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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十四章
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エスピラ追放

「しかしながら!」


 が、次の瞬間には朗々と声を張り上げた。

 議場の全てを手中に収める。声で全てを引き付ける。


「あくまでもこれは私の罪。サルトゥーラ様は先ほど凱旋式はアレッシア人の夢と申されました。その通りでしょう。ならば私と共に戦ってくれた者達にも等しく味わう権利があるべきだ。


 誰がエリポスの敵方を戦争から離脱させた。

 誰がエリポスを味方につけた。

 誰のおかげでアレッシアに潤沢な支援物資が届いた。

 誰がマフソレイオの支援物資に対して邪魔ができるマルハイマナを抑えた。

 誰が戦争初期の勝利を収めた。

 誰が戦争の象徴であるカルド島を手に入れた。

 誰がマールバラを半島から追い出した。

 誰がマールバラに勝てるイフェメラを執政官に推挙した。

 誰が軍事技術を発展させた。

 誰がエリポスからアレッシアを同等かそれ以上の文明国だと認めさせた。


 この功績、この栄誉。

 私と共に戦ってくれた軍団も浴する権利があるはずです。


 それすら許さないなど狭量も狭量。自らの一族で国家の利権を貪りたい太ったけだものと見受けられる。


 果たして、建国五門はそうなのか。


 違うはずだ。


 我がウェラテヌスは家の蔵を空にしてまでも何度もアレッシアを支えてきた。

 とかく金がかかる軍事をタルキウスは積極的に担ってきた。


 オルニー島を奪取し、その気になればアレッシアの穀物を握れる存在になってにもかかわらずニベヌレスはすぐにそれを国のために役立てた。


 酒宴が多いと言われ、先代フィガロットはアレッシアを裏切ったが、ナレティクスも元は自身の財を使ってアレッシアに活気をもたらしていた。


 アスピデアウスも常に二番手として陰ながらアレッシアの行く末を制御していたはずだ。


 半島南部で戦い続ける者に、私の友に。凱旋式の栄誉を、是非ともお願いしたい。土地も。同様に。しっかりと功に報いるように。


 アレッシアの誇りある対応を期待しております」



 最後は右手を胸に当て、目を閉じ、優雅にエスピラは紡いだ。


 それから、中央をサルトゥーラから無言で静かに奪い取る。

 鮮やかに。抵抗なく。

 次の声は、サルトゥーラや近くのサジェッツァ、エスヴァンネに聞こえる程度のモノを。


「本気で思っていないのなら何を言っても良いわけではありませんよ。軽い気持ちが、取り返しのつかないことになることもあるのです。どうか、そのことをお忘れなく。ね」


 そして、議場に轟く声で宣誓する。


「エスピラ・ウェラテヌスはアレッシアの神々と父祖の名に於いて、今ここに前執政官を辞することを宣言いたします。また、軍事命令権もお返しいたします。解散していない軍団につきましては、此処におりますシニストラ・アルグレヒト、ルカッチャーノ・タルキウス、ジャンパオロ・ナレティクスの三名と向こうにおりますカリトン・ネルウス、ピエトロ・トルネルス、グライオ・ベロルスを中心に目的行動が終わるまでの指揮と解散の手続きをするのが得策でしょう」


 宣誓を終えれば、エスピラは右手を台につけた。


「では、これにて失礼いたします。

 されど、追放先の準備が整うまではアレッシアに居ることもあるでしょう。それは、お許しを。いえ。正式な処罰はしっかりとお待ちいたしますとも。全ては、元老院の仰せのままに」


 最後にサジェッツァとタヴォラド、サルトゥーラに言うと、エスピラはペリースを翻した。


 堂々と議場を去って行く。




「エスピラ様!」


 シニストラの声が聞こえ、駆けてくる音も聞こえた。

 議場を出てから立ち止まってシニストラを待つ。シニストラはすぐに追いついてきた。


「これはあんまりです! 全て、罪状の全ては元老院の所為では無いですか。元老院がきちんとした支援を行い、エスピラ様の足を引っ張らなければ全ての罪は無かったはずです。エスピラ様は一度もアレッシアを裏切っておりません」


 落ち着かせるためにも一拍待つ。

 もちろん、笑顔のままで。


 そうしてからエスピラは返答を紡いだ。


「それを理解してくれる者が居るだけで十分さ」

「十分ではございません!」


 視界の奥からジャンパオロが走ってくるのも見える。ただ、彼がつく前にシニストラの言葉が続いた。


「これからのアレッシアに、いえ、これまでもですけど、エスピラ様は必要です」

「その通りです」


 追いついたジャンパオロが言う。


「賄賂も支援物資も、元老院が十分な量を持ってこないから。勝手な配分と言いますが、それを認めたのは元老院であり、元老院の指示が滞っていたからこそエスピラ様が差配したのです。カルド島に関する全ては今後の統治のためであり、オルニー島やプラントゥムのように細かな反乱が起こればアレッシアの国力は削られていく一方です。軍事技術だって向こうが聞いてこなかっただけ。エスピラ様は公開されておりました。


 ディファ・マルティーマや半島南部はマールバラから守るため。元老院の拙さで裏切った都市が多かった半島南部に対し、アレッシアが魅力的であると伝える必要もあったためです」


「ジャンパオロ。先ほどシニストラにも言ったけど、君達が理解してくれているだけで私には十分だよ」

「しかし!」


 吼えたジャンパオロの両肩にエスピラは手を乗せた。


「発言できる場から退席するものじゃないよ。会合が開かれているのに、自分の意見が通らないからと出て行くのは愚か者の行いだ。欠席で抗議するなど、頭の足りない行いだよ。


 欠席したところで、放棄でしかない。自分で考えない、自ら数から外れる行いだ。誰もその人の言葉を理解しない。こちらも聞かないから相手も聞かなくて良いよと言っているものだ。


 君は、元老院に留まるべきだ」


「それはエスピラ様にも言えることです!」


 両手が押し返された。

 議場からは続々と出てくる者が見える。


「私は、少し疲れたんだよ」

「嘘です!」


 本当なんだけどな、との思いはやさしい笑みの下に隠した。


「大丈夫だよ、ジャンパオロ。君は、私が思う以上に成長した。最早立派な建国五門の当主だ。大丈夫。自信を持って戦ってくれ。ただし、私情に流されては駄目だ。


 ジャンパオロは勇敢だからね。

 でも、場を見極めてくれ。アグリコーラ攻略に大功があり、テュッレニアに於いてもしっかりと地固めができた君ならできる。


 大丈夫。


 私は、必ず戻ってくる。約束するよ。父祖と、運命の女神と、音楽の神。そして、君に誓ってね」


 だから、それまでの君の戦場は向こうだ、とエスピラはジャンパオロの背中を押した。

 時折振り返りながらも、ジャンパオロが議場に戻っていく。


「私は」


 シニストラの言葉が詰まった。

 エスピラは、シニストラにも返すために笑みを作ったが、どうしても悲しい、寂しげなものになってしまう。それを自覚してしまう。


「君はアルグレヒトの次期当主だ。アレッシアに残るべきだよ。それ以外は、好きにすると良い」

「私は、いつまでもエスピラ様のおそばに」


 下を向き、ふふ、とエスピラは笑った。

 それからシニストラの方は向かずに背を向け、歩き出す。


「追放先ではメルアとゆっくりするつもりなんだ」

「それは、失礼いたしました。ほどほどの距離で、いつまでもおそばに」


 笑みが、きちんとエスピラの口元に広がる。


「嬉しいよ、シニストラ。まさか軍権を有している相手に対して、弾劾してくるとは思わなくてね。少し、いや、何もかもまとまっていないんだ。凱旋式も無しか。あれだけ、働いてねえ。いや、そうか。そうか……。まあ……そうだよな」


 はは、と力なく肩が揺れた。

 歪な口のまま息を吐きつつ空を見る。快晴だ。何も関係ない。綺麗な春の空。


 その風は、確かに冷たかった。


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