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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十五章
559/1596

巣立ちの時

 結婚式当日。その日は快晴であった。


 空は青々としており、非常に高い。気温も朝特有の涼しさはあれども日中が良い気温になるであろうことが予想できるようなもの。従軍中に観天を学んでいたヴィエレも今日は快晴だと予想している。


「師匠!」


 そのウェラテヌス邸のパン配りが終わらない内に、馬三頭に引っ張らせるほどの荷をイフェメラが持ってきた。

 エスピラはそんなイフェメラを笑顔で出迎える。奴隷の顔は少し引きつっていた。


(まあ、マシディリの結婚式だからな)


 奴隷への大盤振る舞いの準備もできているので、それで少し機嫌を直してはくれないかと思いつつ。


「心ばかりのお祝いの品です!」


 朝から元気なイフェメラが荷台にかかっていた布を取り払った。現れたのは剣。それも、イフェメラが考えた特別仕様のモノ。アレッシアで軍団に良く使われている剣にプラントゥムの剣の特徴を混ぜ合わせたようなモノ。


 エスピラは、表情に気を付けてきらきらな顔をしているイフェメラから剣を一振り受け取った。


(縁を切る、なんてことは考えていないか)


 持参金の一部として武具を渡すのも珍しい話では無い。それに倣っただけだろう。


「しかし、多いですね」


 あらぬ心配もしているエスピラを通り越した後ろ、山積みの荷物を見ながらイフェメラが言った。


 エスピラも視線を後ろにやる。


「元老院への贈り物と勘違いしているんじゃないかとすら思ってしまうよ。しかも、こんなところで見栄を張っている者たちも多くてね」


 ため息交じりの声が出た。

 気持ちの大きさを表すと言えば聞こえは良いが、要するに贈り物で競っている。愛息を利用しているとも見えるのだ。


 正直、かなり不快である。


「それだけ多くの人が師匠を頼りにしていると言うことですよ」

「私では無くマシディリの結婚式なんだけどね」


「ウェラテヌスの家門の、と考えれば同じことでは?」

「違いない」


 口元の余裕を深め、エスピラは贈り物の目録を受け取った。軽く目を通してから奴隷に渡し、保存を任せる。もちろん、エスピラ自身も確認を行うが、それはイフェメラが一度帰った後で、だ。


「ちなみに、師匠が一番気に入った贈り物は何ですか?」


 少しだけ浮わついたイフェメラの声がやってきた。


(剣を持ってきたのは)


 ある程度選ばれにくいモノだと知ってのことか、とエスピラは結論付けた。

 その上で武器開発などにもいそしんでいたエスピラならば喜ぶと思ってのことでもあるのだろう。


 つまり、望む言葉は自身を褒められること。


「ジュラメントかな。皆、財となり得る物ばかりだったけど、ジュラメントは酒と食材を持ってきてくれたからね。持ってきた時もばっちりだったよ。きちんと結婚式の準備に間に合う日取りを見極めてくれているしね」


 しかし、エスピラはそこから少し外した。

 外したが、それでも友達想いのイフェメラが喜ぶ言葉も選んでいる。


「おお!」

 と、イフェメラもエスピラの予想通りに喜んでくれている。


 エスピラもイフェメラに笑みを返しつつ、少しの寂寥と不安を混ぜるのを忘れなかった。イフェメラもエスピラの表情に気が付いたのか、喜色を徐々に薄めていく。


 演技か?

 否。それは不得手だろうとエスピラは理解している。


「何かありましたか?」

「いや、ね。難しいことは分かっているんだが、ヴィルフェットが少し可哀そうでね。ルーチェは父親と一緒に過ごせてここ最近の機嫌は良いんだ。でも、ヴィルフェットはそうでもない。カリヨは、確かにどちらかと言えばヴィルフェットを可愛がっているようだけど、親からの愛情を感じられたかだけに絞れば、ね」


 姉弟の分断。

 それは、エスピラにとっても嬉しくはない事態だ。伯父としても、ウェラテヌスの当主としても、政治家としても。エスピラ個人としても。


「そればかりは」


 イフェメラも言葉に詰まっている。


 当然だろう。

 娘に愛情を注ぐジュラメントは間違っていない。むしろ子供たちに差をつけたカリヨの方が少し間違っている。かと言って、伯父であるエスピラが補填できるような問題でも無い上に、勝手な贔屓をしてもいけないのだ。


「まあ、気にしないでくれ。ルーチェの幸せは私にとっても嬉しいよ」

「ジュラメントの子だからですか?」

「もちろん、それもあるね」


 一番の理由では無いものの。


「ジュラメントが喜ぶと思います。何かにつけて『私はエスピラ様の義弟』だと言っていますから。すごいですよ、あいつは」

「そうだね。ジュラメントは優秀だよ。ただ、少々誤解も受けやすい。特に今のジュラメントはマシディリの政敵に見えなくも無いからね」


 気温を下げた。

 奴隷も気が付いたのか、距離が出来ている。


「それについては、申し訳なく思っております」


 イフェメラの頭も下がった。

 その状態で首が二度横に振られる。


「しかしながら、欲しいのは象徴では無く実力。確実な力。ジュラメントの他勢力との交渉能力は師匠の旗下の中でも有数なモノだと思います。特にプラントゥムに於ける活躍は口だけで武功を凌ぐと、フィルフィア様もディーリーも評価しております」


 それは評価か? とは言わなかった。


 言い方が分からないため、皮肉か本心かは分からないのである。それに、報告を見る限りジュラメントはきっちりと心を攻めてプラントゥムの諸部族をハフモニから離反させているのだ。エスピラ自身は先の言葉が言葉の通りだと高く評価している。


「メガロバシラスと開戦してしまった今、大事なのは如何にして早期に終わらせるのかだと思います。それができるのはマシディリ様ではありません。私が武威を示し、ジュラメントが勝利に最大の果実をつける。それこそがアレッシアのためになるのでは無いでしょうか。師匠が影響力を保持することになるのでは無いでしょうか」


「影響力なら、見ての通りだ。まだまだ多くの者が私を警戒しているよ」


 エスピラは簡易的に布をかけられて中庭に置かれたままの贈呈品に顎をやった。


「でも、私がアレッシアに居たのなら師匠をみすみす追放なんてさせなかった」


「サルトゥーラが憎いか?」

「憎い!」


「でも、優秀だ」

「知っております。だから、別に。どうこうしようとは思ってません」


 ふう、とエスピラは息を吐いた。

 それからイフェメラに近づく。イフェメラの背筋も伸びた。イフェメラの顔から皺が消えていく。


「ま、今日はマシディリの結婚式だ。めでたい日だよ。それこそ、私が元老院を握っていたら祭日にしてしまうくらいにね」


 既にそうなっているのでは、と言うイフェメラの心の声が表情から聞こえてきた気がしたが、エスピラは無視することにした。


「祝ってくれるかな?」

「もちろんです。師匠にとって、これ以上ない日のはずですから」

「私に?」


「……マシディリ、様に。あの人も、まあ、師匠の子供なだけあって名を残す人物になりそうですから。期待してますよ。あの女の子供じゃ無ければとも思いますが。優秀なのは、カルド島で身をもって知りました。今度は反論など無い完璧な策を練り上げて見せます」


 ははは、とエスピラは大口を開けて笑った。

 正直だな、と。

 私の目の前でメルアとマシディリを共に批判できる人なんて、君ぐらいだよ、と。


「是非とも高めあってくれ。心無い批判は受け付けないが、対抗心ならば歓迎だよ。イフェメラ。君もまたアレッシアに必要な人材だからね。くれぐれも口にだけは気を付けてくれ」


 と言っても、それでは君の良さも薄れちゃうかな、とエスピラは肩をすくめた。


 イフェメラが少し素直に謝ってくる。別にマシディリ様を貶す意図はありませんでした、と。私でもマシディリ様のような子が居れば政治的な基盤は分かりませんが、家門の基盤は継がせます、とも言って。


 それから、式が始まる時にまた来ますと言ってイフェメラが帰って行った。

 エスピラはその背をしっかりと見送る。


「エスピラ様」

「私は、皆が言うほどイフェメラを警戒する必要は無いと思うよ。彼は、素直なだけさ」


 音も無く背後に現れたソルプレーサに風に乗せて告げると、エスピラは「さて」と顔を切り替え、結婚式の最終準備の指揮に入ったのだった。


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