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交渉開始

 マフソレイオとマルハイマナの国境部分は不毛地帯である。


 土は硬く、乾燥しており、作物を育てるのには向かない。それでも耕し、改良を加えて作物を作ってはいるが、不毛な土地が広がる場所の一部が魅力的になればすぐに攻めてこられる。誰も自分が頑張った成果を他人にとられたいとは思わないのだ。


 そのため、結果的に、不毛の土地が広がり続けている。


 そう言う土地では大量の兵は養えない。だから兵数が少なくなる。奪いやすいからと土地を占領しても旨味は無く、奪われた側が両国にとって互いの中心地から遠いこの土地に援軍を送ろうと思っても時間がかかる。


 そうであるならばそうすれば良いのか。


 少数の兵で多数の敵と戦える良き指揮官を派遣し、彼にある程度の裁量権を渡せば良い。

 本国の指示待ちで後れを取らぬように。僻地に飛ばされたと不満を抱かないように。裏切られないように。


「その話が、今、何か関係が?」


 シニストラが低く唸りながら剣を握った。


 エスピラとシニストラの周りには十二名の細い男たち。ひげも揃えられてはおらず、身なりも整えられてはいない。


「ではその将軍にとって厄介な話題とは何か、と言うことですよ。本国とあまり関係の無かった第三国からの使者もその一つ。幸いなことに飢えた人間は簡単に見つかるかりますから。けしかけて、使者が帰るならそれで良い。失敗しても、けしかけた者たちを討ち取り、首を獲りましたと恩を着せればそれで済む。交渉はしたくないと言っているわけだ」


 エスピラがアレッシア語でシニストラに言っている間も、男たちはマルハイマナの言葉で散々なことを言ってきている。

 言葉が分かるか、とか野蛮人に良い服は似合わないとか、身ぐるみ全部おいていけば許してやるとか。


 シニストラは声が聞こえた方を睨みつけてはいるが、「余裕そうですよ」とか「やめた方が良いんじゃないですか」と言った人まで睨みつけているのでマルハイマナの言葉が分からないのは事実だろう。


「全員討ち取れば良い、と言う話ですね」


 シニストラが剣を抜いて近くに居た男を電光石火で突き殺した。


「そうとも言う。が、それは無理だろうな」


 エスピラは左手で荷物持ちの奴隷を引き寄せると、奴隷を狙った男の眼前に剣を突きつけた。男が止まる。


「命を賭してまで戦うような連中なら軍に引き入れている。現に、シニストラ様の攻撃に反応して腰が引けた者が既に三名」


 エスピラは左手を口元に寄せて、革手袋に口づけを落とした。


「神よ。御加護を。アレッシアに栄光を」


 相手から正面を隠し、右足を一歩踏み出す。腕は曲げたままで攻撃はしない。伸びきった左足を直すべくエスピラが体を引けば、男が突撃してきた。男よりも早く、エスピラは腕で相手を貫くように剣を突き出した。

 剣が男の頬を裂き、耳を二つに分ける。


 男の顔が恐怖に染まり、手が傷口に向かいかけた。その隙に、エスピラは剣を男の胸部に埋める。


「覚悟が足りないお前が、神に愛される訳が無い」


 マルハイマナの言葉で言うと、エスピラは男から剣を抜いた。


 血を別の男の足元に投げ捨てるように剣を振れば、後ろに居た四人は逃げていった。


 警戒しつつも、エスピラは後ろ、シニストラの方を見る。

 白いオーラを全身に纏ったシニストラは相手の懐に飛び込み、ギリギリで攻撃をかわして敵を突き殺していた。転がっている死体はこれで四つ目。


 白いオーラを発現した者らしい、苛烈な戦い方である。

 我が身に負う多少の傷はすぐに治せるのだから、相手の懐に飛び込んで確実に殺す。気迫で圧倒する。かわせない距離で相手に攻撃を喰らわせる。


 シニストラが逃げる男の首を捕まえ、力任せに引き寄せながら首を剣で貫いた。

 半分首が取れかけた男が、そのまま投げすてられ地面を赤く染める。


 残りの二人は既に大分小さくなっていた。


「まるで抜身の剣のようですね」


 エスピラは自分が殺した男を掴み、シニストラ側に投げ捨てた。


「ウェルカトラ神の御加護のおかげです」


 シニストラが剣の柄を両手で包むように握って、小さく頭を下げる。


 ウェルカトラ神はアレッシアにおける鉄と武具の神だ。シニストラが信奉している神でもある。シニストラにとっては武具の一つ、鉄器の一つ一つが神の意思の宿る信仰の対象であり、感謝を捧げる存在なのだ。


 もちろん、それを知っているからこそのエスピラは『抜身の剣』とシニストラを評したのである。


「どうします?」


 シニストラが追撃したそうな顔でエスピラに聞いてきた。


「死体から防具と剣を剥ぎ取りましょう。良い献上品が手に入りました」


 明日の朝までには処分されている可能性が高いのだから、とエスピラは心の中で付け加えつつ。


「それと、防具の一部は奴隷の皆さんにも装備してもらいましょう。短剣は……流石に、持たせてはいないか」


 エスピラは適当に死体を検分しながら言った。


「奴隷に? 武器を? それは、滅亡する国家のすることですよ」


 シニストラが眉を顰めて、声でも承服しかねると伝えてくる。


「ええ。ですから、そうマルハイマナに伝えてあげているのです」


 貴方がやった行為は奴隷に武器を与える行いである、と。

 国家を破滅に導く選択である、と。


「エスピラ様はマルハイマナが差し向けた刺客だとおっしゃっておりますが、私にはただの盗賊にしか見えません」


 流石に奴隷に武器を持たせるのには必死に抵抗するらしい。

 奴隷は結局のところ自分が律せる数しか持つべきでないため、言い分は分かる。これまで聞き流していたことも聞き流せなくなることも分かる。


「此処にある装備と、逃げて言った者たちの装備を思い出してください。盗賊ならば統一感が無いはずですが、彼らはどうですか? アレッシア軍ですらどの資産階級がどこで買うかによって違いが生じるもの。ところが、彼らは不自然に統一されていた。海賊や山賊のボスならば、他の者よりも立派に着飾り、権威を示すはずなのにみんな一緒。横一線。

 極めつけは、防具に傷が少なすぎる」


 エスピラは下を向いている死体を蹴っ飛ばしてひっくり返した。


 それからシニストラに視線を向ける。シニストラは表情を険しくして死体を見ていた。


「ま、違ってもアレッシア流の交渉術があるさ」


 つまるところ、脅しである。恫喝外交である。


「なぜ、これが証拠に?」

「どう動かすべきかを考えると良い。装備も自前でアレッシア人を襲え、と言われてもやらない可能性も高いでしょう? だから、装備を与え、勇猛な者には数をそろえたとやる気を出させ、臆病な者には逃げても良いと言う。向こうからすれば、使節を討ち取っても良し、逃げても良し」


「確実に殺しに行った方が良いのでは?」

「それで軍属を使うのはリスクが高すぎる。顔を見られたり、情報が漏れたりすればアレッシアと戦争さ。暴走だとして処理しても部下を引き締められない愚将と見られ、足元を見られる。部下からの求心力は低下する。ならず者を使った方が、少なくとも本国からの評価と部下からの求心力は急落しませんから」


 なるほど、と言ったようにシニストラが頷いた。

 顔から険しさが消える。


「明日からの道中は恐らくマルハイマナの方から護衛が来ると思いますよ。奴らの首を取っても不自然ではないようにするためにね。まあ、来ない可能性も結構高いですが」


 言って、エスピラは奴隷に荷物を置く許可を出し、武器の剥ぎ取りを命じた。

 自分で抱えても下に見られないような荷物を選別し、エスピラは自身で持つ荷物としてまとめ始める。


「マルハイマナとしてはどうするのが正解だったのですか?」


 シニストラがエスピラの横に並び、戸惑ったように手を止めてから同じように荷物を選び始めた。


「どうするのが正解だったと思う?」

「いや、それは……」


 こちらが聞いているのですが、とでも言いたげな困った顔をシニストラが浮かべた。

 エスピラは表情を変えず、口を開く。


「成功すればそれが正解さ。だが、何が成功するかは分からない。まあ、私だったら使節の人柄を探るべく商人を向かわせ、それに応じる策を考えるかな。今のマルハイマナとしては第一にアレッシアの横やりが入らないこと。次にマフソレイオやメガロバシラスと戦争にならないことが目標だろうさ。逆側で反乱が起こっているのに、こちら側でまで戦火を抱えたくは無いだろうからね」


 納得いったのか言っていないのかは分からないが、エスピラはシニストラが頷いた気配を感じ取ってから立ち上がった。



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