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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十三章
511/1594

父上ならば。私ならば。

 夜の冷気がじんわりと肌を浸り、熱気を冷ましていく。


 それでも消えない炎を自分の内に認識してから、マシディリは目を開いた。すっかり夜の闇にも馴れ、エリポスに発つ前の父との特訓により、昼のようにとはいかないまでも夜の森の中でも先手を取れるほどには良く見えている。


 つまるところ、動きに支障はない。


(いや)


 むしろ好調だ。

 演説の終わりには足が諤諤しそうであり、虚勢を張るので精いっぱいであった。押されれば倒れたであろうし、皆の威勢にすら地面に根を張らないと耐えられなかったほどである。


 それが今や体が羽のように軽い。


 その心地に安心するも、父ならばどちらも軽々とこなしていたはずだと思えば今の景色よりも昏くなる。果たして、自分は。


(違う)


 今考えるべきは、それではない。


「予想通りの位置に居たね」


 言いつつ、マシディリは剣を抜いた。


「流石です」


 妹ユリアンナと同い年であるウェラテヌスの被庇護者のレグラーレが慇懃に頭を下げてきた。

 情報収集係だからとマシディリよりも先に軍団の近くで働いていた者の一人である。いわば隠密行動のエキスパートだ。


「父上の教育のおかげだよ」

「そうでしょうか?」


 ともすれば失礼に当たる言葉だが、余計な口は開かないとばかりに誰もレグラーレに何も言わない。


「マールバラの戦闘の記録の全てとマールバラも学んだとされる大王の戦術をアリオバルザネス先生からの視点でも解説していただいているからね。それと、同じアレッシア人との戦いを想定したモノもね」


 だから、対エスピラを想定した地の利に精通した者の戦術に対する予想も容易に立てられる。


 マシディリは、剣に赤のオーラを灯した。

 夜の闇にはっきりと不吉なほどの赤が浮かび上がる。


 下は急斜面。木々が生い茂り、葉が茂り。鎧などの重装備で駆け下りれば滑る可能性もあり、罠を張られている可能性もある。その斜面の下にハフモニ兵の一部。こちらに気づいてはいるが、様子見をしているようだ。


 それも当然だ。

 向こうからも登ることも厳しい斜面であり、こちらも此処に来るまでに一切悟られずにスコルピオなどの兵器を運ぶことは出来ない。投石具で攻撃しようとも木々が邪魔して有効打にはなりにくい。


 即ち、警戒はその周囲へ。


 光は囮。あるいは声をあげさせ、陣容を明らかにさせる気なのか。

 そんな考えがハフモニ勢に浮かんだだろう。生き残ってきた者達ならば、ある程度冷静な意思が共有されただろう。


 だからこそ、マシディリは光を灯したまま悠然と木に剣を当てた。

 斜面側を大きく削り、他も全部破壊する。


 ゆっくりと、されど『めき、めき』と嫌な音が鳴り始めた。


 大木の葉が他の葉とあたり、音が大きくなる。注意が集まり、不意の声も大きくなる。


 その様子を観察しながら、マシディリは次の木に剣を当てた。

 斜面側、マシディリが立っている方とは逆を大きく壊すのは一緒。違いはもっと素早く粉砕し、細かく壊すこと。


 風にも乗って、木片が一気に下るように。敵に降り注ぐように。

 壊したら、また次の木へ。

 どんどん。どんどん。

 大きな音と地鳴りと、近づいてくる巨木と虚影。ゆっくり迫る木が敵兵の足音もゆっくりさせ、木によって動く葉がざわざわと数を増す。音を増やす。


 それは、目を閉じれば大軍を登場させる音だった。


 ゆっくりと忍び寄るかのような鎧の音。重い足音。隠しきれない葉の揺れ。

 大木の転がりが恐怖をあおり、揺れる地面が大勢の行軍を想起させる。広がるオーラはアレッシア軍の伝達手段だ。


 追い打ちは、声。


 ハフモニの悲鳴が、それに続けて隠れていたアレッシア兵が上げた悲鳴の真似が。

 何よりも声真似が得意な者、あるいはそう自称する者達があらゆる声をあげる。

 その間も大木を落とし続けることによって冷静な伝達を防ぎ、動きを止めさせる。


「敵襲だ!」

 ある者が、エリポス語で叫んだ。


「敵が来るぞ」

 ある者がハフモニ語で叫ぶ。


 言葉になんかならなくて良い。

 騒ぎと言葉になる音と地鳴りと存在を告げる森の声。

 一瞬で現れた大軍に、ハフモニの警戒が移った。


「お噂には聞いておりましたが。流石は建国五門が一つ。これは半島で攻城兵器が発達してこなかった理由を、今、足裏から実感できました」


 静かに言ったのは、青の光を空に打ち上げてさらなる混乱を図ったソルプレーサだ。


「父上に比べればまだまだですよ」


 言わないまでも、「エスピラ様?」とソルプレーサの目は疑問を浮かべていた。

 僅かな表出だが、ソルプレーサが浮かべたと言うところに大きな困惑を感じ取れる。


(失敗でしたか)


 ソルプレーサが、父のオーラの色を、強さを知らないとは思わなかった。

 それがマシディリの正直な感想だ。


 遠征軍でありながら疫病で数が減ることは無かったエリポス方面軍。軍団の強い連携は、戦場以外で散る命が少ないことも要因の一つである。


 そして、緑や白のオーラによって夭折する割合が低いのがアレッシアの強みだが、マシディリは生まれてこの方一日寝込むような病にかかったことが無い。いや、マシディリだけでなく弟妹も誰一人として病に苦しんだ記憶が無いのである。


 何故か。


 マシディリは、父であるエスピラが強力な緑のオーラ使いだからだと考えた。考えたかった、が適切かもしれない。


 それならば自分のオーラが強いことが父との血の繋がりの証明にもなるのだから。



 すがりたいモノを確たるものにするためのこじ付け的な推論もある。


 なぜ祖父タイリーが闘技場をたくさん立て、永世元老院議員などの役職ではなく最高神祇官にこだわったのか。処女神の神殿とかかわり続けたのか。何故、母メルアは基本的に隔離されてきたのか。タイリーの我がままから父の我がままで隔離されている理由が流され続けてきたのか。何故神に関することは全て父エスピラに継承されたのか。何故神々を敬い、神殿を大事にする父がその実神を蔑ろにしているともとれる行動をとることがあるのか。


 何故、父は五歳の時から母と一緒にいたのか。


 それは、母が本来は殺さねばならない紫のオーラ使いだとすれば、父はそれに勝るあるいは解毒すらできるほど強力な緑のオーラ使いだからでは無いだろうか。


 そんな仮説だ。


 当然、父が何も言わないのならマシディリが言うことも無い。

 ソルプレーサにすら言わないのなら、誰にも言うことは無い。


「移動します。作戦は、予定通りの遂行を」

「かしこまりました」


 マシディリの硬質な声にしっかりと拒絶を感じ取ったのか、ソルプレーサが慇懃に頭を下げてきた。


 遠くでは松明がこちらに向けて動き出している。あるいは遠くではオーラが光り、攻城兵器の射出音も夜空を駆けあがった。


 いたるところで。あるいは反響させて。


 確かにマールバラは天才だ。

 マシディリも、図上演習でなら勝てる気がしない。


 しかし、これは実際の戦場だ。視界も悪く、足場も悪い森の中だ。それも夜。不安と恐怖を煽る時間帯。


 主導権を握った側が圧倒的に有利なのである。

 アレッシアはドーリスと違って夜の撤退も臆病者だとは罵らない。だが、夜襲は尊敬を集める勝ち方では無いと思っている。それで勝っても相手の心を折ることはできないと考えており、アレッシア人らしい勝ち方とは思わないだろう。


 そんな勝ち方では今後のアレッシアでの主導権争いに後れを取るのは明白だ。

 そして、アイネイエウスはエスピラの追放あるいは処刑を予想していた。


 ならば奇襲による決着を避けるべく動くのが当然であり、家族思いならば家族は助かるように動くのも当然である。具体的に言うならば、マシディリとべルティーナの婚姻が正式になされるまではエスピラも明確に攻撃される材料を作らないはずだと考えるのも普通だ。


 アイネイエウスの話を聞いていたのなら。マールバラ自身の苦境とマルテレスの存在を理解していたのなら。

 政治的な闘争を見据え、アレッシア人らしい勝ち方でアスピデアウスに対して有利にことを運ぼうと、日和見に走ったディアクロスやあいまいなセルクラウスを味方につけるための戦いにすると予想するのは当然だ。


 いや、報告の仕方によっては考えがそれに偏るとも考えられる。エスピラのこれまでの行動も時機を見ての決戦のためとも見て取れる。


「確かに、父上ならば攻撃するとしても足止めするための小競り合いだったでしょうね」


 伝達の色に定めた緑のオーラから順調に進んでいることを読み解き、マシディリはそう呟いた。


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