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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十四章
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現状理解

「窮状? 私の?」

「はい。勝ち方の加減を間違うことも許されず、されど時間をかけることも許されない」

「後者はメルア様がご心配されるから、という意味にはなりますが、エスピラ様もご家族との時間を望まれていると勝手に推察させていただきました」


 エスピラ、グライオ、アルモニアと話者が移った。


「これは、私だけの意見なのですが、カリヨ様の弁護にジュラメント様が出ればこじれるだけになるかと。それに、アダット様を見捨てたとあればウェラテヌスとニベヌレスの関係に影がかかりかねません」


 エスピラは、ふ、と雰囲気だけで笑った。


「シニストラの嫁をわざわざニベヌレスの者にした上にヴィルフェットも私のことを『叔父上、叔父上』と慕ってくれていると言うのにな」


 ヴィルフェットはグライオ不在時のエスピラの右腕だったヴィンドとエスピラの妹カリヨとの子だ。ルーチェの異父弟にあたる。


「ええ。それに、『エスピラに政権を渡せばエスピラの命が削れる』などと言う発言をサジェッツァ様がしたと言う話もございます。エスピラ様が仕事を抱え込みすぎたがゆえに倒れたのは事実。二つの裁判を弁護させ続けるのもまた、アスピデアウスの策かと」


「ソルプレーサ」


 エスピラは低い声で名を呼んだ。

 ソルプレーサはやはり顔色一つ変えない。


「戦勝報告を受けた後に倒れたのは秘密だ、ということでしたら、このお二人は知っております。アルモニア様にはカルド島のことがある故伝えておくようにと。エスピラ様を仕事から遠ざけろとメルア様に脅されました。グライオ様には、シニストラ様がつい」


 シニストラならば仕方が無いか、とエスピラは思った。

 不条理だが、そう思ってしまった。


「サジェッツァ様はそんなことを言わない、ということでしたら、少なくともそう思っている者が近くにいると言うことになります。何より、エスピラ様の仕事量を把握し、エスピラ様のたびたびの不調を把握している者、あるいは予想できる人物などそうはおりません」

「お待ちを」


 エスピラの前に言葉を挟んだのはアルモニア。


「たびたびの不調、とは」


 言うべきか、迷う。


 そして、言わねば信頼がとも思う。

 そんなので崩れる関係では無いとは分かりつつも、負の推測が頭をよぎったのだ。


 故にエスピラは重い口をこじ開けた。


「エリポスで、シズマンディイコウス、と言うよりもアグネテによる暗殺未遂を受けた後と、昨年の執政官の時に少しね。問題は無いよ。今は元気だ」


 グライオが口元を引き締めたまま二度小さく頷いた。


「エスピラ様が自ら追放を言い出した理由が、もう一つ分かりました」

「だから問題は無い。十一の時から二十五年も当主を務め、此処九年は激務だったんだ。誰でもそうなる。それよりもその策とやらを話してはくれないか?」


 ファリチェ、フィルム、リャトリーチ、プラチド、アルホール、ヴィエレ、メクウリオ。

 これらが抜擢組。


 ルカッチャーノやヴィンド、ネーレなども能力はあったが、エスピラの下で一気に伸びたと言えるだろう。


 このような人材育成も行いながら軍略を練り、後方支援を整え、外交交渉をし、内側とも交渉し、街の開発をし、兵器の研究も進めていたのだ。

 激務も激務である。


「その策を話す前に、エスピラ様もメガロバシラスとの早期の戦争開始を望んでいると考えてもよろしいでしょうか」


 聞いてきたのはグライオ。


「それは構わないが、一応、理由を聞いても?」

「開戦にはアカンティオン同盟がエスピラ様から離反する必要がありますが、エスピラ様は部下にも気を遣う方です。アルモニアの信用と将来を考えた場合、アルモニアはカルド島で忙しく、その後もエスピラ様を引き継ぐように窓口の幾つかを調整していたと言う理由が欲しいのではありませんか?」


 グライオの後、アルモニアが「普通は私たちの推測から話すべきではありませんが、エスピラ様ならそれから話した方が良かったかもしれませんね」と言った。


 エスピラは眉をあげ、一度顔を傾ける。次の動きはソルプレーサから。


「人材を見てもマルテレス様は国に財を取ってきません。略奪をしないのは結構ですが、戦争はとかくお金がかかります。軍団だけではありません。国にも。マルテレス様を外征させる余裕など今のアレッシアには無いかと思います。特に、財の豊富なエリポスに行かせるわけにはいかないかと。


 ならば、プラントゥムに居る今が好機でしょう。


 プラントゥムならばエスピラ様のご子息たちが通訳として同道できます。学ぶことも、その能力を盗むことも、何なら足止めも。全て思いのまま、とはいきませんが悪くは無いのではありませんか?」


 少し不興を買いかねないことはソルプレーサが。


「マルハイマナとの条約もございます。今は下手な海軍力の結集はマフソレイオとの摩擦を招き、他国からの信を失いますが条約の効力が切れた後ならば関係ありません。そして、海戦は陸戦以上に国に与える損害が大きいのです。ならば、これは極力避けるべきでしょう。そのためにもメガロバシラスを叩き、それからマルハイマナと言う段取りにしたいのではありませんか?」


 交渉ごとに関することはアルモニアが言ってきた。


「アレッシアに大量に流入した銀をこれまでの礼として支援してくれた者達に配ると同時に、次の戦争のためのさらなる食料の借り入れを行う。これによって、少々アレッシアで価値の落ちた銀だから、では無く次の返礼も期待できると思わせたいと言うのもありそうだなと私どもは思っております」


 財政もアルモニア。カルド島で色々やっているから、ということだろうか。


「何より、早期決着を狙うにしても長引いた後ですぐに幕を引くにも最も適しているのはエスピラ様の第一軍団。メガロバシラス戦争は、アスピデアウスが速攻で落とす以外の結果になればエスピラ様の名声を高める結果となりましょう」


 締めたのはグライオだった。


「全面的に認めよう。その通りだ」


 流石だよ、とエスピラは両手を広げた。

 グライオとアルモニアが頭を下げてくる。


「その上で、我々はサジェッツァ様を訴追することを提案いたします」


 頭を下げたままグライオが言った。


「私が政界を離れようとした理由は?」

「メルア様と一緒に居たいからだとばかり」


 アルモニアが大真面目な顔を上げたが、おそらく冗談のはずだ。

 例えそれが事実でもあり、アルモニアがそれを理解しているとしても。


「民衆は、エスピラ様がアスピデアウスのやり方を批判することを期待しております。しかし、エスピラ様は単純に否定するような方ではありません。アスピデアウスも有力貴族。アレッシアのためになると思えることも多くやっております。だから離れたのではありませんか?」


 グライオが大真面目に言う。

 エスピラは、まず首肯した。


「その通りだよ。なんでもかんでも否定するなんて、考えていない者と同じさ」


 それで国のためになっている、多くの賛同を得られていると思えるなんて、幸せな方々だ、とエスピラはため息に皮肉を混ぜた。


 ソルプレーサは全くです、と言ってくれるが、あとの二人の顔は真面目なもののまま。エスピラも空気を戻す。


「また話の腰を折って悪かったね。でも、サジェッツァを訴追し、もし勝ってしまえば私は戻らざるを得なくなりかねない。それに、そもそもサジェッツァは強敵だ。勝てるとは、そう簡単に言えないよ」


 アルモニアとグライオが視線を合わせ、頷いた。


「ご安心を。まずは、訴状の内容を聞いてからでも遅くはありません」


 そう言って、アルモニアが羊皮紙を取り出し、机の上に広がる地図の上にのせたのだった。


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