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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十五章
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杜撰へ導く情動

「アビィティロの言う通りにしていれば」

「もっと悪い結果が待っていたかもしれません」


 喉を締めるように吐き出した言葉を、アビィティロがいとも簡単に否定してきた。

 そのアビィティロが表情を引き締めたまま会場を確認し、息がある者を縛り上げていっている。


「大事なのは失敗の要因を探ること。二度目を防げば、何も問題はございません」


 言う通りだ、と思う。

 少なくとも父ならば、失敗自体を責めることはしない。軍団として失敗に罰を加えることはあっても、失敗自体にはこだわらないはずだ。


「そう、ですね」


 マシディリは、奪った剣の鞘を伸びている族長から奪い取った。剣を仕舞い、族長の両手を後ろに回し、その二つの手首と剣を布で結び付ける。


「まずは、情報を集めましょう」


 死体はそちらに。生者はあちらに。


 アビィティロが提案してきた分け方を、マシディリは頷いて肯定した。他の四人もそれに従って死体と生きている者を分ける。


「ご安心ください。私達がエスピラ様から学んだのは何も戦場でのこと、征服地での統治方法だけではございません。拷問もまた見てきました。そして、エスピラ様は情報を手に入れるための手段としての拷問の成功率は、高いお方です」


「知っております」


 マシディリは族長を見下ろしながら返した。

 マシディリの口元は引き締められており、目に敵意は無い。


(父上は、拷問の方法を教えてくださることはありませんでしたが)


 それでも、得意なのは知っていた。


 マシディリが目撃した串刺しの森もまた拷問の一種。

 それ以前にも、例えば祖父タイリーからも拷問を任されていたり、サジェッツァ独裁官時代にも父エスピラが行っていたりする。


「マシディリ様。申し訳ありませんが、私には彼らの言葉が分かりません。一緒に来てもらってもよろしいでしょうか?」


 アビィティロが、仕分けながら言う。


「構いませんよ」


 マシディリも同意して、拷問の開催が決定した。


 学んだと言っていただけあって、視覚的にも痛み的にも効果的。そう思わせられる切りつけから拷問が始まる。切りつけ、突き刺し、それでも白のオーラの力で想像よりもはるかに浅い傷で終わる。しっかりと相手にも見せつけた攻撃をして、意識的には大きな痛みを与えつつ体の傷は最小限に抑えるのだ。


(なるほど)


 確かに、これは通訳には見せられないな、とマシディリは思った。

 同時に、自分も試されているのではないかとも思う。


 建国五門として。それ以前にアレッシアの政治家として。

 凄惨な光景も汚泥も雑言も呑み込む必要がある。それが出来ないのなら、生きてはいけないし、生きていけたとしても重要な局面で己の芯を失ってしまう。


 ディラドグマ殲滅戦から、父は一貫して新しい軍団兵を選別し続けていたのだ。アビィティロもそれを学んでいても何もおかしくは無い。


 血の匂いと、汗に端を発する不快な湿気が充満する部屋で、マシディリはそう思った。



「……ぃう。話す!」


 捕虜が叫んだ。

 マシディリが左手を上げる。アビィティロが止まった。


 マシディリはゆっくりと立ち上がると、後ろで逆さ吊りになっていた捕虜を下ろすように示した。レグラーレがすぐに従ってくれる。


 この捕虜達は、別の捕虜から聞き出した仲の良い組み合わせだ。

 片方はアビィティロが。もう片方はこめかみに穴をあけ、逆さにして見える位置で放置。そうして精神的にも追い詰めるつもりである。


「マシディリを、殺すつもりだった」

「知ってます」


 マシディリは左手を払うように上げた。レグラーレが向かいの捕虜を再び引き上げる。

 捕虜が何と言ったかは分からなくても意味の無いことだとは分かってくれたらしい。


「お前らの言う安定は、バッタリーセのくそ野郎のやり方だ!」


 マシディリは、左手を上げた。黙って顎を動かし、続きを促す。


「勝手に街を作ることに決め、俺らを駆り出し、抑え込む。ああ俺らじゃああの街を破壊できなかったからな。大人しくするしか無かったさ。


 それを、マールバラが変えた。あの男が街を打ち壊し、俺らに自由をくれた。


 だが、どうなった。あの男は、特定の部族しか懇意にしなくなった。あからさまな贔屓を加えてきた。そして死んだ。残ったのはなんだ。アレッシアからの敵意だけだ!


 そしてまたクエヌレス? 昔と同じことをしようってか?


 ああ。そうだ。他にも接触してきた奴らはいたよ。だが、どうせ優しいのは最初だけ。マールバラもそうだった。エスピラもそうだ。大幅に認めつつこちらを考えていると言いながら、結局クエヌレスに投げたじゃないか! だから思い知らせてやるんだよ。そう決めて、お前を狙った」


 全部言ったぞ、と言わんばかりに捕虜の肩が上下する。

 液体と言う液体が体を伝って地面に落ちて行った。


「命を懸ける理由としては弱いですね」


 マシディリは、左手を払うようにして上げた。

 後ろの吊るされた捕虜に対するむち打ちが始まり、やがてしゃべった捕虜への拷問も再開される。


 マシディリも、時折アビィティロの拷問を止めて捕虜の髪を掴み、揺らした。直接尋ねた。


 帰ってきたのは唾液。お返しはアビィティロからの強烈な一撃。

 ゆっくり二十本の指を折り、治し、また折る。

 時には相手の耳元で相方の指を折りもした。

 爪の間に針も突き刺すし、足を釘で貫通もさせる。

 放置する時は、一定間隔で水を落とし続けた。


 白のオーラ使いが居る。積極的に関わっている。


 だから、性質が悪い。

 同じ痛みが、また何度も繰り返されるのだから。


 途中、自死しようと捕虜が試みたが、もちろん阻止、あるいは傷を治して拷問が再開される。


「メガロ、バシラス……」


 捕虜が呟いた。

 アビィティロの手が軽く止まりかけたが、剣はまた腹に突き刺さる。白のオーラを発しながら、引き抜かれた。


 それから、マシディリがゆっくり近づく。


「なんと?」


 べったりとした髪を持ち上げるように、捕虜が顔を上げた。


「さいきょうの、将軍がにげだしたらしいな。アレッシアも、良い人はえりぽすに送るってわけだ」


 マシディリの顔が険しくなった。

 アビィティロがマシディリの顔を見て、さらに表情を引き締める。


「いまの、アレッシアは、ウェラテヌスとアスピデアウスに割れ欠けている。おまえが死ねば、完全に割れるわけだ。しかも、こちらももう後にひけない。おまえらは『北方諸部族』とひとまとりにしているからな。


 こちらの覚悟は決まる。

 そっちは決まらない。


 俺らの勝ちだ。

 昔みたいに、またアレッシアを劫略してやるよ! あーはっはっはっ!」


 吼えるように笑い、がは、と捕虜が吐いた。吐瀉物がマシディリの左足に当たる。

 マシディリの表情は変わらない。


「誰から聞いた」


 声は、最も低いモノ。


「アレッシア人に決まっているだろう? 実際に、俺らに対しての言葉を見て行けば統一されてないのぐらい分かる。俺らを恨んでいるのも分かる。


 特に、エスピラ・ウェラテヌスが一番寄り添った対応を取ろうとしているのが怪しいな。


 あの男は妻への侮辱、欲情を許さない。そんなことをした者は皆死んでる。なのに俺らは生きている。おかしいな。おかしいとは思わないか! だからお前が来たんだろ! お前は! エスピラの子だと証明し続けないといけないからな。なんせお前はっ」

「父上は関係ない!」


 マシディリの右手が捕虜の首を鷲掴みにした。

 捕虜の目が飛び出る。が、口は笑っていた。馬鹿にしていた。良く知っている。その目は。その口が。何を言いたいのかを。


 今でもはっきりと、蘇る。


「マシディリ様」


 アビィティロの声が、かすかに聞こえた。


「もう死んでおります」


 それから、はっとして手を放す。

 捕虜の首が、ずるん、と落ちた。皮だけで繋がっているようにも見える。


「北方諸部族が、アレッシアに叛旗を翻しました」


 下唇を噛みしめながら、マシディリは続きを紡ぐ。


「拷問の方針を変えます。少しでも、計画を手に入れましょう。アレッシアの内通者も、あぶり出さないといけません」

「かしこまりました」


 アビィティロが手際よく死体を椅子から外す。

 レグラーレは、内通者、と呟いていた。


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