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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十四章
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アレッシアを想う

「マルテレス様。私は、昨年までマルテレス様から学ぶと言う目的でマルテレス様の軍団におりました。その時、非常に邪魔でしたか? 扱いに困りましたか?」


 マシディリは、次の言葉はやさしく、落ち着いたモノを選択した。


「いや、助かっていたよ。流石はエスピラの子だ。エスピラが自分の子供たちが天才だと言うのは少し親馬鹿が過ぎると思っていたけど、俺の目が節穴だったな」


 豪快にマルテレスが笑った。

 近くの者も笑い、酒を掲げ、一気に飲んでいる。



「はい。誠にありがたいことですが、父上の軍団では多くの方が私やクイリッタの才を認めてくださり、だからこそ父上に協力してくれる方も居るのです。


 では、サジェッツァ様の今の行動はどうでしょうか?


 雨に打たれながらも父上を待ち、朝を潰しても父上を待つ。

 なるほど。確かに、会わない父上が狭量と言えましょう。


 ですが、果たしてそうでしょうか?


 ご存じの通り父上は追放の身。全員に気を遣い、あまり特定の人だけと会おうとはせず、アレッシアに居座り続けることも無く半島各地を巡っております。


 その時にサジェッツァ様が会いに行きましたか? ウェラテヌス邸に行きましたか?


 行っていないのです。

 父上さえ押さえればウェラテヌスは物にできる。黙らせられる。掌握できる。

 そう見えているのです。私たちや母上は有象無象のごみ同然。


 失礼いたしました。


 そこまでは思っていないのでしょうが、しかし、大きく軽んじているのは行動ににじみ出てしまっております。サジェッツァ様が重用されているサルトゥーラ様。そのサルトゥーラ様が優秀だからこそ、サルトゥーラ様の行動を理解できない者がサルトゥーラ様は冷たいと言っている。その言動もまた他の者の目に映るサジェッツァ様の像に偏りを与えております。


 何より、基盤がある者達は父上が自分たちの言い分を無視できないと思うはずです。


 プラントゥムの部族も要求してきたことがありました。マルテレス様がそれに応えたこともあると思います。

 同じことです。

 サジェッツァ様が本気で父上に会いたいのならタルキウスやニベヌレス、ナレティクスにイロリウス、ネルウスや子を失ったナザイタレに仲介を頼めばよかったのです。彼らはアスピデアウスを無視できず、父上は彼らを無視できないのですから。


 誤解を恐れずに申しましょう。


 今回のアレッシアで起きている愚かな政争。

 これは、勝った側が大きな害を被る戦いです」



 朗々とした声は、喧騒をかき消し、多くの耳目をマシディリに集めていた。

 それを自覚しつつ、マシディリは手を握る。少し、冷たい。自分の手ながら、熱が通っていないようだ。死人とはこのような手かも知れない。



「父上は自ら追放を選ぶことで、それ以上の追及とアレッシアの分断を避けました。多くの同情と支援を手に入れました。

 先の糾弾も、エスヴァンネ様に暴論だと説得されることで父上は先の追放が違法であること、アスピデアウスがやりたい放題であることを半島中に知らしめました。


 そして、エスヴァンネ様がやられることでサジェッツァ様は味方に文句を言われることなく父上に頭を下げられるようになり、断らざるを得ない状況にある父上が断ることで父上を狭量だと罵らせるように仕向けることができました。


 エスヴァンネ様は敵にも敬意を持つ方です。名を大事にされる方です。


 だからこそ、サルトゥーラ様が父上を弾劾した時に何も発さなかったのでしょう。しかし、睨んでいたとの話もあります。不当だと分かっていたのです。それを分かり、アスピデアウスの中でも父上を守ろうとしていた男が、その父上に大事な兄上と家を非難されればどうなりますか?


 あのような失言が起こりうることは、サジェッツァ様だってわかっていたはずです。

 分からずにアレッシアを引っ張っていけるはずがありません。サジェッツァ様は優秀な方ですから」


「話が変わっていないか?」


 インテケルンが酔いによって伸びたようにも聞こえる声で言ってきた。

 マシディリはインテケルンに顔を向け、頷く。


「はい。マルテレス様が友として頼むとすればサジェッツァ様。しかし、鍵を握るのはエスヴァンネ様だと私は思っております。


 エスヴァンネ様は執政官。能力は優秀な方ですが、先ほどの通り顔芸が苦手で失言もあり得る方。ですから、戦時中はなかなか表に出ることが許されず、同時に相手の功を譲ることのできる方だからイフェメラ様の相方にと選ばれました。


 しかし、このままでは滑稽そのものです。

 名をあげるのは、結局兄であるサジェッツァ様だけ。アスピデアウスは蔑まれ、当主の弟ですらこれかと思われる始末。


 エスヴァンネ様は機会を欲しているはずです。

 これは、何も私の婚姻だけに関した話ではありません。


 現在、我々はオルニー島の穀物が使えなくなってしまいました。マフソレイオが支援をしばらく行わないとの方針を示しておりますし、カルド島から運ぶ案もイフェメラ様が強硬に否定しております。

 オルニー島が無くなってしまえば、せっかくの安定した統治に揺らぎが生じるのです。


 父上は追放されているため、国政には関われません。自らの意思で関わろうとはしないでしょう。ですから、護民官選挙への協力も退役兵への土地だけが願いなのです。我々の窮状もまた私が居るせいで父上への挑発の一つになってしまっているのです」



 イフェメラ様はおそらく私が嫌いですので、それもまた、という言葉は頭に浮かんだが口にはしなかった。



「我らに課せられた役目を果たし、凱旋式を挙行するためにはプラントゥムの安定が不可欠です。そのためには安定した食糧の供給と民心の掌握が大事となります。


 古今東西、最初は解放軍として迎え入れられながら現地の民に嫌われ、追い払われたと言うのは良くある話です。そうなってはいけません。そうならないためにも食糧の確保が最優先であり、将来的な食糧難がマルテレス様の頭を不安にさせている要因です」


 これだけではマルテレスが婚姻への干渉をしてきた理由にしては弱いか、とも思いつつ。

 マシディリはお目付け役がそこまで意識が行っていないことを目と表情から推測した。


 些細な罪も許されないのだ。多少は目こぼしされるだろうが、その内攻撃してくるとすれば減らすべきである。



「マルテレス様は略奪を避けてきた方。その役割を最後まで演じ切ることこそが今の不安定なアレッシアを生き残るのに必要なこと。今のアレッシアに最も必要なこと。最強の将軍が、アレッシアに忠義を尽くし、アレッシアに控えていることこそがアレッシアの安定に繋がるのです。


 マルテレス様の力は、アレッシアにとって最も必要なモノ。


 いえ。サジェッツァ様の内政、父上の外征、マルテレス様の武力。

 この三つがあることが、最も望ましい形。アレッシアを史上最強たらしめる要因。アレッシアの繁栄に繋がる最高の布陣なのです。


 ハフモニは強大でした。

 四十年前なら、間違いなく世界最強の国と言えたでしょう。

 その国家に止めを刺したのです。


 どうして為しえたのか。


 サジェッツァ様が柱石となり、アレッシアが戦い続けるために国力を全て戦闘のために返還できていたからです。その上、国家は崩壊しておりません。


 父上がエリポスを黙らせ、マルハイマナの干渉を防ぎ、マフソレイオから大量の支援を受け、カルド島を完全に掌握し、今後に備えていたからです。父上以外の者が諸外国と戦うことにはなりませんでした。


 何よりも、マルテレス様が神の化身とまで呼ばれた怪物マールバラと何度も戦い、何度も勝利を収めたからです。アレッシア人にアレッシア人こそが最強であるとの誇りを、心に火を灯し、炎としたからです。


 それはエスヴァンネ様も分かっておいでです。

 あの方が一番良く分かっているはずです。自分がどうにかしなければならないと、そう理解しているはずです。


 オルニー島は、確かにメガロバシラス戦争への備えでしょう。

 ですが、今のままで良いのでしょうか。


 父上を外征に使わず、マルテレス様を武力が発揮できない状態まで弱らせる。

 それがアレッシアの姿ですか? 求めていたアレッシアですか? 戦勝国の未来ですか?


 エスヴァンネ様は、否定されるはずです。


 マルテレス様。いえ、師匠。

 如何でしょうか。

 師匠の心の憂いの多くを取り除くことができる秘策があるのです。

 どうか、エスヴァンネ様への説得に当たらせては頂けませんか?」



 そうして、マシディリは演説を締めた。


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