限でどうにかできる問題じゃあ無いですよ」

「元老院に言えば、喜んで何かこじつけてくるかもしれませんけど、エスピラ様ならばそんなことも無く、マシディリ様も無実の罪を貰うことはありませんって」


 イーシグニス、ピラストロと続いた。

 唯一何も言わないのはレグラーレだ。


(そうでは、無いのです)


 捕虜の言い分が本当ならば、最後に石を蹴り落したのはマシディリだ。そんな自覚がある。


 父は、もしかしたら捕虜の言っていることを予想して身を引いたのかも知れない。それなのに、父と同じウェラテヌスを名乗っている自分が父と同じくどちらかと言えば温和な策を採ればどうなるのか。


 予想出来なかったと言えるようなことじゃない。


 そう考えると、父に頼るのは最も身の安全を図れることだろう。


(ですが)


 マシディリの拳が、硬くなる。


「皆の言うことも尤もだと思います。私と皆の安全を考えれば、すぐにでも父上に報告して私たちは任地に戻るべきでしょう。


 しかし、それではアレッシアのためにはなりません。

 北方諸部族の反乱をいち早く掴んだのは私達です。此処から本国に指示を仰いで、父上に仰いで、指示が来るなり人が来るなりしていれば冬になってしまいます。冬になれば、向こうも動けないでしょうがこちらはもっと動けません。


 今、アレッシアのためにやるべきこと。

 それは私達がまず動き、対北方諸部族に備えることです。


 食糧と物資を集めましょう。それから、布を多めに。冬場の行軍は動き続けている内は良いですが、濡れた状態で止まってしまえば寒さが痛みに変わってしまいます。それから、風を凌げる程度の小屋をすぐに作れる準備もしましょう。


 いえ。

 その前に、船を作りましょうか」


「船?」


 ピラストロが言う。

 時間が無いとか、一隻二隻で何の役に立つのか、と言った色が見える声だ。


「アビィティロ。オルニー島には、何人の奴隷が居りますか?」


 アビィティロの目が動く。

 何かを考えたようで、すぐにマシディリに戻ってきた。


「元アグリコーラの民であり、アスピデアウス直属の奴隷は二百人を下らないと思います」


「最低でもそれだけ確保できれば何とかなるでしょう。パラティゾ様とべルティーナに手紙を書き、奴隷の監督権を一時的にもらい受けるか二人に指示してもらいます。恐らく、事後承諾になってしまいますが」


「それで船を作っても数はありませんよ?」


 ピラストロが疑問符を増やしながら聞いてきた。

 マシディリは受け止めるように頷く。


「構いません。いえ。まともな船は一隻も作らなくて構いません。


 第二次ハフモニ戦争中に起こった第一次メガロバシラス戦争。その最終盤でイフェメラ様は瓶や板を集めて船を作り、海を渡りました。


 つまり、それらでも水には浮かぶのです。


 そして、父上が再現を試みないと思いますか? 使うことは無かったとしても、選択肢として入れておくのが父上だとは思いませんか?


 再現は出来ます。今度は、そこに船の外見だけを乗せましょう。北方諸部族から見れば、クルムクシュにアレッシアからの援軍が入ったと誤認させられれば十分なのです。


 捕虜の話しぶりから北方諸部族はマールバラの力を認め、自分たち以上だと思っている節が見受けられました。そのマールバラが大軍を擁しても落とせなかったクルムクシュ。そこに、同じようにアレッシア兵が入った。


 そうなれば、クルムクシュを攻める利点は大きく減るはずです。彼らの目的は、こちら側にはありませんから。

 精々が監視の兵を置く程度。此処に時間をかければそもそものアレッシアの攻略が出来なくなる。赤子にも理解できる理屈です。


 それを崩すのは、余程の愚か者か余程の天才か。ひとまずは、考慮せずとも良いでしょう」


 そうすればクルムクシュもより協力的になるって寸法か、とイーシグニスが膝を打った。

 敬語、とレグラーレがイーシグニスの尻を蹴る。イーシグニスが大げさに飛び跳ねた。


「守勢ばかりですね」


 ピラストロがそんな二人を無視して言う。


「財務官に軍事命令権は無い。そんな中で攻勢に動けば、それこそ批判は免れない。トュレムレに籠ったグライオ様も、名目上は特別軍団長として軍事命令権保有者であるエスピラ様の指示なしに軍団の指揮を執ることが神々と元老院に認められていたのだ」


「分かってるってば」


 ピラストロがややいら立ちを見せながらアビィティロに返した。アルビタがその様子をじっと見ている。


「アビィティロの言う通りですが、ピラストロが懸念する通り守勢ばかりでもいけませんね。地図を、用意してくれますか?」


 マシディリが言えば、アルビタが一時的に離れた。

 戻ってきた時に手元にあるのは大きな地図。東はマルハイマナ、南はマフソレイオ、西はハフモニ、北はプラントゥムから半島直上の良く分からない大地まで書いてある地図だ。


(マールバラは、アレッシアに勝つためにエリポスを巻き込んだ)


 地図の端から、ほぼ端だ。


「広すぎだろ」


 ピラストロが突っ込んだ通り、広すぎる地図を使ったのだ。


(父上は、ハフモニに勝つためにエリポスを抑えた。そのために、まずはマルハイマナの動きを封じた)


 今度の盤面は、さらに広がる。


「何で満足げな顔をしてるんだよ」


 ピラストロのアルビタに対する突っ込みを、マシディリは右から左へと聞き流す。


(北方諸部族の決起は、エリポス戦線での動きがあったから。父上は、動けない)


 アリオバルザネス先生の逃亡は、マシディリにとって初耳だ。

 だが、重大な事件だとは分かるし、今も動揺は残っている。その状況の父が自分よりも危険な状況なのは想像に難くない。


 新たな紙の音がした。


 マシディリは、手を伸ばしてそれを止める。見てはいないが、多分ちゃんとした地図をアルビタが持ってきたのだろうと予想して、だ。あの男は、真顔でボケようとするところがあるのを知っている。


「これで、大丈夫です」


 言いながら、マシディリは地図だけを見た。

 指は北方諸部族のさらに北方。プラントゥムとクルムクシュを繋ぐ陸路、その上に。肥沃な大地の広がっていると言われている場所に。


「北方諸部族が、マールバラに兵を出せたのはアレッシア以外の脅威が薄まったからでしょう。ですが、山間部族は危険を冒してでも人を襲わなければ飢える土地に住んでおります。ならば襲う場所が変わっただけのこと。


 誰が説得したのか。

 それは、ハフモニ人だと思います。

 そして、私はハフモニ語も十分に扱えます」


「危険です。山間部族が戦争の結末を知っているのか、そもそも戦争があったことをどこまで把握しているのかは疑問が残ります」


 アビィティロが即座に反対してきた。


「食糧調達のために山に入り、食料を分けてもらった。その過程で不幸なすれ違いが起こった時、財務官は身を守ることが許されております」


 マシディリも即座に言う。


「狙いは、彼らの食糧です。冬を控えたこの時期、毎年のように襲撃を受けていたとすれば未知の部族の守りは硬くなっているでしょう。そこに、少しの刺激と北に対しては防備が緩い北方諸部族が居る。どこを狙うか。全部の部族がとはいかないでしょうが、例年よりも山間部族から北方諸部族への攻撃は激しくなるはずです。


 それだけできれば十分。

 もしうまく行って山間部族が裾野に陣取れば、これをアレッシアの軍団で以て打ち砕き、その武威を示す。そこまでつなげることもまた可能です」


 この考えが希望論に満ち満ちていることはマシディリとて理解している。

 だが、アビィティロへの説得に不安は無いのだ。


 ならば、欲しいのは他の者達への希望。光。やる気を起こさせる言葉。


「ピラストロ。マールバラ、シドン両名の軍団の捕虜から得た山間の道中をもう一度まとめておいてください。


 レグラーレ。先行して、山の様子を探ってきてもらえますね。

 アビィティロ。ヴィエレらを呼んできてください。『身を守るための準備を整えておくように』と。投石具や持ち運びに特化させた型のスコルピオなども忘れないように。


 イーシグニスはクルムクシュからの協力を取り付けるために走り回ってください。

 アルビタは、私と共に行動し、私の護衛を頼みます」



 目を閉じ、息を吐いた。


 イメージするのは父。最も尊敬できる存在。


「北方諸部族にとっては、今こそが最も想定外の時期となります。此処で、アレッシアの優位を、主導権を握る。そのためにここからが忙しいと言えるでしょう。


 ですが、私たちがやらねばなりません。

 アレッシアのために、やらねばならないのです。


 問題はありません。


 父上も人間です。失敗したことだってあります。ですが、父上は失敗を何度も重ねたでしょうか。

 いいえ。父上は、必ずや失敗を活かし、何度も重なるような真似は致しませんでした。


 ですから、問題ないのです。

 私は、私こそがエスピラ・ウェラテヌスの嫡男なのですから。同じことができるはずです。やらねばならないのです」


 そして、大きく息を吸う。


「アレッシアに、栄光を!」


 ざ、と姿勢を整える音が先に揃った。


「祖国に、永遠の繁栄を!」


 それから、大合唱にも聞こえるたった五名の声。


 踏み込むは未知の大地。

 挑むは白地の若人。

 されども、マシディリにとって相次ぐ失敗は許されない。


 そんな戦いが、始まったのであった。


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