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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十五章
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義兄弟こもごも

「つまり、負けた、と言うことでしょうか」


 マシディリは、口頭で受けた報告を繰り返した後でそう言った。


 後ろでは十四歳になった被庇護者のレグラーレが必死に馬を集めている。一応、マシディリの任地で畑を耕す時に馬に乗る訓練もさせていたのだ。それなりに馬の扱いにもなれてきているようである。


「本人は認めないと思いますが、そうだと思います」


 妹の結婚式に家門の次期当主後補筆頭であるので出席するため、と言う名目でマシディリの護衛を指揮しているパラティゾが肯定した。アレッシアが近いために脱いだ鎧はもう被庇護者に預けている。


「そうなんですか? メガロバシラスに痛撃を加えた後でディティキに退くこともあり得ると思いますよ?」


 会話に入って来たのはピラストロ。

 マシディリの護衛であるピラストロの足は大きく広がっている。同じく護衛であり、エスピラから多くの教えを受けていたアビィティロはそんなピラストロを睨みつけていた。


 パラティゾがそんな二人を見て、マシディリに不安げな視線を向けてくる。マシディリは少し苦笑いを浮かべながら首を横に振った。


 気にしないでください。パラティゾ様がお許しになってくださるのであれば何も問題は無いのです、と言う返答である。


「ディティキからメガロバシラスに攻め寄せる道は、途中で隘路となります。凹凸もあり、密集陣形が力を発揮しにくい場所ですが、ディティキまで退いてしまえば平地が広がってしまうのです。父上が造られた陣地の跡地ぐらいはあるでしょうから、本来ならばその隘路に居座るのが定石。


 それが出来ないほど物資が枯渇しているのか、兵が消耗しているのか、それともメガロバシラス兵が居てできないのか。


 いずれにせよ、報告通りの威勢の良い状況ではないと思いますよ」


 特に前者二つはアスピデアウスの後方支援能力を貶めるものですしね、とマシディリは締めた。


「報告や歴史書は、誰にとって残しておきたい情報なのか、と言うことを意識しないといけませんから」


 アビィティロが淡々と言う。

 いや、エスピラ様に仕えるつもりならばそれぐらいのことは知っておけ、と言う響きが含まれているだろうか。


「父上が正確に戦況を記されたのは、このためのような気もしますね」


 ため息交じりにマシディリは切り出した。


「このため」


 パラティゾが聞き返す。


「はい。戦勝報告が確かならば、次に父上の時と比べてしまうはずです。次の行動がおかしくは無いか、と。間違っていると思うのか、それとも圧倒的に戦術眼戦略眼が無いと思うのか。受け取り方は人それぞれだとは思いますが、父上の報告を吟味したことがある人は不安を覚えると思いますよ」


「そこまで考えているかなあ」


 ピラストロが空を見上げながら言った。


「父上ならば、考えていてもおかしくはありません」

「妙に納得できますね」


 言いながらパラティゾが立ち上がった。

 吹いた風に目を細め、遠くに見えるアレッシアを瞳に映している。


「でも、私の父上も案外そこまで考えていなかったりもするモノです。エスピラ様が全知全能だと思えば、大事なことを見落としてしまうかも知れませんよ。

 なんて。人生の先輩でそろそろマシディリ様の義兄になる私から助言してみます」


 まあ、エスピラ様が私の歳のころにはアレッシア人で初めてエリポスの宗教会議に呼ばれ、エリポスを恐怖に突き落とし、メガロバシラスに対して優位に戦いを進めておりましたが、私は未だに一介の軍団長補佐ですよ、とパラティゾが白い歯を見せた。

 腹を揺らしながら、山羊の膀胱に口をつけている。中身は薄めた酒だ。


「アグリコーラ攻略の契機はパラティゾ様が切り開かれたと聞いておりますよ」

「エスピラ様の策を容れただけです」


「その『だけ』が案外難しいのでは無いでしょうか」

「そうかな。でも、簡単にできちゃう人が私達の身近には多いからね」


「突き通せる人はそうは多くありません」


(劣等感とうまく付き合える方も、また)


 パラティゾは、マシディリの義兄となるこの人物は自分の才はマシディリに及ばないと大っぴらに認めているのだ。認めたうえで、マシディリと付き合っている。足りないところの便宜を図ってくれているし、素直にマシディリの話に耳を傾けてくれているのだ。


 正直、居心地が良い。

 十二歳年上の友人は、マシディリにとっては木陰を作ってくれる大木のような人なのである。


「パラティゾ様の懐の広さは有数の物だと思いますよ」

 と、ピラストロが足を広げたまま言った。


 アビィティロの視線が「慎め」とピラストロを射抜く。パラティゾは何も気にしていないかのようにアレッシアの方を見ながら口を開けて笑みを浮かべていた。


「私のは器の大きさじゃないよ。諦観さ。私より優れた人は多い。数えきれないほどにいる。だから、私は私にできることをする。でも、少しだけ、無理かもと思う範囲にも手を伸ばしてみる。それだけだよ」


 べルティーナにはもう少し願いは熱くしておくべきだと言われたけどね、とパラティゾが笑顔のまま振り向いてきた。


「諦観、と言う言葉を他の言語に訳す時、部族によっては純粋な諦め以外にも物事の本質を見極めると言う意味があるそうです。


『熱願冷諦』

 追い求める気持ちは熱く、頭は一歩引いて本質を見極め続ける。そんな言葉がエリポスのさらに東方にあるそうです。


 それが大事だとべルティーナ様はおっしゃりたかったのでは無いでしょうか」


 パラティゾの目が丸くなったのは一瞬で。


「良い夫婦になりそうだね」

 と笑い飛ばして、護衛の百名に「出発だ」とパラティゾが声をかけたのだった。



 アレッシアには武装して入れないので、途中でパラティゾと別れ、先にマシディリ一行がアレッシアの街壁をくぐる。


 街は、大きな活気に包まれていた。


 お祭り騒ぎである。

 多くの人が行き来し、口々に噂している。


 何を? 

 結婚式の豪華さを。


 どうなるかを。どこまで参加できるのかを。


 何よりも、貴賓の多さを。


「ドーリス王アイレス陛下、マフソレイオの両陛下、ジャンドゥールの宰相に大神官にカナロイアのカクラティス王子。そして、アフロポリネイオの大神官が三名の後継者候補と共に来ているそうですね」


 レグラーレがマシディリの耳元にだけ届くような声で言う。

 まるで世界の中心だあ、とピラストロが呆けた声をあげた。


(流石は父上ですね)


 そんな感想と共に、マシディリの手が少し強く握られる。

 パラティゾとマシディリの年齢差は十二。つまり、あと、十二年で。


「兄上!」


 マシディリの思考が吹き飛ばされた。

 元気な声の主は従妹のルーチェ。ルーチェ・ティバリウス。


 マシディリが体を向ければ、くりくりとした大きな目を一杯に開き、おかえりなさいも足早に服装を見せるように一回転してきた。


「父上が買ってくださったの!」


 最後に、じゃん、と両手を広げて止まる。

 良く似合っているよ、とマシディリが言えば、後ろからジュラメントが人込みをかき分けて現れた。


「おかえり、マシディリ。ルーチェ、それは結婚式まで取っておこうと言っただろう?」

「でも、今日兄上が帰ってくるから見せたかったんだもん。父上が買ってくれたのよ。父上が!」


 ぱあ、と広がるルーチェの頬は綺麗な桜色になっている。

 対照的に胡散臭いモノを見るようなアビィティロの視線は、ジュラメントに容赦なく突き刺さっていた。一行の先頭にいるマシディリにも分かるほどに、はっきりと。


「私だって家族のことを考えている。エスピラ様のそれを普通に思われては全ての父親が困るとも」


 ジュラメントがアビィティロに対して上官のように振舞った。アビィティロは変わらない。


「そうそう。父上はねー、すごいのよ。本当に。ねー」


 ルーチェがジュラメントの傍で揺れながら言った。

 それから、ふふ、と口に手を当てて楽しそうに笑う。


「楽しみにしててね。本当に。帰ったらびっくりするよ。父上だって王様たちと張り合えちゃうんだから!」


 ぶい、とルーチェが二本の指を広げて突き出し、はにかんだ。

 それは楽しみだね、とマシディリも笑顔で返す。


 今日はね、父上の時間全部もらったんだ、とルーチェが笑ってジュラメントの手を掴んだ。そのまま引っ張り、去って行く。去り際のジュラメントは貴族らしい礼をしてきたので、マシディリも同じように返した。


 そんな中でもルーチェは意気揚々と前を進んでいく。


 それは、十三歳と言う年齢よりもずっとずっと幼く見えた。


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