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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十五章
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二つの晩餐会

「待ってたよ、エスピラ君!」


 集まっていた人の壁をかき分けながら本日の主催者トリンクイタ・ディアクロスが心地良い声を張り上げた。


 後ろに見える会場には人が多く、また人が多いと分かるほどには煌々と火がたかれている。炎に照らされるのは黄金がふんだんに使われた物が多く、少し暗いところには飲み物が置かれているようだ。露店も引き込み、広い演台では音楽や詩の朗読の準備もしっかりとしているのが見て取れる。


 もちろん、こちらは念のために過ぎないのだろうが。


「お待たせして申し訳ありません」


 義兄が到着するのを待ってエスピラは言った。

 トリンクイタが右手を顔の前で大きく振る。


「いやいや。今日の主役はエスピラ君だ。と言うか、エスピラ君が来ると言って人を集めているからね」

「それはそれは」

「おっと。皆まで言わなくて大丈夫だ。あっちの晩餐会よりもこっちの方が豪華になる。主催者は私だよ、エスピラ君。サジェッツァ君は優秀だが堅物だし、マルテレス君も派手好きだがあくまでも彼は労われる立場だ」


「比べたのは私とマルテレスと言うことですか?」

「とんでもない」


 トリンクイタが両手を広げ、首を振った。


「マルテレス君には一人だけで挙行したマルテレス君のための凱旋式があるじゃないか。これでは公平にはならないだろう?」


「そうでしたね」


 エスピラも穏やかに笑って返すが、本心では思っていない。いや、トリンクイタもだろう。


 エスピラか、マルテレスか。

 トリンクイタかサジェッツァか。


 同時に、トリンクイタがエスピラ側の人物だと再度アレッシア人に周知し、完全にサジェッツァになびくことのないマルテレスとトリンクイタを比べさせる気だろう。比べさせ、将来的にはアスピデアウスは功労者を容赦なく切り捨てると言う印象までもっていく気か。


 あるいは、風土の差を、思想の差を見せる気か。


 財の使い道を絞り、財がある者は贅沢よりも国家の奉仕に使えと徹底させるアスピデアウス派のカッサリア。

 財の使い道を自由にし、一部の者しか享受できなくても盛り上がりや活気をもたらすウェラテヌス派のディアクロス。


 上も徹底することで下にも同じことをさせようとするのはどちらも同じ。違いは効率の良い財の使い方を徹底させるか、民に活気をもたらし、活気がさらなる発展を遂げると信じるのか。


「マシディリ君も財務官就任おめでとう! 法が変わらない限り、いや、変わってもかな。破られることのない最年少記録だね。エスピラ君も随分と若い時になったが、まさか二十年と経たずに塗り替えられるとは思わなかったよ。いや、エスピラ君が財務官になったのはマシディリ君が生まれた年だったね」


 挨拶が終わった後で、トリンクイタがマシディリに祝いの言葉を渡した。

 周囲からの注目の量は変わらない。


「ピエトロ様にカリトン様。他にも多くの父上と共に戦ってきた方々のおかげです」


 マシディリが丁寧に頭を下げる。


「謙遜する必要なんて無いよ。腰から下げた革手袋に、演説の時に使用した紫色のペリース。隠さなかった短剣と時折つけていた首飾りはエスピラ君が凱旋行進を行った時に大衆の前で幼いマシディリ君に渡した物だろう? あれが、決定打さ!


 マシディリ君への妨害も援助も、全てはエスピラ君に繋がる。失礼。ウェラテヌスとして一本化した、と言うべきかな。ウェラテヌスとは、エスピラ君とマシディリ君だ」


 マシディリの口元が僅かに引き締まった。視線も少しだけ下がっただろうか。

 ただ、微細な変化であり、大きな問題はない。相手がトリンクイタなどで無ければ。


 トリンクイタであっても知っていて言葉を選んでいるのだろう。この場では問題にならないはずだ。欲しい情報はもっていかれたのだろうが。


「十二年も昔のことを覚えていてくれて嬉しいよ」


 エスピラは表情を溶かし、マシディリの肩に手を置く。

 家の中ならば頭を撫でていたのだ。そうしなかったのは、人前であるからという理由とマシディリに身長を追いつかれつつあるからである。


「私も覚えていますよ! えっと、えっと。すごかった!」


 ユリアンナが元気な声を出した。


「一歳の赤子は乳母の腕で寝ていたよ」


 ぴ、とエスピラはユリアンナの額を指で軽く押した。

 あう、とユリアンナがかわいらしい声を出して首をのけぞらせる。


(やっぱりユリアンナも天才だな)


 見事な空気の変え方だ。無邪気に親に褒められたい娘に多くの者の心が持っていかれただろう。


 そんなことを、親馬鹿に染まった顔をしながらエスピラは思った。


「『勝って、勝って、勝った』。父上がもたらしたその言葉であれば何も咎められることはありませんでした。しかし、兄上がうらやましかったのも事実です。今では良くそんなことが言えたなとは思いますが」


 そろそろ入りませんか、とクイリッタが静かな調子を変えずに言った。

 待たせて悪いね、とトリンクイタがマシディリの右側に出て歩き出す。少し斜めにはなっているが、トリンクイタが前。その右斜め後ろにマシディリとエスピラが並び、エスピラの後ろにクイリッタとユリアンナが並ぶ。


 ウェラテヌスとして。


 エスピラと、マシディリがほぼ同格であると言う扱いだ。


(さて。どれだけ効果があるものか)


 少なくとも、此処までの小さな気遣いでトリンクイタは完全にマシディリからの良い印象も勝ち取っているとは容易に考えられる。


 離れたことで起こっていたであろうマシディリに対する悪いことも、マシディリの中ではこの男との対比に使われたのだ。歩く道は自分の道だが、親ウェラテヌス。そう言う立ち位置でトリンクイタが酒を飲んでいるのである。


「エスピラ様」


 エスピラが飲み物を取ると、席に着く前に我慢の限界に達したらしい参加者がやってきた。


 彼を皮切りに、続々と人が訪れる。エスピラが一歩進もうと思うとすぐにその足場を埋めるように。続々と。誰も彼もがエスピラとの会話を求めて。


 当然、エスピラも想定していたことである。

 その中で見定めるのだ。

 エスピラだけに話しかけるのか、エスピラが子供を好きすぎるから子供たちも平等に褒めるのか。あるいは、マシディリに偏重するのか。


 良い悪いではない。

 どれも正解である。その中で性格を知る一端にしようと言うのだ。


 そんなことを続けながら何とか動き、椅子に座る。そこでも複数の組の挨拶を受け、ひと段落してから「食べておいで」とエスピラは子供たちの背を押した。


 人が多いからか、あるいはエスピラが主役となるともっともっと流動的な方が良いと思ったのか。

 いつものように座ったり寝そべったりして待っている参加者に回ってくる食事の量は少なめで、多くが庭に呼び込んだ露店に取りに行くことを前提としているような晩餐会である。


「行って良いんだぞ?」


 そんな中で、エスピラは自身の横に陣取り続けている愛娘に尋ねた。

 その愛娘はエスピラに渡されたモノを開封し、あるいは無理矢理開いている。


「母上に変わって私が見張ってるの」


 またあった、とユリアンナがクロッカスの花を見つけ出した。

 これで夜這いの誘いは七人目だ。


「妊娠中の妻がいるのに他の女に見向きもさせないと、父上が狭量だと言われるぞ?」


 トリンクイタが歯を見せながら言った。

 ユリアンナのあどけなさが残るかわいらしい顔立ちが、流石はメルアの娘と言えるほどに瞬時に鋭くなる。


「母上が悲しむのは父上が嫌がります」


 そして、断言した。


「そうだな」


 エスピラは笑い、クロッカスの処理をまたもやユリアンナに任せる。

 トリンクイタも楽しそうに顔に笑いを含んでいた。


「八人の子供がいて、九人目も妻のお腹の中にいる。それならもう十分だと思うのも当たり前なんだけどなあ。しかも、エスピラ君はアレッシア屈指の実力者だ。血も申し分ない。声も良い。顔立ちも良い。女性に、言い寄るな、と言う方が無理じゃないかい?」


「メルアは満足しませんよ」

 冗談交じりの声を続けたトリンクイタを、妻でありメルアの姉であるクロッチェが切り捨てた。


 それもそうだな、と大きく口を開けて笑い、トリンクイタが酒を飲み干す。


「代わりが居るから良いじゃないですか」


 ユリアンナが言い、人込みの中を睨みつけた。


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