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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十四章
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人材探し

「エスピラ様」

 と、少し抜けた声がした。


 作業中の手を止め、道具を近くで控えていたリングアに預け振り返る。想像通りの声の主、カウヴァッロが見えた。隣にいる男は中肉中背。黒に近いこげ茶の髪で、目は少し垂れている。口の横には二つの小さなほくろが並んでおり、今日会う一人目の護民官候補の男と特徴が一致していた。


「お連れいたしました。こちらが、ポロ・トンクス様です」

「お初にお目にかかります。この度は、わざわざ私めと会う時間を作っていただき、誠感激の至り。神々と父祖に感謝してもしきれません」


 ポロが両手を合わせ、深々と腰を曲げてきた。


 昔は金持ちとしてこの辺りで大きな顔ができていたらしいが、今やカウヴァッロに名声で完全に抜かされた男である。アグリコーラ包囲戦などに従軍していたが、十人隊長までの男だ。


「こちらこそ。呼びつけるような真似をしてしまい、申し訳ありません」


 こんなところに、とは言わない。

 目の前ではエスピラと共に戦った仲間たちが建物を作り、道を作っているのだ。此処は、エスピラにとっているべき場所である。そう思ってもらわねば困るのだ。


「いえいえ。皆が感謝しております。荒れ果てた土地に道を引き直し、住居を作り、まさにアレッシアを立て直してくださっている、と。国家国民のために私財を投じるのはアレッシア人としては当たり前のこと。さりながら、エスピラ様の規模はいかなるお人も及ぶものではございません。このポロ、誠に、誠に心から感服しております」


 ははー、と言ってはいないが言ってもおかしくはないほどにポロがまた体を低くする。

 こちらを横目で窺っていたリングアが、口元を引き締めたのが見えた。そう硬くなることは無い、とエスピラは目で伝えようとする。立派だ、と。そろえた資材の割り振りを任せてみたが、見事だったぞ、と。


 ただ、リングアは堅く頷くだけで理解してくれたのかは分からなかった。


「さて、ポロ様」

「様などとんでもない」


 いやいやいや、とエスピラよりも十五は年上の男が尻から下がって行った。

 その様子に、一抹の不安はよぎる。だが、工事に参加してきた地元の者からエスピラへの尊敬のまなざしが強くなったころから、ひとまずの及第点は与えることにした。


 ポロ、では無く、トンクスと言う家門に。


「支援するにあたり簡単な質問をさせていただいているのですが、この工事を見てどう思われます?」

「誠に見事なモノだと思います!」


 即答。

 そして終わらずに、続く。


「ディファ・マルティーマからアレッシアへと続く道、トュレムレへと続く道、そして道中のアグリコーラの港からこの本道に合流する道。いずれもこれからのアレッシアの主要街道になり得る道であれば、エスピラ様が整備を急ぐのも当然のこと。住居に関しましてもこの建物が作られることにより、ひとまずは工事の者の住処が確保されます。


 また、住居がある。道がある。土地勘がある。地元の人との交流があると言うことはそれだけ工事に従事したエスピラ様のお仲間がこの土地に根付けると言うこと。

 退役兵への土地分配として、この辺りを分け与えることは、それこそ国家の役目。誰もが納得する行為になると思われます。


 何よりも、皆様礼儀正しい。地元の者からの評判も良く、戦争中の武勇伝にも事欠きません。あるべきアレッシア漢の姿。語り継がれるべき英雄譚。それらに子供たちが常に触れ、新たな勇士を生み出す。まさに最高の教育にもなる場であり、その者たちがこのような工事を大事にしていたとなれば、必ずやこの技術は受け継がれ、より発展していくことでしょう」


(ほう)

 とエスピラは思った。


 金持ちは伊達では無い。偶然でも無いし、ただただ継いだだけの男でも無い、と。

 過剰にへりくだる態度から少々見誤ったようだと。


「貴方のような方に、できれば戦争中に会いたかったものです」

「ありがたきお言葉。それだけで救われる思いにございます」


 が、やはりかなりへりくだってくる。


「ウェラテヌスの財を貴方の護民官選挙戦にお貸しいたしましょう。融資の条件はただ一つ。退役兵、それも私と共に戦った者達の土地をしっかりと、彼らの功に従ってきちんとしたモノを与えること。国が配ること。そのために全力を注いでもらいたい」


 後半には非常に力を込めた。圧を込めた。指揮官然とした、上位者としての言葉をしっかりとポロに押し付けた。


 それから、雰囲気を軽くする。


「私からの条件はそれだけです。ただし、それが叶わない時はお貸しした財の半額を借金として貴方に課します。それで、よろしいですね?」


「はは! 必ずや、エスピラ様のためにこのポロ、全力を尽くさせていただきます!」


 護民官選挙の資金援助は珍しい話では無い。

 その中で、条件がたった一つと言うのが珍しいのだ。それも、全額が借金では無いこともほぼあり得ない。うやむやになることはあるが、何かしらのリターンを返せなければ全額と言うのが相場だ。


 だからこそ、エスピラの下には選挙をにらんだ男たちがたくさんやってくる。様々な公約はあれども、エスピラの頼みがそれらに大きな影響を与えることは無いのだから。


 そして、こうしてエスピラが動くことはアスピデアウスへの、今の元老院への不信感にもつながる。少なくとも、エスピラは元老院を信用していないと言う風に聞こえるのだ。


「尽くすのは、どちらかと言えば私の仲間たちに、になるけどね。使うのも私ではなくウェラテヌスの財だ」


 マシディリも成人したのだし。


「分かっております。ですが、エスピラ様が背後におられると言う事実が大きいのです。必ずや、エスピラ様の願い。退役兵への土地分配を成功させて見せましょう!」


「……うん。期待しているよ」


 あとは誓約書の作成。念のためにポロのやりたいこと、護民官になってからどうするのかを聞いた。

 他愛のない話もする。

 土地の様子、此処で育ちやすい作物、どれほどの者が家を失ったのか。働き手を失った者はどれほどいるのか。貧富の差は。


 ある程度話し合ってから、エスピラはポロと別れた。

 再び道具を手にし、エスピラも工事に加わるがまた呼ばれて離脱する。その間の指示や調整はリングアの仕事だ。兵も大人しいリングアに非常によく絡んでくれている。


 大人しいながらもリングアの剣の腕は誰もが認めているのだ。

 そのことも、心をつかんだ要因だろう。


「エスピラ様。こちらがソラント・ピアチアーレです」


 すっかり土地の名士と化したカウヴァッロが紹介してくれる。


「お初にお目にかかります。ソラント・ピアチアーレと申します。エスピラ様のお噂は、風から民からカウヴァッロ様から。お聞きしない日は無いほどに聞いて育ちました」


 二十二歳の若者が利発そうな青目ではっきりと言い切った。

 エスピラよりも明るい栗毛は、しっかりと切りそろえられている。


「呼びつけてしまって悪いね。でも、君のような若者も護民官を目指してくれて嬉しいよ」

「ファリチェ様やヴィエレ様を始めとする方々も若くして護民官に就かれ、ファリチェ様は今や民会における重鎮と化しております。ならば私も、と心に闘志を燃やす若者も多い者です」


 ふむ、とエスピラが思っているとソラントの口がまた開いた。


「エスピラ様も、非常に若くして法務官となりエリポスを制する大功を挙げ、同じく若くして執政官となりカルド島をアレッシアのモノにし、アスピデアウスが占拠する中で再び執政官になり戦争を終わらせました。やはり、このことも若者の大きな夢となったと思います」


 エスピラは歯を見せて笑った。


「無理しておべっかを言わなくて良いよ」

「事実ですので」


 ソラントが最初よりも少し深く頭を下げてくる。

 最初の印象は若くして老獪な政治家になりそうな人物であったが、今では少し不器用な若者と言うモノも追加された。


 楽しそうに笑いながら、事実楽しい気持ちで笑いながら、エスピラは左手首を掴んで革手袋の中の手を軽く握った。大きな指輪が二つ、存在を主張してくる。


「さて、ソラント。これは護民官になりたいと言う者全員に聞いているんだが、この工事を見てどう思う?」


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