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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十三章
512/1593

坩堝(るつぼ)

 第三列を目視すると、マシディリは父をイメージした。


 堂々とした、ウェラテヌスの当主たる態度。弟妹のあこがれる背中。すぐ下のクイリッタ曰く「困った時に泣きつけば何とかしてくれる」、そんな安心感のある存在。


 そして、そのイメージのままマシディリは第三列の中に入った。


「皆さん、目を閉じてください」


 しかし、声は穏やかなモノを選択する。

 あくまでも皆の可愛い弟分。あるいは息子。そんな甘えの入った声である。


「何が見えますか?」


 一拍、待った。


 相変わらず地面は揺れているし、悲鳴も怒声も聞こえてくる。アレッシア兵同士で武器を叩いているのか本当に戦っているのかは分からないが金属音も聞こえてきた。攻城兵器の音もしている。植物は相変わらず大騒ぎだ。まるで、マールバラの軍を大きく包み込むように。圧倒的な兵力が、目を閉じれば存在している。


 そして、次からマシディリは声を変調させた。



「大地を揺らす足音。大軍を告げる草の音。大木はさらなる大樹に道を譲り、日差しを譲る。ある者は逃げまどい、ある者は一気呵成に攻めかかる。いたるところで戦いが起こり、次から次へと新手が山を揺らしております。


 これだけの兵力をマールバラが準備しておりましたか?


 いいえ。味方を無駄に混乱に追いやるほど隠したりはしないでしょう。


 此処に顕現したのはアレッシアの大軍団です。

 四万? 五万?

 いいえ。コルドーニの伯父上が操った八万を優に超える軍勢です。


 誰が呼びましたか?

 答える必要などございません。


 誰が操っておりますか?

 答える必要はございません。


 目を開けて。


 そして、刮目してください。


 皆さんの歩む覇道を。隣の英雄を」



 息を、吸う。


「怪物を倒すのは人の役割だ!」


 低く、威厳で満たして。

 声を大きくするが決して叫ばない。


「さあ。狩りを始めましょうか」


 エスピラと瓜二つの調子で、メルアと同質の他人の心の底を捩じ切るような強い眼光を。

 栗毛のカツラを脱ぎ捨て祖父タイリーによく似た髪を星空に晒し、マシディリは先頭を進んだ。


 追い込み予定地点は幾つか候補がある。そのうちのどこに行ったのかは、脅しの意味も含めて光っているオーラから伝達されているのだ。


 戦闘を行っている場所につくと、マシディリは一個大隊に大声をあげさせた。そのままその場を走り回らせ、残りの二千で別方向から敵陣に突っ込む。


 この森で動いているアレッシア軍からすれば分断されていない歩兵第三列など大軍も大軍だ。しかも最精鋭。最も力を発揮するときはエスピラとシニストラが指揮した時であるが、誰が指揮しても一定以上の力を示すだけの集団なのである。


 ならば結果は一つ。


 追い込まれていたハフモニ軍は崖から落ち、あるいは足を取られて転倒し味方に踏み潰される。押し寄せてくる者が敵か味方か。判断ができる者同士が出会わなければ戦いが起きるだけ。


 押して、押して、押しまくる。


 下を突き、上を突き、確実に殺しながらも味方の存在を意識して進む。


「簡単すぎます」


 そんな時にステッラがマシディリの横に来た。

 ピラストロが嫌そうな顔をする。ステッラの目はそんな息子を視界に収めたようだが、何も言わなかった。


 これがマシディリやエスピラに対しての嫌な顔ならばその大きな歯をむき出しにしたのだろう。


「簡単すぎる?」


 言葉の直後、草の音が鳴った。

 いや、草自体はずっとなっている。森の中には音が常にこだましているのだ。


 だが、これは違う。発生源が違う。


 マシディリ達の後ろ。鳴らす必要のない場所。反響しないし、敵はいない。そもそも第三列がいれば十分な場所だ。


 そこからの。音。など。


「ステッラ、レコリウス、ラーモの部隊は反転せよ!」


 結論よりも早くマシディリは吼えた。

 アビィティロからオーラが飛ぶ。


 しかし、変更よりも早く硬質なモノ同士がぶつかる音がした。石だ。石が飛んできた。

 伸びた影は槍だろうか。槍だ。投げ槍だ。


「亀甲隊形!」


 防御重視。盾の集合体。

 守りを固める形だが、それは即ちアレッシア軍からの攻撃の停止を意味していた。


 マールバラが森に籠ったように、マシディリは最善と思う手段を選ぶために主導権を放棄してしまったのである。


(対応した? 読まれていた?)


 前者ならば想像以上の化け物だ。そして、想定外のところが発達している。

 後者なら圧倒的にマシディリよりも格上。そして想定内の場所に立っている。


 マシディリは、父の動きを完全に真似して左手の革手袋に口づけを落とした。膝も落とし、耳を地面に近くする。


「神よ。私に、力を」


 言いつつも、動きは完全に父を意識して。

 それから、マシディリは剣をやわらかく握った。


 目を閉じ、音を待つ。


「マシディリ様?」


 困惑の声はピラストロのモノ。

 怒声や励ましの声は百人隊長たち。弾かれるような硬質な音は石や投げ槍だろう。音の間隔は、徐々に開きつつある。つまり、敵の装備は少ない。近づいてきたことにかこつけて減らしているのだろうか。そこから後ろに行けば相変わらず敵兵の混乱と味方の威勢の良い声、離れていく足音が聞こえる。


(マールバラ・グラム。インツィーア。釣り。撒き餌)


 明確なのは、罠にはまったままで良い兵が居たこと。

 そのうえで、マールバラの作戦は一年前と変わらず父を殺すためだけのモノだったこと。


 父を殺して帰り、ハフモニで他のアレッシア軍団を待って、なんて先のことは今は考えなくて良い。


 そして、大股の足音が耳に届いた。

 隠そうともしておらず、戦場に居ながら跳ねているようにも聞こえる音だ。一人。徐々に近づいて。


退け」


 低音で言って、マシディリは成長しきっていない体をうまく使って兵の間を駆け抜けた。

 躍り出たのは男の先。男の獲物は槍。大きく振り上げられ、まさに赤のオーラがまとわりつくところ。亀甲隊形を崩すための破壊のオーラを使うようだ。


 その男が、マシディリを見た。

 にやり、と、油断とも興奮ともとれる笑みが男に浮かぶ。


 それ以上の感情はどうでもよかった。


 男がマシディリとの戦いを望んでおり、その鎧は今は亡きアレッシアの勇者のモノであると分かれば、残りはどうでも良い。


「私の首を獲れば、父上の首も獲れますよ」


 ハフモニ語で、告げる。

 男の腕の筋肉が、一瞬余計な動きをした。


 瞬間にマシディリの剣が下から振るわれる。男の槍が下りてくる。マシディリのオーラが男の槍を粉みじんにした。赤が一層強くなる。否。血だ。男の血が噴き出し、籠手も砕けた。肉も飛び散る。骨が飛び出る。


 マシディリの剣は上へ。大上段。膝も使い、全身を使った必殺の一撃。赤のオーラ使いが好む型。マルテレスが良く使う剣技。


 一刀剛撃。


 成長途上の体を磨き上げた動きと破格の規模のオーラで補い、男の頭を股下までかち割った。

 あえてオーラの有効圏外に出る、光だけのオーラを垂れ流して男の惨状を周囲に伝える。


 それから、光を残して斜めに沈んだ。

 下がり、低い体勢でかけ、一気に飛び上がる。

 近くに居た別の男に手を乗せ、頭を越えた。


 否。剣を下げ、オーラを込めて装備を破壊する。着地と同時に足を破壊して振り下ろされた剣も破壊する。思わずと言った様子で退いた相手にそれ以上に接近した。赤のオーラと共に剣を腹に突き刺す。


 防御不可。

 傷口はさらに広がる。


 その一撃で相手の動きを鈍くしてから、大上段の一撃でとどめを刺した。


 新手の足がやや鈍ったところで、赤の光を一気に広げる。敵の数はそう多くは無いようだ。

 それを味方に示しつつ、多くは語らない。


 一歩。二歩。

 相手に正中線を向け一歩ずつ地面を踏みしめながら下がり、マシディリは亀甲隊形の中に消えた。


「レグラーレ。走ってもらっても良いね?」


 最初からいた被庇護者が頷き、右に走り出した。


 オーラ量は少ないが、光だけなら遜色はない。そんな赤の光が亀甲隊形の中から漏れ、たまに前に出るように動く。ただの牽制だ。それが分かっているからか、相手も亀甲隊形の本陣に攻めてくる。そこを後ろからマシディリが強襲を仕掛けた。予想されたのか、敵も対応してくる。すぐに引く。もう一度別の者に赤の光を逆方向に走らせた。もう一度後ろから奇襲。相手が対応する。引く。次は同じ方向に。そして光の方向から攻める。相手も応じる。


 何度か繰り返すが、全てに応じられた。


 だが、それでよい。

 マシディリとて単純な表と裏の勝負にしても勝てるとは思っていない。


 思ってはいないが、このやり取りで既にハフモニの奇襲は崩壊した。しかも、アレッシアの軍団マニュアルの初期は半島統一戦の内の一つ、サンヌスとの戦い、山中での戦いを念頭に置いたモノ。しかも第三列は経験者が多いため、そのマニュアル通りの戦い、隊列がしっかりと叩きこまれているのだ。


 そこにあるのは、優位位置を取ってはいるが囲まれつつあるハフモニ精鋭部隊と押されてはいるものの数で勝り時間は味方となるアレッシアの精鋭部隊であった。


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