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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十四章
527/1593

勝てないのなら

 開戦派の主張は簡単なモノである。


 即ち、メガロバシラスと半島で戦うか、否か。


 先の戦争では半島での戦いになった結果、国土は荒らされ、苦境に陥った。

 ならば今度こそは半島で戦わず、敵の国土にて決戦を行うべきである。故に、相手の態勢が整うのを待っての戦闘にするべきではない。今、アレッシアから仕掛けるべきだ。

 あの苦しい戦いを耐え、勝ち抜いたのだ。

 ならばこそ、次はこちらから打って出る時。もうひと踏ん張りしようでは無いか。


 そんな内容をうまいこと言ったらしく、エスピラがアレッシアに帰還した時の空気は大分開戦に傾いていた。


 正直なところ、エスピラも早期開戦には賛成である。


 ただし、メガロバシラスが云々では無く、マルハイマナを睨んでのことだ。


 ズィミナソフィア四世とイェステスが治めるマフソレイオとマルハイマナの休戦協定は今年が最後。マフソレイオの抑えをマルハイマナが、アレッシアと戦うのはメガロバシラスが。そういう割り振りをされるよりも、アレッシアとメガロバシラス、マルハイマナの連合軍が戦いを開始する。マフソレイオが参戦を匂わせる。領土的なうまみの少ないマルハイマナとアレッシアが単独講和してメガロバシラスとの一対一になる。


 そういう流れが悪いシナリオの中でもまだ望ましいからだ。

 とは言え、エスピラへ寄せられる期待は戦争の回避。


(政争には勝たなければならないが、影響力が残りすぎてもいけない、か)


 ため息を吐く。父上お覚悟! と元気な声がした。瞬間、剣を突き出す。ぐべ、と声をあげて大上段に構えて突っ込んできたアグニッシモがしりもちをついた。


「もう少し隙を少なく、あるいは相手の隙を突いてからにしような」


 父上の方が手が長いからずるい! とアグニッシモが両足をバタバタさせる。

 今だけだよ、とエスピラは笑いかけた。がんばれー、とチアーラが三歳になるフィチリタの手を掴んで双子に振る。フィチリタは少し嫌がり、横で見ているメルアの傍に逃げて行った。


 日陰の中で面倒くさそうにしながらもメルアがフィチリタを抱きかかえる。

 チアーラがむうと頬を膨らませ、フィチリタのわきに手を回した。「やあ!」とフィチリタが嫌がる。チアーラが持ち上げる。


 メルアが、チアーラに冷たい目を向けた。


 チアーラがフィチリタを下ろす。メルアはフィチリタを見ずにやってくるフィチリタを受け入れた。


 エスピラは微笑みつつも草の音に合わせ、ここらへんかな、と剣を出した。軽い衝撃。続けて完全に音の方を向き、木剣を上げた。忍び寄ってきていたスペランツァの両手も上がる。


「おしかったね」


 そして、鼻先を左指で押した。

 スペランツァが鼻先を抑えて下がる。


「何で分かったんですか?」

「メルアの目を追っていたのと、音かな」

「なるほど。これが、愛の力……!」


 冗談かな、と表情をほとんど変えずに言葉に力を込めたスペランツァを見てエスピラは思った。

 アグニッシモが元気よくスペランツァに並ぶ。


「父上が愛の力なら、こちらは兄弟の絆だ。行くぞ、スペランツァ!」


 アグニッシモが元気よく叫んだ。


「アグニッシモとの兄弟の絆を糧に、新たな兄弟の絆でリングア兄さんを召喚。にーさーん!」


 アグニッシモに合わせ、スペランツァが大声だけど棒読みで三男リングアを呼んだ。

 え? とエスピラからの宿題で物資の差配を行っていたリングアがパピルス紙から顔を上げる。


「ささ、兄貴。こちらへ」

「やっちまってくださいあにき」


(どこでそんな言葉を覚えてくるのやら)


 アグニッシモが見事な下っ端の動きをかまし、座っていたリングアの手を無理矢理引っ張った。

 スペランツァも感情のこもっていない声で演技に乗っている。


 リングアの見ている帳簿をのぞき込んでいたルーチェ・ティバリウスも嬉々としてリングアの背中を押してきた。はい、これ、なんて木剣を渡してもいる。


「あら。二人の訓練じゃなかったのかしら」


 メルアがため息を吐いた。

 庭の隅で見ていたステッラが横にいるレコリウスに笑いかけ、肩をすくめている。


 ステッラは引退した後もきちんと子供たちの指南役はやってくれているのだ。レコリウスも同じく指南役をしてくれている。


「父上に勝つのが訓練ですから!」

「二対一で叶わないのなら三対一にするのも、策の内」


 アグニッシモとスペランツァも木剣を手に取ってリングアの少し後ろに並んだ。

 リングアは困った顔をしている。


「訓練はちゃんとやりなよ」


 そんな三人に、やや冷たいクイリッタの声がかかった。


「兄貴に言われたくない!」

「一番言えない人が言ってる」


 すぐさま双子が反撃する。


 くすくす、というディミテラの笑い声が聞こえて後ろを覗えば、家の奥から来たクイリッタのすぐ後ろにディミテラが立っていた。


 アレッシアに来た当初は不慣れだったが、今では完全にアレッシア語を使いこなしているため自由にさせているのである。仲も、相変わらず良いようだ。もちろん、クイリッタに言えば否定するのだろうが。


「得手不得手がある。二人は、私よりも強くなれるから、兄として言っただけだ」


「おお!」

 感嘆の声はアグニッシモ。


「気持ち悪い」

 酷い言葉はスペランツァ。


「何か?」


 クイリッタがメルアにも少し似た威圧感でスペランツァを睨んだ。

 スペランツァは口笛を吹きながら横を見る。やけに見る。俺? とアグニッシモが自分自身を指さしても見続けている。

 いや、スペランツァがさらに顔を近づけた。アグニッシモの背が伸び、背は反っていく。


「クイリッタ。何かあったのかい?」


 そんな双子の様子を幸いと、エスピラはリングアの手に自分の木剣を置いた。


 クイリッタが中庭におりてくる。多いな、とも周りを見ながら呟いた。


 エスピラと妻のメルア。三男リングア、次女チアーラ、四男アグニッシモ、五男スペランツァ、三女フィチリタ。姪のルーチェ。指南役のステッラとレコリウス。面倒を見るための奴隷が合計五人。そこに次男クイリッタと名目上は人質のディミテラだ。


 人は本当に多い。


「どうしても父上にお会いしたいと、言ってはいないですけど言っているような客人が来ております」

「帰して」


 クイリッタにすぐさま返答したのはメルア。

 フィチリタがてちてちとチアーラの方に逃げて行った。チアーラは大喜びで両腕を広げて出迎えている。


「グライオ様とアルモニア様です、母上。お二人に、ソルプレーサを添えて」

「グライオが?」


 今度はメルアよりも先にエスピラが反応した。


 グライオのベロルスはその昔ハフモニに通じていたこと、という名目ではあるがほぼメルアと肉体関係を結ぼうとしたからこそ追放されている。だからこそ、グライオは基本的にウェラテヌス邸に近づいてこないのだ。


 余計な噂が流れないように。話がこじれることが無いように。

 その実、シニストラと張り合えるほどエスピラに忠を誓ってくれている。


「はい。兄上が功績を立てるまでの間、父上の派閥を引っ張るお二人が、です」

「棘があるな」


 苦笑しながらエスピラはクイリッタに近づいた。

 ディミテラも仕方が無い人、と言わんばかりの視線をクイリッタに向けている。


「いえ。別に。他意はありません」

「そうかい」

 と、エスピラはクイリッタの頭に手を置いた。ありがとう、と頭を撫でる。


 私は来年大人の仲間入りを果たすのですが、と小さな声でクイリッタが言ってきた。


「疑うと人を損ねるわよ」


 誰が言っているの? とは、フィチリタを除く全員が思ったことだろう。

 同時に、誰も口に出さないことも。示し合わせたように皆がメルアの発言をとりあえず流すことに決めた。


 いや、真の意味を理解した人はどれだけいたのか。


 あの二人はエスピラの好敵手足り得るがとってかわることは無いと伝えたのが分かったのは、エスピラとクイリッタ以外にもいたのか。


 汲み取ったのかは分からないが、真っ先にアグニッシモがクイリッタの腕を引っ張る。父上の代わりの討伐対象はリングアの兄上だ! とも無邪気に叫んだ。スペランツァが無言で後ろからリングアに襲い掛かっている。


 エスピラは、後ろ髪を引かれる思いを抱きながら、ゆるゆると、途中から背筋を伸ばして書斎に向かって家族から離れて行った。


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