どこに借りを作るべきか
「策、ですか?」
イェステスの顔が上がる。
まだ何も言っていないのに表情が明るくもなっていた。
「はい。第二次ハフモニ戦争中のマフソレイオの支援をタヴォラド様とエスヴァンネ様にお見せするのです」
イェステスの眉間に皺が寄る。
「説得するべきはサジェッツァ様であり、サルトゥーラ様では無いのですか?」
「その二人はまだとっておきましょう。借りを作る必要はありません。タヴォラド様に伝えればフィルフィア様にも行き、イフェメラに誰かが何かを吹き込んでも今ならフィルフィア様が反対されれば止まるでしょう。
エスヴァンネ様は今張り切っております。そのエスヴァンネ様とフィルノルド様さえ抑えられれば、サジェッツァも強硬は出来ません。その二人を失えば、良識派が大きく力を削ぐことになりますから。
命を取るにはまず手を抑える。
いきなり首を狙えば、相手も必死になるでしょう?」
「……なるほど」
「時の執政官が納得したのなら、今のアレッシアではそう簡単にひっくり返す訳にはいかなくなります。
何せ、退役兵に土地を配る最適な機会を狙っていたら迷える期間を縮められたのですから。
私が護民官選挙を手伝う。つまり、来年以降の土地の分配となればそれは私のおかげと噂される。今やっても私の影がある。なら、大盤振る舞いをするしかない。功を認めるしかない。しかし、そうすれば味方からも不満が出て、私の追放が不当では無いのかと言う不満も別の勢力から出る。
エスヴァンネ様、フィルノルド様、ヌンツィオ様、タヴォラド様。
此の四人が、二人になれば終わりです。アスピデアウス派単独では国政を運営できなくなります。例え、サジェッツァとサルトゥーラが生き残っていたとしても、ですよ」
「単独では、と言うことは」
「次に抱き込むのはマルテレス、でしょうけどね」
明るくなったイェステスの顔が、またしゅんとした。
申し訳ありません、とエスピラは明るく笑う。
「大丈夫です。戦争にはなりません。それに、アレッシアにとっては信用できないのはメガロバシラス。そのメガロバシラスとの戦争でも揉めているのに、戦後のメガロバシラスの処遇で揉めないとお思いですか?」
もちろん、それとこれとは話が違う。
「そしてメガロバシラスの次はマルハイマナです。そのマルハイマナと立地が近いのはマフソレイオ。長年の宿敵だとは知っておりますが、国を率いる者ならば念のためも考えないといけませんし、その可能性を下げないといけません。
どうしてマフソレイオと戦うことができるでしょうか。強気に出ることができるでしょうか。
ご安心ください、陛下。
あえてサジェッツァやサルトゥーラ、あるいはマルテレスのような代表者と会わないことでマフソレイオが大きな戦いを想定していない、アレッシアとの戦争を考えていないとも思わせることができます。
何より、私が居ります。
追放中の身ではありますが、万が一があるのなら私はもちろん出て行きましょう」
イェステスの手が勢いよく伸びてきた。
エスピラの手を両手で包み、二度、三度と叩いてくる。
「兄上。頼りにしております。兄上が居るからこそ、私はエリポスでの朋友もたくさんできたのです」
「陛下。その朋友は、信に足る者達ですよね?」
「もちろんだ!」
「なら、問題ありません。アレッシアとマフソレイオも朋友。何故裏切ることがありましょう。っと、個人と、国ではまた違うと言った方がよろしいでしょうか?」
(朋友か)
いつからか、随分と便利な言葉になったなと思う。
今や友は敵か、派閥としては潜在的な敵。信頼とは遠い言葉になって久しい。
「そのような!
余も、分かっております。兄上が望んで友であるサジェッツァ・アスピデアウスとの戦いを望んでいないと。望んでいれば、べルティーナ・アスピデアウスがウェラテヌス邸に入ることを許しはしないでしょう」
はは、とエスピラは軽く笑った。
嫌みにならないように気を付けながら笑った。
「ユリアンナの友達だからですよ」
「それでも、です」
いやあ、兄上に話してよかった。本当に良かった。
そう、イェステスが膝を叩き、さすりながら言った。
それからは雑談。果実を食し、他愛のない話をして、それからアレッシアの話に移る。ディファ・マルティーマの様子も話し、ズィミナソフィア四世の近況も聞いて、ちょっと真面目な話をした後にまた他愛のない話へ。
多くのアレッシア人が仕事を終える時間になってから、二人は応接室を出た。
そのあとは子供たちの元気さにイェステスが巻き込まれていく。
「国王陛下だぞ」
と、エスピラが脅すも、イェステスが「良いですよ」と言うため、まるで年の離れたお兄さんのような扱いになってしまった。
(何とか乗り切れたな)
息を吐きつつ、表情を維持しつつそう思う。
メガロバシラスとの密会。その後のマフソレイオ国王からの要望。
エスピラは、アレッシアに関係なく重きを置かれている。
その認識は、暗殺を嫌うアレッシアにあっても雨中に消されかねない危険なモノだ。だが、うまく使えば最高の切り札になる。
あえてそんな状況をズィミナソフィア四世は持ってきたのだろう。
そして、イェステスがエスピラを頼る。エスヴァンネなどの今、アレッシアの決定権を持っているはずの者もエスピラと個人的な繋がりを持つことに決めた。諸国がアレッシアをたてていたとしても、最も頼りにしているのはエスピラ。
アスピデアウスがすぐに手を出せば今の信を失い、手を出さなければイェステスなどの心にエスピラが居ても政権が長く成ればその心を奪い取れる可能性が出てくる。
「大変ね」
まだお腹のふくらみは分からないメルアが、壁にもたれかかりながら言ってきた。
「今のメルアほどじゃないさ」
頬に手を伸ばし、何のためらいもなく口づけを唇に落とす。
「そう」
少し離れれば、メルアがそう言った。
エスピラはメルアが離れて行かないように背中に手を回し、自分の横に留め置く。
「疲れたかい?」
「起きたばかりよ」
にしては随分と目がはっきりとしているが。
「そうかい」
そのことにエスピラは突っ込まず、ゆっくりと歩き出した。
「今日の結婚式は休むかい?」
「……行く」
「それは嬉しいね」
でも、無理はしないように、とエスピラは小さく告げ、少しの間離れるとイェステスに言いに行ったのだった。




