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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十五章
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針の上への招待状

「でも、まあ難しいとは思うけどね。


 アレッシアはメガロバシラスと戦争中。ハフモニでは北方諸部族を少しの間まとめたマールバラが政権中枢に入るかも知れない。そんな状況でも北方諸部族がすぐに動いてこなかったんだから、分断統治は成功しているんだろうさ。


 しかも、アスピデアウスもウルバーニもティミド様も自らの力で治めたいとは思っていても戦争は望んでいない。


 例えフィルフィア様がティミド様の基盤の全てを欲していても、アスピデアウスと競争になるか協調になるか。元老院からすれば、北方でティミド様が失敗すればセルクラウスやウェラテヌスに喧嘩を売らずにこちらの優秀な会計係を飛ばせるからね。狙っているが、狙っているからこそフィルフィア様に権力が集まるような下手も打ちたくはないはずだよ」


 歪な形で調和がとれている。

 それが、今の対北方諸部族情勢だ。何かが加われば、一気に崩れる危険性を孕んでいるのである。


 だからこそ、ジュラメントがテュッレニアに留まっている。ナレティクスの掌握と並行して、いざと言う時に歴史柄北方諸部族を憎んでいる者をまとめているのだ。


 全てが壊れた時に、素早く防御態勢を取れるように。

 好機と見れば攻め上れるように。


「父上が、兄さんをエリポスに送ったのはそのためですか?」


 兄さん、とはクリュスエルの次男クイリッタのことである。

 

「まあね。流石に、追放中だといざと言う時に素早く動けないからね。念のために逃がしておきたかったんだよ。いくら愚かな決断を下そうとも、今アレッシアに残っているのは戦争を生き延び、なおかつ権力を手にした猛者さ。まだ、経験に不安が残るよ」

「兄上が担当していたとしても?」


 兄上、はマシディリのことだ。


「もちろん、マシディリに担当させていたとしても引かせていたよ。今は、下手に手を出すべきでは無いからね」

「でもジャンパオロ様には備えてもらっている」


 ぽつり、と言って、スペランツァがパンを食べ切った。


 もっと頂戴、と目で訴えてきている。可愛い目だ。丸くて、くりくりで。十歳と言う時の流れは早いが、まだ幼くて可愛らしい愛息だ。


「エスピラ様」


 ご自重さなさいますように。

 そんな声が聞こえてきそうな声音と態度で、ソルプレーサが静かに入って来た。


 奴隷にはアグニッシモもユリアンナも入れるなと言ってあるが、ソルプレーサは通す決断を下したらしい。


 無論、責めるつもりは無い。

 ソルプレーサは、いわばエスピラが当主になって増えた被庇護者の筆頭。エスピラにいくらでも諫言できる存在。エスピラに取り入ろうとする、桜色の言葉を弄する者達が増える中での得難い存在なのだ。

 通すのは当然のことである。


 スペランツァも諫言が通ることが分かったのか、頬を膨らませて押し黙った。ソルプレーサに恨みがましい視線を向けている。その様子すら可愛くてエスピラの目じりが下がっているのだが、ソルプレーサは冷たい視線をエスピラに向けてきた。


 エスピラは、咳ばらいをして背筋を伸ばす。


「ジャンパオロには、さらにもう一歩引くようにと伝えておこうか。何かあった時に関わっていたと思われては大変だからね。とはいえ、軍備は続けてもらうよ。いつでも出られるように、ね。

 難しいことだけど、ジャンパオロならできると信じているとも」


「そのまま伝えても?」

「いや、手紙を書くよ」


 それがよろしいかと、と少しだけ腰を曲げた姿勢のままでソルプレーサが言った。


「ウルバーニ様も、エスピラ様にあこがれを持っているのは確かなことですが」

「マシディリを傷つけておいて良く言うよ」


 吐き捨て、足を組んだ。

 視界の隅ではスペランツァがエスピラの動きを真似している。やはり、可愛い。


「イフェメラ様は、よろしいので?」

「イフェメラがマシディリを邪険にしているのは、私の思い違いでなければ私が最も期待している後継者候補だからだ。私の子だと言うことを前提に、実績が少なく親の庇護下なのに認められていることが不満なんだろう。なら、別に怒るようなことじゃない」


 ソルプレーサはもちろん分かっていただろう。

 が、きっと、スペランツァに聞かせるための質問だ。どこから聞いていたのかは分からないが、多分そうである。


 エスピラは、指で机を軽く叩いた。


「ウルバーニ、だったな」


 スペランツァが組んでいた足を解く。


「ジュラメントの影が見え隠れしている以上は大きな問題にはならないと思いたいね。功はエリポスにある。下手に軍事行動になって北方送りになればジュラメントの望むモノも手に入らないだろうさ。


 何より、ロンドヴィーゴ様がアリオバルザネス将軍の逃亡に関わってしまった時点で彼も忙しいよ。疑いは私以上だからね。


 ジャンパオロが引いて、ジュラメントも積極的に関わってこない。なら、流石にウルバーニも理解してくれるんじゃないかな。できないようならそれまでだ」


 いや、それは厳しいか。とエスピラは右手で唇をつまむように挟んだ。


「フィルフィア様がティミド様の罷免を望むのなら、間違いなく対立は生まれる。そうなればウルバーニも功を得ようとしてしまうか?」


 しかし、どうしようかなとも思う。


 セルクラウスの内乱は、まだ望ましくない。


 アリオバルザネス将軍の逃亡は、ロンドヴィーゴで以て決着とするつもりだが、メガロバシラス後にマルハイマナとの戦いを睨むならティミドは必要だ。飛ばされる訳にはいかない。飛ばされれば、エスピラが飛ばしたアスピデアウスの会計係のほぼすべてが復帰するだろう。そして彼らが入るのは最前線基地となるであろうビュザノンテン。エスピラが計画し、グライオやピエトロが指揮を執って作った要塞都市。三方を海に囲まれた都市。


 立地は立派だが、だからこそアレッシアから遠いあの都市を強くしすぎる訳にはいかないのだ。


 あくまでも中心はアレッシア。その支配の一端としてあの地域は必要だが、本国より力を持つことは許さない。それを、一時の欲望で拡張されかねないことは避けたいのである。


(まあ、ティミド様の才は惜しいが、クイリッタが順調に成長してくれたならば問題無いか)


 意図も、クイリッタの方が理解してくれると言う信頼もあり。


 ひと先ずはどうにかしてタヴォラド様と相談しないとな、と思いながらも、今年の初めに妻を亡くした男との接し方にも迷う。息子、スピリッテの死にはエスピラも責任を感じているのだ。しっかりと、見極めなければならないだろう。


 などとエスピラが考えていると、ソルプレーサが「本日の用件です」と、パピルス紙を差し出してきた。


 それは手紙。スーペル・タルキウスおよびルカッチャーノ・タルキウスの連名。


 即ち、カルド島への招待状である。


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