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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十四章
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経験の浅い若輩者

「まだ少し拙いが、上品なエスピラって感じだな」


 マルテレスが体を揺らす。

 エスピラなら何度かこの演説の間に罵倒を挟んでいたぞ、とも笑っていた。


「でもそうだな。やってみるか?」


 きっと、マルテレスの頭の中にはマシディリ自身がエスピラに対して婚姻に関する説得を行いたいと思っているのだと言う誤解が生まれているはずだ。


 マシディリには、そんな自信があった。


「ありがとうございます!」

「お待ちを」


 マシディリの歓喜を演じた声を封じたのはソルベリア。お目付け役の本領発揮と言ったところだろうか。


「厳しい言い方をすれば、エスヴァンネ様とマシディリ様では格が合いません。本気で軍団のことを考えているのならご再考をお願いいたします」


 ソルベリアが立ち上がり。目を閉じ腰を曲げた。


「ウェラテヌスの後継者とアスピデアウスの当主の弟。釣り合うと思うけどな。それに、エスピラなら格とか気にしないぞ? 同じ建国五門だろ?」


「執政官と一兵卒です、マルテレス様。年齢も違いすぎます。エスピラ様が気にしないとしても、執政官だったころに一兵卒に会いましたか? それも、ただの新兵に」


 ピラストロ、という証人は居る。一兵卒で新兵。でも、エスピラの天幕に遊びに行くこともあった。


 が、言っても仕方がないだろう。

 それは分かっているが、マシディリの拳は硬くなってしまった。


「エスピラ様は若者に人気なのは自分の実力を発揮できる場所につけるから。人の配置が上手いから。もしもマルテレス様がエスピラ様を尊敬されているのならば、エスヴァンネ様に会いに行くべきはマシディリ様では無いでしょう」


 ソルベリアが話は終わりだと言わんばかりにやわらかそうな笑みを浮かべる。

 責めつつ、持ち上げて終わり。


(やはり、父上、ですか)


「そのとーり!」

 と、酒気を帯びたインテケルンがソルベリアに同意する。


 ソルベリアの顔はあまり変わらなかったが、若干口角が上がったようにも見えた。

 そんな中でインテケルンが酒杯を傾ける。


「俺は前の帳簿の方が見やすかったし、地図や作戦の助言、期待できる物資の一覧も前の方が見やすかった。


 あ、勘違いしないでくださいね。ソルベリア様たちの仕事が悪いわけでは無いのです。綺麗で、規格通りで、いやあ、本当に素晴らしいとは思っているのですが。残念ながら俺は出が良くないので、ちょっと読みづらいと言うか。

 戯れにやってもらったマシディリ様のまとめ方の方が、その、俺らにとっては適材適所だったっていうか。


 ですから、マルテレス様。

 マシディリ様の案を受け入れるとしてもエスヴァンネ様には格を考えてソルベリア様を送って、ソルベリア様の業務の一部をマシディリ様にやってもらっても良いですかねえ。無理は承知ですが、ほら。やっぱり財も多くもらってしまうともう一回欲しいな、もっと欲しいなと思ってしまうものでしょう? 娼館だって、一度お気に入りができれば同じところに行きたくなるじゃないですか」


 インテケルンがへりくだった声を出した。


「愚弄する気ですか?」


 落ち着いていながら怒りをにじませた声をソルベリアが出す。

 インテケルンは慌てたように両手を上げ、掌をソルベリアに見せながら首を高速で横に振った。


「とんでもございません。ただただ軍団長にもなった私が、頭が弱いだけです。規格と違っても、分かりやすくなるように。書き手の主観が加わっても私にはそっちの方が良いと言うだけなのです。本当にすみません。こんなのが軍団長ですみません」


 インテケルンが頭を下げた。


 旗色が悪くなったのはソルベリアだ。

 黙っていても自分の進言通りになった。それを、名誉からか自尊心からか自分の言ったことを否定して、あまつさえ軍団長補佐が軍団長に頭を下げさせる。しかも、軍団兵に慕われているインテケルンを新参者でお目付け役と言う嫌われ役のソルベリアが。異物である存在がさせてしまった。


「分かった分かった。ソルベリア様の言う通りにしよう。だが、まずは飲んでくれ。なあ。皆。楽しもう。仲間なんだから、そんな目をするなって。ソルベリア様も俺らのために日夜働いてくれてんだから。それに、食糧だって大量に持ってきてくれる。

 良い人だろ?

 流石はサジェッツァだ。良い人選だよ」


 マルテレスが陽気に笑いながら立ち上がった。

 注いで飲んで。注がれて飲んで。


 雰囲気を再びお祭り騒ぎに戻して行っている。


「父上の存在は大きいな」


 その騒ぎに乗じて下がろうとしていたマシディリの横に、インテケルンが座ってきた。

 立ち上がりかけていたマシディリも座りなおす。


「功に焦っただろ」


(やはり)

 酔っているフリでしたか、と。


「そう言うつもりはありません」

「いや、責めているわけじゃ無い。マシディリ様の力量は、一緒に行動したからよく知っているし、正直、一兵卒じゃなくてすぐに人の上に立つべきだとも思っている。


 が、新兵は新兵だ。

 此処であれが通ればやっかみの方が大きくなる。自重しておけ。


 ま、エスピラ様ならば新兵の提案も受け入れたんだろうけどな。あそこは、実力があればすべてが覆る」


 それが良いか悪いかは別としてな、と言ってインテケルンが酔ったフリに戻る。


(でも、結局は実力だと思います)


 マシディリもその様子を見ながら、もう少しはエリポス様式も取り入れた酒宴に参加し続けた。


 ただし、馬の世話などの雑務がありますので、と途中で退席する。



 一人臨時の馬小屋へ。


「お手伝いいたしましょうか?」


 本当に馬の世話をしていると、アビィティロの声がした。

 マシディリは、汚れた藁をかき出す手を止めないで口を開く。


「新兵の仕事ですから」

「そうですか」

「いや、やれよ」


 木の棒を持ってきたピラストロが、アビィティロの尻に軽い蹴りを入れた。

 そのままさっさとマシディリと同じ作業を開始する。


「やらない方が良いこともあります。何より、私の仕事ではありませんので」

「おい」

「アビィティロの言う通りですよ」


 ピラストロを宥めつつ、暗にピラストロにもやめるように伝えた。

 が、ピラストロの父はあのステッラ。マシディリだけにさせることができないのだろう。


(どういたしましょうか)


 喧嘩は望んでいない。

 二人の気持ちも分かる。

 同時に、一兵卒の自分が何で人の扱いに悩まないといけないのか、という憤りも少しだけ垂れてきた。


 ピラストロが手伝わなかったことを知れば、ピラストロの父ステッラは息子を怒るだろう。

 だが、ピラストロが手伝ったことを知れば、エスピラはマシディリを怒るのだ。怒鳴る、では無く冷たい言葉を貰いかねないのである。


(あるいは諭してくるのでしょうか)


 立場に理解を示しつつ、というのが最も正確だろうか。


「酒宴はどうでした?」


 仕事の合間を見極めてアビィティロが聞いてきた。


「エリポス式は好きになれません」


 本音を伝えておく。

 アビィティロが馬を撫でた。


「しかし、イフェメラ様もエリポスに敬意を抱いており、フィルフィア様もエリポスの話はお好きなご様子。おや、プラントゥムは、どこの属州になる予定でしたっけ?」


 マシディリは手を完全に止めた。


「アビィティロ。地図を作ってくれますか?」

「既に此処に」


 アビィティロが取り出したのは羊皮紙。書かれていたのはプラントゥムの全体図。


「いえ。これではありません。プラントゥムの外の、半島と繋ぐ地域の地図を。あそこは、確か良い土を持っているのでしたよね?」


 アビィティロの目が細くなった。


「その分、敵も頑強な抵抗をしてくると思いますが」

「私が軍団を動かせるとお思いですか?」


 笑って、マシディリはプラントゥムの地図を自分の懐にしまった。

 それから木の棒をまた掴む。


「それから、父上に忠実な者を百人ほど集めておいてください」

「かしこまりました。今後五十年にわたりマシディリ様のご命令に従う者を集めてまいります」


 俺が一人めー、とピラストロが後ろで叫んだ。


(流石は父上が伝令部隊のまとめ役として認めた方、というべきでしょうか)


 アビィティロに対し思い、マシディリは馬の世話に戻ったのだった。


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