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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十四章
534/1593

相手から落ちる、即ち、お得意の

「罪状だと? これが?」


 エスヴァンネが左の口角を歪に上げ、硬い顔で言い放った。


「ええ」


 エスピラは平然と返す。


 エスヴァンネは細かく頭を上下に動かした。

 足も動かし、エスピラに応じるように議場の中央入り口側へと歩いてくる。



「これは、そう言うことか。そう言うことですか。


 エスピラ様。貴方はエリポスで王と名乗ったことがあった。即ち、アレッシアを独り占めするつもりであった。私はそんなことはあり得ないと思っておりましたが、今の言葉はまるで自分が王となりやろうと思ったことに近いことをあげつらったように聞こえます。アスピデアウスが、王のような振る舞いをしていると! 自分を追放しておきながら! そうおっしゃりたい。違いますか!」



 エスヴァンネの人差し指はかなりの力が入っていた。

 顔も少し赤い。唾も飛んでいる。


「王とは、何でしょうか?」


 対照的にエスピラはゆるりと静かに、止水の如く応える。

 歩みはゆっくり。エスヴァンネに近づき、そして通り過ぎて周囲を歩く。



「王とは即ち国家の生贄です。

 国家を守るためにあるのが王です。

 だから、軍権も保持している。作物も徴収する。人も集め、労苦に見合った報酬ももらう。しかし、何かあった場合は王の命で以て責任を取らねばならない。


 では、王になる条件とは?


 これは天の運と時の運、そして人の心を得ていることです。


 天の運とは生まれやその者、その者の属する共同体を救う奇跡を指しております。

 時の運とはそれが安定した時代なのか、戦乱の世なのか。あるいは、自身が王位継承順位第一位となれるような好機が回ってくるのか。それらが当たります。


 この二つは人の力ではどうにもできません。

 されど、最後の一つ、人の心を得られるかどうかは自身の行いでどうにでもなります。集団に叛意を抱かせ、国の内側から乱を起こさなければ良いのですから。


 では、私はどうでしょうか」



 そこで、エスピラはエスヴァンネを向き直った。

 エスヴァンネが何度か口角を整えてから口を開く。


「得ているでしょう。エスピラ様は、大層人気がある」


 エスピラは目を閉じ、おんずと頷いた。



「ええ。そう聞いておりますが、本当ですか?


 私は、エリポスの国家の一つであるディラドグマを滅亡させております。都市が地図から永遠に消えたかの国の生き残りが集まったアカンティオン同盟は、私から離れてしまいました。


 半島南部やインツィーア方面では私の軍団が近くに居ながら略奪を受けた村々があります。彼らは私が本国で持ち上げられれば持ち上げられるほど憎むでしょう。自分たちを捨てて、と。


 串刺しの森だって捕虜を突き刺したモノです。皮をはぎ、壁の上から突き落とすのは当然としてもあんな血が滴り続ける光景など嫌悪感を抱いて当然でしょう。


 私は、人の心を、手放しているのです。


 それが王? 笑わせる」



 吐き捨て、吐き捨てた空気のままエスピラはエスヴァンネにしっかりと目を合わせた。


「それに、エリポスにかかわったのなら分かるはずです。王と名乗ることがどれほどの効果があるか、理解できるはずです。理解できないなら国益など貴方は持ってこれないのだからやめた方が良い。即刻執政官の官位を返上してください」


 エスヴァンネが真顔になった。


「貴方が王と名乗ったのは事実だ」

「ええ。事実です」


 エスピラも真顔で返す。


「その昔、メガロバシラスの大王は、西進してきた大王はアレッシア元老院を『王者の集会』と評しました。即ち、法務官であり臨時の元老院議員であった私もまた、エリポスから見れば『王』に等しい存在だったのです。


 故に名乗りました。


 そして、結果はどうです? 私は独立しましたか? 王としてふるまっておりますか? アレッシアを支配いたしましたか? 


 否です。

 私は、元老院に従っております。尊重しております。その上で主張をしたことがあっても、最終決定は元老院に従ってまいりました。


 私は臨時の元老院議員でした。例え元老院がアスピデアウスに専横されていようとも。アスピデアウスの横暴が通っていようとも。アスピデアウスが私物化してようとも。

 あなた方が日夜宴会を開いていたとしても。好きに官職を分け与えていたとしても。


 ええ。私は元老院に従ってまいりましたが、貴方の兄上は元老院を従わせていた。

 違いますか?


 これはとんだ国賊だ。王なんて言葉は必要ない。国賊だ。建国五門の名を穢したのはナレティクスだけでは無い。お前らもだ。アスピデアウス。


 何故五門なのか。何故単独にしなかったのか。何故五つ立てず、皆で一つを建てたのか。

 それを、よりによってアスピデアウスが潰すのか。


 ずっと二番手で国を支えていたのが、嫌になり一番になりたかったのか。裏切り者め。父祖になんと詫びる。神々になんと報告する。お前らは、父祖に並んだ墓に入れると思っているのか。父祖の墓の文字を覚えているのか。忘れているようにしか思えない。


 忘れてんだよ、面汚し! もう一度父祖の墓の字を読みやがれ。それとも読めねえのか?」



「口が過ぎるぞ!」

 エスヴァンネが吼えた。


 当然だ。

 アレッシアは神々と父祖を大事にする。

 墓に刻む文字は皆しっかりと考える。


 何よりも、戦争中ずっとアレッシアを支えてきたのに貶められて平気なわけが無い。



「兄上の行動は、国を守るために必要だった行動だ。国を支え、ぼろぼろの状態でも戦争を継続させた。それは兄上にしか出来ない立派な功績だ!


 貴方ほどの人がそんなことも分からないのか!

 罪状のほぼ全てに理由があった。ウェラテヌスは、その意味も分からないのか。分からないで述べたのか!


 兄上は、国を守った!


 敵と戦うだけが戦争か? 血を流すだけが戦いか?

 違う! 兄上は、立派に戦い続けていた!


 しかもウェラテヌスだって臨時の元老院議員だったじゃないか。元老院の一員だったじゃないか!


 それが、今更文句を言う?

 言う機会はいくらでもあった! もっと早くに言えた! その場で言えば良かった! その前に言えば良かった!


 エスピラ様ほどの人物が予想もできなかったなど笑わせる! 貴方ほどの人物が分からなかった? アレッシアでも有数のお方が? ウェラテヌス中興の祖と呼ばれるべき貴方が?


 ふざけるな!

 後から文句を言うのは簡単だ! 結果を見て間違っていたと言うのも簡単だ!

 大事なのは、その時に最善の手を打てるかだ!


 皆が全力を尽くしてきたはずだ! 私も! 貴方も!

 貴方の行動は素晴らしかった。まさにアレッシアの漢だ。

 だが、こんなことを思っていたのなら、その時に最も必要なことを出せ! その時に言え!


 今になって戦時中の罪状を、最善の手を批判するとは狭量め!


 お前こそ、建国五門の名を汚した裏切り者だ! 規則を規則でしか語れない堅物め! 国のためになる行動が出来ない愚か者め! 国のためを思えるのなら、こんな、簡単に国家のためになる理由を説明できることで罪になど問うな! その時の最善を、後から振り返って罪状をくっつけるな!


 貴方にはがっかりだ。尊敬していたのにっ!」



 叫び続けたエスヴァンネの顔は真っ赤であり、声に合わせて手も動いていたため衣服は乱れている。息だって肩でしているのだ。


 その迫力はまさに凄まじく、議場は今でも静かである。

 ただただしんとしていて、エスピラの答えを待っているわけでは無い。エスヴァンネに全てを奪われたのだ。


 その状況で、エスピラは外交使節に相対するときの笑みを浮かべた。


「まったくもって、その通りだと思います。どうぞ、ご自身の兄上にしっかりとお伝えください」


 そして、その一言で全ての注意を集める。

 エスヴァンネの体もまっすぐに戻った。色も失っていっている。


 流石に、気が付いたようだ。

 だが、エスピラは止まらない。


「皆様もお聞きになったでしょう。ええ。エスヴァンネ様の言葉はまったくもって正論でございます。ですから、私は罪状を取り下げましょう。本当に失礼いたしました」


 深々と、頭を下げ。

 相手が動く前に腰を直す。


「いや、貴方は本当の勇士だ。アレッシアを思う漢だ。アスピデアウスも、やはり立派な建国五門の一員でした。


 ええ。ええ。私は非常に恥じ入っております。


 故に、我が子マシディリとアスピデアウスの当主であるサジェッツァ様の子、べルティーナとの婚約は破棄させていただきます。『建国五門の名を穢した裏切り者』であり『罪状で以て追放された者』の血とは混ざらない方がよろしいでしょう?」


「お待、ち、を」


 エスヴァンネを無視して、エスピラは右手を大きく広げて衆目を集めた。


「追放された身である私はこれにて失礼いたします。お目汚しをいたしました。

 では、皆さん。お元気で」


 ペリースを翻し、堂々と歩き出す。

 伸びていたエスヴァンネの手は無視し、お待ちを、と騒ぎ出した民会も無視する。

 扉を開けるのを躊躇っていた奴隷を無視し、自らの力で扉をこじ開けた。



『エスピラの追放は違法である』


 その事実を、時の執政官でありアレッシアで最も権力を持つ男であるサジェッツァの、その弟が認めたと言う事実は、瞬く間に半島を席巻した。


 アスピデアウスが権力を欲するがために邪魔者を冤罪で追放したと、短絡的な者たちが噂するようになったのであった。


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