秘密にならない秘め事
秘密にする、と言ってもそう長く隠し通せるモノでは無い。特に、アレッシアで随一、諸外国を見渡してももしかしたら最高峰かも知れない父が持つ情報網が相手ならばなおさらだ。
それが分かっていたからこそ、マシディリはアビィティロが北方諸部族からの手紙を持ってきても一切動じなかった。
その時が来たか、と思った程度である。
「それを渡してくれますか?」
そして何のことは無い通常の業務のようにマシディリが言う。
アビィティロの雰囲気も一切変わらなかった。
「隠し続けていたと言うことは、やましいことをしていると言う自覚があるのではありませんか?」
「アビィティロには此処の部族の話を聞いてもらっております。私だけでは体が足りないからこそ頼んでいるのです。それなのに、どうして仕事を増やせましょうか」
貴方に話す必要は無い。
そう言ってしまえば厳しい言い方になってしまうための言い換えである。
「此処の者達の多くはマシディリ様に好意を抱いております。私の仕事は、マシディリ様が思うよりも少なく、そして私にとっての普通はもっともっと働いている姿なのです」
(父上ならばもっと多くの仕事を任せた、と言うことですか)
もちろん、そうは言っていない。
だが、アビィティロが思っていたとしても直接言わない人だとはマシディリも理解している。
「それは、マシディリ様への手紙ですよ」
ひょい、とピラストロがアビィティロを抜き去りながら粗雑な木の皮を奪い取った。
「言われなくとも、渡すつもりだった」
「と、言いつつも?」
「何が言いたいのかは分からないが、私がエスピラ様第一に動いていたとしてもマシディリ様への手紙を奪うことは重罪だ。メルア様、マシディリ様。この二人の邪魔をすることは、軍令違反よりも重く、取り返す機会などやってこない」
それもそれで困りますね、と思いながらマシディリはピラストロから木の皮を受け取った。
中身は、この前マシディリが提案した調停の通りに収まったと言う文言。それから、次の助けを求める声。
「その上で、私はその手紙を読ませていただきました」
「伝えるぞ?」
「勝手にしたまえ。私が飛ばされる程度ではアレッシアとウェラテヌスには何も影響は無い」
まるでピラストロが組みかかるたびに半身になってアビィティロが攻撃をかわしているようなやり取りである。
「アビィティロは必要な人材です」
「ありがたきお言葉にございますが、ならばこそ言わせていただきます。
良いやり方ではありません。
マシディリ様。その手紙を、お置きください」
マシディリは、手紙を置かずにアビィティロにしっかりと目を合わせた。
威圧などはしないように、そう感じないように気を付ける。
「確かに北方諸部族はアレッシアに属しているとは言い難いでしょう。ですが、既に多くの有力者がアレッシアにて生活を送り、アレッシアについて学び、アレッシアの衣服を着てアレッシアの物を食しております。問題の解決にアレッシアの法を取り入れるのは、公平性を保つうえでも良き方法では無いでしょうか」
「此の地でマシディリ様の調停がうまく行ったのは、マシディリ様が最初に話し合いの姿勢を打ち出し、同時に敵対勢力を武力で圧倒したからです。その後に対話が続き、共に生活をし、信頼関係を構築できたからこそうまく行ったのです。
対して北方諸部族はどうですか?
マシディリ様は、先の戦争でも北上はされませんでした。したと思えば、飛び越えてプラントゥム。そこから南下してもクルムクシュまで。
どうして北方諸部族からの信頼を得られましょうか。
誰だって間違いは犯します。しかし、信頼関係があるからこそ、信用できるからこそその者の言うことを聞くのです。
それが無い北方諸部族からの頼みなど、マシディリ様が答えるべきではありませんでした」
「頼ってきた者をウェラテヌスの次期当主が見捨てろって?」
怒りをあらわにしたのはピラストロだ。
アビィティロの顎が少し上がる。ピラストロに首を見せるような形になった。
「筋を通した方が良いと申し上げたのだ。ウルバーニ様や、ティミド様が北方にはいる」
「頼りにならないからじゃないか」
ぼそり、と隅に居たレグラーレが呟いた。
「何か」
「ウルバーニ様もティミド様も、解かれたとは言えエスピラ様の勘気を賜った人物。頼りになるとお思いで?」
レグラーレがはっきりと言い返す。
アビィティロは、細かく頷いた。
「なるほど。それも、そうですね」
鼻で吐き捨てるような声だが、納得も示してきている。
「マシディリ様。あくまでも私は反対いたします。反対の立場に立っております。
ですが、ウェラテヌスとして見た時に、ウェラテヌス側の者が信頼できずマシディリ様に流れてきた者をマシディリ様も見捨てるのは、長い目で見れば良くないこと。それは、認めます。私の浅慮でした。
ですが、警戒には警戒を重ねてください。此の地の安定は、まだ長らく続くモノだとは言えないのですから。介入する隙を与えてはなりません」
では、これで、とアビィティロが去って行った。
「三歩のうちに切り替えるように」
何か言いたげなピラストロとレグラーレに対してマシディリは言って、ちらり、と手紙に目を落とした。
見捨てるべきか? 今からでも、別の者を介するべきか?
否。
この手紙では、まだ不慣れなアレッシア語でしっかりとマシディリを指名してきているのだ。ならば応えねばなるまい。ウェラテヌスを継ぐつもりなら、やらねばなるまい。
ポスト・エスピラ。
父の次を、自分が継ぐのなら。その資格があるのなら。自分に意味があるのなら。
これは、避けてはならないのだ。
そんな意思が報われたと思ったのは、関わりのある北方諸部族の長達から感謝を込めた食事の誘いが来た時である。
これには、思わずマシディリの頬も緩んだ。
「しかし、クルムクシュまでは南下できませんね」
のぞき込んでいたピラストロが、ちらりとアビィティロを見た。
既に何度か行ってはいるが、距離もあるのだ。そう易々と任地を放棄して行ける場所では無い。冬も近いため、天候次第では此処に帰ってこられない可能性もある。
「私は、マシディリ様に従う身。仰せのままにいたしましょう。ですが、もしも我儘を認められるのであれば、クルムクシュまでは私も同道させていただければと思います」
当然のことながら飲食会場に来たいと言う訳では無い。護衛として、と言うことだろう。
「一緒に族長の方々と会ってもらっても構いませんよ。ですが、その時はあまり威圧をしないようにお願いします。彼らは、アレッシア語を書き言葉として使ってくれたのです。こちらを悪く思ってはいないはずですよ。と、アビィティロには、言うまでも無かったですかね」
はは、と笑うかのようにマシディリは人差し指で頬をかいた。
言うまでも無いこと、と言うのはもう一つの側面もある。ピラストロやレグラーレを納得させるための言葉として、だ。一言、マシディリからあるだけでも印象は変わってくるはずである。
「何もしていない私が受けるのは過分でありますが、先方が良いとおっしゃってくれたのならば、遠慮なく」
「では、そう致しましょう」
そう言って、すぐに出発する。
クルムクシュに残り接待役を務めていたイーシグニスから、アビィティロの同席も認められたと返事が来たのは道中半ばのこと。聞いて、すぐに返事が来たような時間。向こうも喜んでいたらしい。
(随分と早いですね)
族長が集まるとなれば、人も多くなる。人が多くなれば一人ぐらいどうってことは無いのか、と思いながらクルムクシュへ。
「お待ちしておりました、マシディリ様」
そして、四つの部族の族長が、自分たちの言語でそう出迎えてくれたのであった。




