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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十四章
519/1593

エスピラ弾劾二十五か条

 沸騰したが、声は出ない。

 ありとあらゆる感情の視線がサルトゥーラに注ぐのみ。そのサルトゥーラは相変わらずの無表情で、少し落ちているとも言える瞼のままゆっくりと議場を歩き始める。



「罪状は多岐にわたります。

 一つ、軍団を私物化したこと。数えきれないほどの臨時給金をばらまき、彼らを自身の被庇護者に加えました。それだけでは無く、勝手に街の開発と外国との交渉に軍団の者を使ってもおりました。軍団とはすなわち神に認められ、元老院によって組織された集団。決して個人の忠誠で動くものではありません。しかし、それがエリポス方面軍に通用するでしょうか。エスピラ様の利益のために動かされ、勝手に報酬をいただいております」


「スピリッテ様の方がやらかしてるけどなあ。俺らはスピリッテ様に武器防具まで支給してもらっているし」


 くい、と両手に作った狐をサルトゥーラに向かせ、サジリッオが口をはさんだ。


「なら共に弾劾するまで」

「おーおー。セルクラウスにも喧嘩を売るなんて、若いねえ」


 生真面目なサルトゥーラに対して、サジリッオがのらりくらりと笑った。


「私は話の途中なのですが」


 サルトゥーラが声を刺してくる。


「ならなるべく短く頼むよ。ただでさえ長い話し合いで疲れてるんでね。要点だけ。それで頼む」


 サジリッオは笑ったまま。しかし、目はもう笑っていない。


「善処します」


 サルトゥーラもそんなサジリッオをしっかりと見据え、硬い声をぶつけ切った。

 それから、歩みを再開する。



「罪は他にもあります。


 一つ、マフソレイオを始めとする諸外国から賄賂を受け取っていたこと。

 一つ、財だけでなく物資の提供も常識の範囲に収まらない量を受け取っていること。


 一つ、そのマフソレイオとマルハイマナの条約をアレッシアの承認なく、事前の話無くまとめたこと。

 一つ、海賊を討ち、海賊と手を取ったが海賊と海賊行為はまだ生きていること。


 一つ、エリポスにて手紙で『王』と名乗ったこと。

 一つ、アレッシアが取ったエリポスの土地を勝手にエリポスに配分したこと。

 一つ、エリポスに勝手にアレッシア直轄領を作り、勝手に都市開発を行ったこと。

 一つ、メガロバシラスとの講和に於いて軍事制限を行わなかったこと。その結果、敵に軍拡され、半島で戦う可能性を残したこと。


 一つ、軍事兵器、技術の独占を行ったこと。

 一つ、ディファ・マルティーマを私物化したこと。

 一つ、ディファ・マルティーマに限らず半島南部を私物化したこと。

 一つ、元老院の許可なく、むしろ対抗するように南方の要塞化を推し進めたこと。


 一つ、カルド島攻略に於いて何も渡さなくても構わないと言いつつ、実際に執政官になりカルド島に赴いた時に支援を要求したこと。特にこれは、元老院の議場でエスピラ様が嘘を吐いた明確な証拠である。


 一つ、カルド島を厚遇する税率を打ち出したこと。

 一つ、アレッシアで派手な闘技大会を行ったこと。それ以前からディファ・マルティーマにて禁止されていた闘技大会や戦車競技、公演を行っていること。

 一つ、酒の製造、販売を続けたこと。


 一つ、軍団全てを自身の意のままに操ったこと。これは執政官としての宣誓にも反する重大な越権行為、神をも罵倒する行為である。

 一つ、その神々を争わせた、即ち処女神よりも運命の女神が上に立つような構図を作ろうとしたこと」


「神々に優劣が無いことはエスピラ様が良く知っておられる」

「話の途中です」


 神殿に近い者の言葉を、サルトゥーラが両断した。

 無表情のまま、その者を見ながら再びサルトゥーラが罪状を数え始める。



「一つ、成人前の自分の子供たちを従軍させたこと。


 此処からは明確な裏切り、元老院軽視に入るのですが。

 一つ、アイネイエウス、つまり敵の総大将とのやり取りがあること。特にエクレイディシアでの文化財のやり取りなど、親密な様子がうかがえる。

 一つ、ハフモニの商人と繋がりがあること。本国の情報を手に入れるばかりか、

 一つ、執政官の地位にありながら蓄財をしたこと。


 人間性を疑うものとしては

 一つ、十五年も気を持たせた挙句、処女神の巫女を振ったこと。


 受け入れれば良いものを。人間として、非常に小さい。非常に小さいからこそ、


 一つ、ディファ・マルティーマにて凱旋式もどきを行ったこと。

 凱旋式とは全アレッシア人の夢であり、神聖な儀式。それを勝手に行ったこと、それもアレッシアでは無くディファ・マルティーマで行ったことは許されざる大罪である。


 以上、二十五か条もの罪状がこの十年間だけで挙げられ、これは元老院を追放するのに十分であり、アレッシアの決定に参加させるべきではないと思いますが、反論をお聞きいたしましょうか、エスピラ様」



 一斉に多くの視線がやってきた。

 サルトゥーラは感情の無いある意味真っすぐで冷たい視線。

 後ろにいるシニストラからは心配そうな視線。


 サジェッツァは目を閉じている。タヴォラドは何の感情も無い。スーペルも目を閉じているが、腕を組んでいた。アダットは落ち着きなく心配そうな視線を大きな目から向けてきている。ジャンパオロはサルトゥーラを睨みつけていた。そのジャンパオロにジャンパオロの周囲は圧倒されているようでもある。


 そんな中で、エスピラは「ふぅむ」と笑みを浮かべながら唇をなぞった。


「さて、まずに二十四番目、ですか。人間として小さいこと。いやはや。これはその通りと言わざるを得ないでしょう」


 そして、朗らかにエスピラは言った。

 敵意と心配の中に拍子抜けした視線も交じる。サルトゥーラは変わらない。


「私はこの方妻以外の女はどうでもよい性質でして。ええ。嫌なのです。メルア・セルクラウス・ウェテリ以外が私の妻になる、愛人のような顔をする。それ自体が耐えられない。

 だからこそ、君の弟の墓も壊してやりたいと常々思っているよ、サルトゥーラ」


 最後は特上の笑みでエスピラは睨んだ。


 サルトゥーラ・カッサリアの弟はエスピラがエリポスに居る時に怪死した一人だ。

 街の噂ではメルアとも交友があったらしい。


 つまり、愛人関係だったかも、と言うことになっている。



「さて、私情はさておき、他のことに関しては何も言うことはありません。


 知恵者なら、そうでなくともアレッシアの状況を知っていた者、アレッシアを憂う者は私の行動の理由が分かっているはずです。弁解する必要などなく、私の行動は正しかったと理解されているはず。


 そして理解していない者は愚か者。国政に参加するべきでは無い者であり、そういった者だと理解しておきながら重用する者もまた国を腐らせる毒物。あるいは、どうしても私を追放したい、耳の無い化け物どもでしょう。


 故に、何も。言いたいことはございません。言う必要はありません」



 当然、サルトゥーラは分かっている側だ。

 少なくともエスピラはそう思っているし、おそらくエスピラが反論することを見据えてこの二十五個に留めたと思うべきだろう。


 即ち、本来の目的は次の策。

 エスピラが反論した後に。あるいは、エスピラの攻撃を誘発してから攻め込むつもりだった。

 アレッシアの戦争のように。無理矢理相手に非をつけて。


「その上で私が要らないと、私の罪を元老院が弾劾しようと言うのであれば、私は甘んじて受け入れ、追放されましょう」


 エスピラはシニストラを手で押しとどめ、席を立ちあがった。

 ゆっくりとペリースにゆるい風を浴びせながら中央に向かって歩いていく。



「今、アレッシアは疲弊しております。民の顔に生来の明るさは無く、楽しみも無い。勝利こそ積みあがれども帰ってこない者もまた多い。アレッシアは、未曽有の疲労を溜め込んでいるのです。その状態で国を二分するような争いをする? そんなこと、誰が望んでいるのですか? 神々が許されるのですか? 父祖に顔向けができるのですか?


 出来る訳がありません。許される訳がありません。望んでいる訳がありません。


 国家を二分するのは愚かな行為。何故それをしたがるのか。それに向かってウェラテヌスが突き進まねばならないのか。私には理解できません。


 故に、追放は受け入れましょう」



 仰々しく。

 エスピラは、左手を胸に当て、サジェッツァから視線を切らずにサジェッツァに対して腰を曲げた。


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