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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十三章
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詰み

 マールバラの出航は、大幅に遅れる。


 何故か。

 当然だ。


 何を対価にマールバラは船を出してもらうのか。


 それは、馬であり戦利品の数々であり、奴隷である。だが、奴隷は山中で散り、馬の質はもっと良いモノを提供できる人が現れ、下手に半島の民を奴隷に取ればアスピデアウスに睨まれる。


 結果、マールバラは船を出してもらうために奔走する羽目になった。


 そこを、攻撃を解禁させたアスピデアウス派の者、守りだけしていろとエスピラに叱られていた者達が食って掛かる。

 まるで激しい狩りをして傷き疲れ切った狼から獲物を奪おうとする、群れを持てなかった雄獅子のように。所詮は負けた者達が、ここぞとばかりにマールバラにちょっかいをかけ続けているのだ。


 エスピラは、その隙にイフェメラの出航準備をまとめた。

 実際の物資などの準備は信頼できる副官であるアルモニアに任せ、仕事を少しでも減らす。アルモニアを窓口にし、ソルプレーサやカリトンを間に入れたのにも関わらずイフェメラやジュラメントがエスピラに直接談判しに来て仕事が増えたりもしたが、それはそれ。良くも悪くも予想通り。


 軍団のことはグライオを中心に任せ、ルカッチャーノとジャンパオロに支えてもらう。連携としてもオプティマ、マルテレスとはマシディリが、カルド島に居るスーペルとはルカッチャーノがそれぞれ柱石を担ってくれた。


 そうして何とかわずかでも手を放せられる状況を作ると、エスピラはすぐに本国に対して動く。


 ペッレグリーノの功を訴え、第一次ハフモニ戦争での失態を繰り返してはならないと訴え、民会にこれ以上の戦時統制はしてはならないと感情を揺さぶる。


 永世元老院議員などのエスピラが執政官になることによって利を得た者達にはイフェメラの支援とアルモニアを法務官にすることによる調整の利益を訴えた。


 アスピデアウスの者達にはエスピラが早期に軍事命令権を返上することを匂わせる。戦いが終わればすぐにでも、とも付け加えて。任期を待たずにお返しすると。


 同時に、ウルバーニやクイリッタ経由で北方諸部族からの綺麗なカツラや半島では珍しい香水を婦人たちにも配った。


 影から夫に訴えてもらえるように。この利益は誰かが確定させたものでは無いから、今協力すれば恩恵に預かれると唆して。

 夫たちには家をあけても夫人を喜ばせることができるだとか、愛人にあげれば喜ぶとも付け加える。


 それから、占い。

 イフェメラにとって都合の良い解釈を何とかひねり出しつつ、リングアがオプティアの書の管理委員であることを良いことに何とか書の解読もさせる。その予言から、役立ちそうな部分を抜き出し、今度はユリアンナに頼んで子供たちの間で童歌として少し遊んでもらった。


 大事なのは、今回はエリポスの財を使わないこと。

 そして、アルモニアをカルド島にかかわらせ続けることの利益をサジェッツァやタヴォラド、サルトゥーラ以外の良識がある人物に理解させること。


 イフェメラのついでがアルモニアなのか、アルモニアのついでがイフェメラなのか。

 そこはあいまいにするが、プラントゥムを僅か半年で制圧した男の凱旋式を大々的に行わせるためと言う名目で嫉妬に狂った者達に「ハフモニで失敗した者が凱旋式を挙行できるものか」と思わせるのも忘れない。


「本当に大丈夫でしょうか」


 エスピラに付き合わされることの多いシニストラが言った。

 ついさっきまでチアーラの遊びに付き合わされていたのか、髪の毛には花と草が絡まっている。


「イフェメラのことなら心配はいらないよ。この前のハフモニ軍は、とてもにおった。馬も痩せていて、兵の肌も荒れている。目の下もハフモニ人特有のではない黒さがあったからね。今もアレッシアを蹴散らせているとは言え満足に寝れていない上にこれから長期航海だ。

 ま、そんな彼らに対して補充も十分で住み慣れた土地である我々が攻めきれなかったのも事実なんだけどね」


 それでも、多少の不利は覆せるほどのコンディションの差が、今年はあった。

 少なくともエスピラはそう思っている。


「それもそうなのですが……」


 歯切れの悪いシニストラが見た先は、エスピラの横。粘土板や羊皮紙、パピルス紙だけでなく文字が書けるのなら、意見が残せるのなら何でも良いと言わんばかりに積み上げられた雑多なモノたち。


 エスピラも、ため息を吐いた。


「大丈夫じゃないねえ。終わりが見えないよ。昨日は確かに半分になっていたはずなのに」


 エスピラの耳はいつもの奴隷とシニストラ以外誰も近くにいないことを告げていて。


「巧妙な嫌がらせに思えてくるよ。私は最高軍事司令官では無いと言うのに、あたかもそんな扱いをしてきているんだ。フィルノルド様にも連絡すれば良いモノを私にばかり戦況を告げて、支援物資を要求してくる。


 全く。

 サジェッツァはこちらに掛かり切りだからこそタヴォラド様を近くに置き、サルトゥーラに内政の骨格を組み立ててもらっていたのにな。


 いや、だからか?

 ああ、もう。人が足りなくて嫌になるよ」


 だからだろうか。

 エスピラは、思わず心のままに愚痴ってしまった。

 それから、右手を乱雑に振り、話題の終了をシニストラに伝える。


「あとちょっとだ。あとちょっとなんだ」


 左手の革手袋を握りしめ、ぐ、と視線も革手袋に落とした。


「来年で開戦から十二年になる。アスピデアウスの視線がメガロバシラスに行った今こそ終わらせるべき時なんだ。いや、サジェッツァからのそういうメッセージだ。もう少し、無理に付き合ってくれるな?」


 最後の言葉と共に、視線をシニストラに。

 シニストラは丁寧に頭を下げてくれた。


「どこまでも。

 しかし、ソルプレーサやグライオならば「無茶には付き合いますが無理にはお付き合いしかねます」などと言うかと思います」


 はは、とエスピラは声をあげた。


「違いない」


『無理』を否定できず。


 しかし、エスピラは完遂させた。

 イフェメラの平民側の執政官の当選確実とアルモニアの法務官選挙の勝利の確約を手に入れたのだ。


 そんな、若き執政官になることが決まったイフェメラがカルド島から出航したのは年が変わる前。寒風吹きすさぶ十番目の月。少し前に出航したマールバラは、カルド島からの艦隊によって遠回りを余儀なくされ、物資の積み込みもエスピラに邪魔されている始末。


 一抹の不安は、ハフモニ本国に詰めている傭兵が減っても傭兵隊長フィロタスが残っていたこと。

 その不安が払拭されたのも年が変わる前だった。


 ハフモニ本国を追い出されるようにして上陸直後のアレッシア軍二万にフィロタス率いる一万三千が強襲を仕掛けてきたのである。


 結果はイフェメラの快勝。

 イフェメラは元から来る予定だったフラシ騎兵五千に加え、他のハフモニの近隣諸国からの援助を受けることにも成功したのだ。


 ハフモニ本国の壁に取り付いたイフェメラが執政官として提示した講和条件は三つ。

 ・ハフモニの国家収入二十年分の損害賠償の六十年払い。

 ・アレッシアの許可の無い戦争の禁止。

 ・海を越えた領土の放棄。


 戦争主導者の処刑を望みはしなかったのだが、これらの条件は拒否された。


 ハフモニの応手はかき集めた傭兵部隊と市民からの志願兵、戦象を用意してマールバラに懸けること。



 年明けとともにウェラテヌスの関与しないところで最後の決戦が幕を開けようとしていた。


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