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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十五章
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メガロバシラス戦争に於ける対マルハイマナ戦略

「端的に、かつ少し喧嘩腰で言わせてもらうのであれば、メガロバシラスとマルハイマナ、二つを同時に相手したくないのなら私のやっていることを止めるべきではありません」


 しかし、エスピラは選んだ言葉とは違って声はやさしく、おおらかさを意識して、続ける。


「マルハイマナとアレッシアの対決は、もはや時間の問題でしょう。


 半島を越え、西を黙らせたアレッシアが次に狙うのはどう見てもエリポス。ただ、エリポスの土地はマルハイマナが大王のいた頃のメガロバシラスの後継国家を謳うのであれば欲しいはず。手に入れなければならないはず。ただし、同時に国是としてマルハイマナは今のメガロバシラスやマフソレイオは敵対国家で無いといけません」


「歴史的には、後継国家同士が手を組んだこともございます」


 フィルノルドが言う。

 エスピラも、フィルノルドの言葉にうなずいた。


「はい。その時は同じく後継国家の一つを潰すためでしたが、そうでなくとも組むには組むことでしょう。ですが、現時点でも本格的な協力には踏み込みにくいのも事実です。


 下手をすれば、同じく後継国家を自称し、後継国家として単独で志を果たそうとするマフソレイオに人材が流れるかも知れません。今のマフソレイオは国王イェステス陛下が人柄で人望を厚くし、女王ズィミナソフィア四世陛下が狡猾さで罠にかけて行くような国家ですから。しかし、此処で黙ったままだと言うのもエレンホイネス陛下の威信を下げることに繋がるかも知れないでしょう。


 マルハイマナは今、いえ、マフソレイオとの休戦していた十年間を全て使って我々のことを調べ上げたはずです」


 調べ上げられたことでアレッシアの高官が思い浮かべるのは怪物マールバラ・グラムのこと。

 最終的に勝ったとはいえ、彼に喫した敗北はあまりにも多く、全てが痛い。



「その調査の最終段階が、一昨年の私への多すぎる支援だったのです。目的は、ビュザノンテンの処理能力を知ること。


 アレッシアの畑は最早半島だけではありません。オルニー島、カルド島、ハフモニが支配下に置いていた諸都市。サジェッツァなら、それらのほとんどを戦闘に転用することだって可能でしょう。どれだけの量になるか。アレッシアに敵対するつもりならば考えたくもありません。


 ですが、それらを運ぶとなると海上輸送になります。そして海上輸送となれば、マルハイマナ方面への拠点はビュザノンテン。そこ以外では効率も最大量も大きく劣ってしまうでしょう。


 即ち、国として幾ら食糧が有っても、ビュザノンテンの処理能力が蓋となってしまうのです。処理能力を超える人を集めてしまえば軍団は飢えてしまうのです。


 マフソレイオから運ぼうにもマルハイマナとの国境に広がるのは不毛地帯。大量の食糧を輸送しようとすれば、その輸送隊にも莫大な量の物資が必要となります。現実的ではありません。


 だから、ビュザノンテンの処理能力さえ把握してしまえば、こちらが最大の力を発揮できる兵数など簡単に割り出せてしまうのです」



 フィルノルドの表情は真顔から変わらない。


「ならば、何故一昨年のエスピラ様はその処理能力を限界まで使用したのですか? あの時は、半島での戦いでしたのでビュザノンテンから運ぶ必要は無かったはずです」


 ヴィエレが鋭い歯を唇の外に出した。


 お前が言うな。アスピデアウスの姑息な罠を避けるためだ。お前らの所為だ。


 そんな風にも取れる被庇護者に、エスピラはたおやかに笑いかけ、牙をしまわせる。


「なんとしてでもマールバラに勝ちたかったのです。そのためには全力を出す必要がありました。ええ。だからこそ、私は少し休もうとした今もこうして尻ぬぐいに追われているのです」


 即ち、ビュザノンテンの改修。

 中継地点としての港、倉庫の整備。船の建造。人員の増加。


「マルハイマナも、常にビュザノンテンの上限を把握できるのではありませんか?」


「でしょうね。ですが、私が欲しているのは成長率です。相手が知ってしまうのなら、理解したが故の恐怖を植え付ければ良い。それだけです」


 黙っていたエスヴァンネが左手を口に当てた。その状態で唇が離れる。


「広大な国土を利用し、こちらを引き込んでかつえ殺しにしようとしても、その内大軍も養えるようになる。ただで領土を渡すことになりかねない。そう思わせられれば、と言うことですか」


 エスピラは、まず頷いた。

 それから「はい」と口で肯定する。


「互いの、国として持つ物量では共に削り切るのは難しいでしょう。そんなことをすれば、どちらも国内の敵対勢力が復活いたします。しかし部分的にはそうでは無い。


 私もマルハイマナの植民都市を利用した大軍維持の限界を知っている。フィルムが常に探っている。


 メガロバシラスとの戦争に介入すると言うことは、エリポスでの戦線はメガロバシラスが主導になる可能性が高いと言うことです。マルハイマナとは港街の争奪戦から始まり、マフソレイオからの陸上方面の圧力などもあるでしょう。


 相手の手の内を知れども相手は成長中。その上、自陣の様子も相手に知られている。しかもハイダラ将軍の死後、国境軍の指揮官は権力闘争が相次ぎ、毒殺もあってまだまとまっていない様子」


 様子、と言うよりもマフソレイオ女王ズィミナソフィア四世の策謀によるものなのだ。

 エスピラにとっては、手に取るように分かる確定事項である。


「対してアレッシアでは一線を退きつつも私が健在で、フィルムがマルハイマナとの交渉の席に常にいる。これが示すのはビュザノンテンの成長は止まらず、エリポスにも親アレッシアの者達が存在し続けると言うことです。しかも、マルハイマナが動けば最も近いアレッシアの領土はビュザノンテン。私の影が濃く見える場所。サジェッツァもそれを分かっているから私を自由にさせている。それぐらい、エレンホイネス陛下も理解しているはずです。


 では、マルハイマナの勝率が高くなるのはどういう時でしょうか。


 それは、エリポス系国家の一つであり後継国家を自称するマルハイマナが宗主国として、主導国としてエリポスに乗り込んだ時です。アレッシア以外にもどこか一つを敵として無理矢理にでもエリポス諸国家の一部を味方につけることが出来た時です。それも、他の国を介さずに。


 結局、アレッシアはディティキとビュザノンテンと言うエリポスの西端と東端を拠点にせざるを得ません。しかも、協力者の奪い合いもマルハイマナに分がある。


 エリポス人にとってアレッシア人はどこまでも蛮族、野蛮人ですから。


 メガロバシラスとの戦争に勝っても、メガロバシラスとの間に大きな遺恨を造るか、甘い処置でアカンティオン同盟の離反を招くか。この戦争を綺麗にまとめることなど、サジェッツァでも非常に難しい。いや、する気は無いでしょうね。わが友なら、この戦争を綺麗にまとめる気は無い。


 その結果、マルハイマナが乗り込む土壌が出来上がるわけです。しかも、アレッシアは戦争続きで弱っているように見える。

 逆に言えば、その瞬間こそ驕ったエリポス人に痛烈な一撃を加え、劣った人種と蔑む我らの足を舐めさせる好機なのです」



 それは、一般的にエスピラの支持層とされている者達を裏切る言葉である。


 親エリポス派。エリポスを尊敬し、尊重し、仲良くやっていきたい。認められたい。

 そんな者達を裏切る言葉だ。どちらかと言えば、アスピデアウスの中核に居るサルトゥーラの考えに近い言葉である。


「アレッシア人こそが優位な民族であると?」


 フィルノルドが僅かに眉間を険しくした。


「いいえ。北方諸部族も、プラントゥムの諸部族も、優れている場所があります。得手不得手があり、その中の一人一人にも得手不得手があります。


 私は、ただアレッシアが下に見られるのが我慢ならないのです。

 舐めた態度が許せない。舐められて生きていける訳が無い。


 だから、力を示す。


 幸いにして怪物マールバラとの戦争でアレッシアの軍団は非常に鍛え上げられました。運命の女神は、我らに味方しております。アレッシアの神々は我らの背を押しております。


 今、一気に変わる。

 変えねばならないのです」


 フィルノルドが目を閉じ、大きな息をゆっくり長く吐いた。


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