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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十三章
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可能性の芽

 勝利をどこに定義するのか。


 目の前の部隊を壊滅させることとするのなら、勝利に近いのはハフモニである。

 相手の目論見を崩し、指揮系統の頭を不能にさせることでもハフモニだ。

 指揮官が居る部隊が最後まで戦場に残る意味なら互角だが、相手の目論見をどこまで外すのか、で言えば完全にハフモニだ。異論は出ない。


 マシディリの考えた相手を混乱させることに於いて、多くの部隊に対しては成功したがマールバラの本隊は正気を保っている。

 自然を利用した槌と鉄床戦術も、その鉄床から逃げられた。むしろ、一部の部隊は逃げまどう敵軍と敵を秩序良く攻めている味方によって後ろに退けない、と言う心理的な鉄床まで用意されてしまっている。


 完全に逆手に取られたと言うべきだろう。

 しかし、悲観は無かった。


 マシディリは、マシディリ自身にハフモニの刃が届くことは無いと確信できたのである。


 父エスピラの軍団の最精鋭の名は伊達じゃない。この部隊は強く、目の前のハフモニ軍に対しても鉄床になっている。数も、どうやらこちらの方が多い。それに、散った敵兵はどれだけ集合できるのか。フラシ騎兵の姿は見えないのは、完全に馬を捨てざるを得なかったのか。


 どのみち、この戦いを続ければマールバラがハフモニ本国で率いるのは完全に分断されたようなひどい軍団になるのである。



 勝利とは。


 マシディリの中では、アレッシアが勝つこと。そのためにマールバラの思考を具現化できない状況に落とすこと。



 マシディリも目の前の者が、父と共に戦った者が死んでも良いと思っているわけでは無い。

 が、思い入れが父よりも無いのは誤魔化しようのない事実である。

 だからこそ、被害承知で全体の被害が少ないための対応策を躊躇なく選べるのだ。


 不慣れゆえの遅れも、現状ではマールバラを困惑させる一因にもなっただろう。エスピラが居ないと言う確信を得させることにもなっただろう。


 アレッシア内に於いて、マシディリの評価は高い。これも事実。

 だが、ハフモニからしてみれば? マールバラからしてみれば?


 マルテレスやエスピラを討つために温存していた部隊を浪費してまで殺さねばならない人物には思えないはずだ。


 そもそも、目の前にいるのが第三列だと言う確証も得られないはずだ。


 そんな軍団に、貴重な軍団を使い潰せるのか。


 否。


 マールバラは、マシディリの策を上回った。読んでいたのだろう。あるいは、対応して読み切ったのだろう。


 しかし、得たいモノは得られない。

 無駄な勝利。無為な犠牲。

 そう思えてしまったのなら、マールバラはどうするのか。



 結果は、撤退だった。

 包囲が完成する間際にそれまで押していたマールバラが後ろの味方を捨てて逃げ出したのである。

 夜の森の中を脱兎のごとくするすると。ふくろうのように飛び去って。


 マシディリも追撃を命じた。思いっきり仕掛けた。全力の攻めだ。土地勘があり、目印も壊し、相手をかく乱させるべくできる手は打っての追撃だ。


 それでもするりするりとマールバラが逃げていく。追撃をかわして逃げていく。

 自分の指示が行き届く軍団だとこうも変わるのか、とマシディリが唇をかみしめるほど鮮やかにマールバラが撤退していった。


 それを認め、マシディリは残った部隊を攻撃するように指示を出したが、少し遅かったと認めざるを得ない結果になる。


 森の中では伝達もやや遅れるのだ。

 散らばっている部隊が敵の散らばっている残党を討つには時間がかかるし、探すにも同士討ちを避けるにもやはり時間はかかる。


 結果、大将の逃走と言う最大の好機をマシディリは完全には活かすことができなかった。


「初めての指揮にしては上々どころか、末恐ろしいモノかと」


 慰めは、ソルプレーサが皮切りに。

 他の者も口々に褒めてくれる。


(父上ならば、なんとおっしゃられるのだろうか)


 失敗した。

 相手を散らしても、マシディリの心の中にそれが残る。


 マルテレスか、シニストラか。

 どちらかが居れば、カルド島での初指揮でエスピラも迷い、間違い、マルテレスに助けられた話を今一度してくれただろう。


 だが、いるのがステッラなどの被庇護者では中々庇護者であるエスピラを貶しているともとられかねない話はしにくい。普段ならできても、落ち込んでいる可能性もあり、戦闘後で気が立っている可能性もある今のマシディリにはなかなか言えないのだ。


 見事でした。初めてでこれほどできる方はおりません。まさにウェラテヌスの後継者に相応しい実力です。

 そんな、本当の言葉だがマシディリにはそこまで響かない言葉に終始することになる。


 その中で、一つの足音が堂々と近づいてきた。

 顔を向ける。汗にまみれ、足元は泥にまみれているが間違いなくグライオだ。


「中途半端は最大の敵です」


 発した言葉自体は責めても褒めてもいない。

 ただマシディリが勝手に責めの言葉だと感じるだけのモノ。


「当事者となるとなかなかうまく行かないのはご理解いただけたかと思います。如何にエスピラ様がすごいお方なのかも」


 その言葉に、マシディリは一度頷いた。

 先ほどまで必死にマシディリを褒めていたヴィエレがグライオを睨む。グライオの表情は一切変わらない。


「その上で申し上げるのであれば、長兄であるマシディリ様まで完璧に成功されてしまっては弟たちにかかる圧はすさまじいものになるでしょう。それこそ、将来を潰しかねないモノになるはずです。丁度良い結果だったと。そう、エスピラ様も心のどこかでは判断されるでしょう」


(なるほど)

 これは、父が傍に置きたくなるわけだ、とマシディリは思った。


「ありがとうございます」と返して、ようやく被害と成果の把握に努め始める。

 人をやり、報告を聞き、大事なこととヴィエレを始めとするたくさん声をかけてくれた人に感謝を告げる。


 一夜を超えて軍を森に置き続けて、しかも戦ったのに全員がせわしなく動いてくれる。森の中ゆえに警戒を続けて精神を摩耗させながらも。いやな顔をせずにしっかりと。


 そんな様子と比べて、先ほどの自分のなんと勝手なことか。

 それでも励ましてくれた者達の支えのなんとありがたかったことか。


 決して忘れぬように、とマシディリはしっかりと目に焼き付ける。気づけば話しかける人がいない状況になっても、近くには皆が居るのだから。


「マールバラ・グラム。いつか、もう一度」


 そう、マシディリは革手袋を握りしめながら陽光に照らされ始めたのだった。


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