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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十三章
508/1593

母の直感

 アレッシアの第一軍団一万一千。

 その内、最終的にマシディリが投じた戦力は七千を超えていた。


 破格だ。あまりにも多い。敵は先行部隊だけだと言うのに、投じ過ぎだ。


 加えて、後から投入された第二列のヴィエレも大張り切りだったため、その勢いの良さは明らかにこれまでとは異なって見えただろう。


 此処までは作戦通りである。


 しかし。


「マールバラは森の中、正確に言うならばルビッテ・ラル・グラテシアに悪路や道なき道で繋がる山の方面へと進路を変更いたしました」


 ソルプレーサからもたらされた報告は、マシディリにとってあまり良い話では無かった。


 確かに、父エスピラが想定していた物資の量ならばマールバラの軍団も通れないことは無い。が、騎兵は使いづらく重装歩兵はアレッシアの方が強い。自然に生息する虫や蛇、獣に有害な植物、衛生環境なども緑のオーラ使いが居るアレッシアの方が対処が上手いはずだ。


 対してアレッシアにとって不都合になることなど攻城兵器の持ち運びが不便になるぐらい。こうもさっさと逃げ込んでしまえばハフモニの方が不利益が大きいはずである。


「罠、と考えるのが普通かと」


 地図上で石を動かしていたソルプレーサがその作業を終える。


「マルテレス様の高速機動は騎兵を存分に使うモノ。第二軍団とは距離が遠くなり、悪路になるため到着は遅れる。父上ならば森に安易に踏み込もうとはしてこない。

 一応、考えららえない判断では無いと思います」


「そのマルテレス様ですが、目的地におりませんでした。軍団の姿も見えておりません」


 マシディリは、裏側からペリースを握りしめてしまった。

 肩も胸も動かさないように気を付けながら、ゆっくりとした呼吸を繰り返す。


「マールバラの本隊は森の中、ですよね?」

「はい。確認はとれております。大体の位置も既に把握済みです。森自体には誰かが入れば分かるようにウェラテヌスの被庇護者を多く配置しており、現在までに森に新たに入った者はおりません」


 ソルプレーサが慇懃に答えてくれる。


「お伝えする順番が前後してしまいましたが、目的地付近、あるいはマルテレス様がおられると思われる方向まで軍団が移動した後はございませんでした。足跡が敵兵の者かただの民のモノかは判断しかねるところです」


 少なくとも壊滅はしていない、と判断しかけて、それも早計だなとマシディリは否定した。


 確かに可能性は低い。

 それでも、例えばハフモニの援軍が来ることなどもあり得ないわけでは無い。


(絶対なんて言葉は無い)


 それを使うのは詐欺師だけ。


「マシディリ様」


 グライオやカリトン、ソルプレーサにどう動くのが悪くはない行動なのかを尋ねるべきか否か。

 そこまで思考が行っていたマシディリに、聞きなれた学友ピラストロの声が届いた。

 顔を向ければピラストロが羊皮紙を持っているのが目に入り、同時にそれを大事そうに掴んでマシディリに献上してくれる。


「メルア様からの手紙です。急ぎ、とのことでした」

「急ぎ?」


 父上ではなく?


 そうなると、父に関することだろうか。いや、それは無い。父はマシディリの方が近いのだ。母にそれが分かるはずが無い。


 それでも心臓は嫌な痛さを伴って拍動し、その感覚も縮まっている。


 普段は父をイメージして表情を隠すものだが、今はそれさえ難しいかも知れない。


(母上ならば躊躇わない)


 父からの手紙であるのなら、ともすれば公的な文章まで勝手に見ようとし、事実そのほぼすべてを閲覧している母だ。

 決して参考にしてはいけないが、その思い切りの良さは見習うべきである。


 そう思い、マシディリが手紙を開けば書かれていた最初の話題は一番下の妹であるフィチリタがはちみつの瓶を壊した、と言う話。


 別の意味で心臓が飛び跳ねたがフィチリタに怪我はなく、ただ汚れたと言うだけの顛末が書いてあった。


「これは……本当に私宛の手紙ですか?」


 疑念を素直に口にしながら、マシディリは読み進める。


「そう聞いております」


 ピラストロの声にも困惑が混ざっていた。


 が、なるほど。

 マシディリは母からの手紙の中に既に答えを見つけていた。


『はちみつだから別に洗えば良いのだけど、エスピラが居ないから洗えないのよね。奴隷に任せるべきなんでしょうけど、結局チアーラと一緒にずぶぬれになっていたわ』


 この文章は確かにマシディリに向けたモノだ。

 思い切ってやってこい。

 そんな母からのメッセージである。


 それから、その話題の最後には母が瓶を割ったのではないときちんとエスピラに伝えてくれ、と。


(確かに父上からすれば瓶が無くなったと言う情報しかありませんが)


 父上はそれだけで母上を疑いますでしょうか、と。母上にしては子供に素直に心配したことへの照れ隠しかも知れませんね、とも思って。


 家族からの手紙を見て表情を溶かすようにやわらかくしていると言う父と同じ行動を自然とマシディリは取っていた。


 そして、父と違うのは読んでいる途中でもその手紙を机の上に置くこと。

 上がった目は、まっすぐにソルプレーサに行きついていた。


「移動してからのマールバラの本陣には基本的に人は帰っていない。でも、マルテレス様の方向に部隊が動いた可能性も低い。そうでしたよね?」


「はい」

 と、ソルプレーサが頷く。


「マールバラはディファ・マルティーマに居た艦隊が動いていることも知っておりますし、レギランはルビッテ・ラル・グラテシアよりもその艦隊に攻め込まれやすい土地です。カルド島からもレギランはすぐに大軍を配備できる街とも言えるでしょう。この認識で間違いないですよね?」


「はい」

 ソルプレーサがまた頷く。


 今度は前よりも少しだけ目に力が無く、意識がどこかに行っているようにも思えた。


「最後に、マールバラは自分自身が正確な情報を得ることは出来なくなったと考えている」

「考えているかは分かりませんが、事実としてはそうなっております」


 マシディリは椅子から立ち上がり、大股で地図まで近づきながら短剣を腰から外した。


「マールバラはこちらが大軍勢を用いた包囲網の形成を狙っているのを知っております。そのための軍団が動いているのも、カルド島やディファ・マルティーマに残してきた部隊が近づいてきているのも知っております。


 ですが、どこにいるかは分かっておりませんし、その数も把握できておりません。カルド島の部隊と言っても訓練させていたイフェメラ様などの二万が来る可能性だって考えているはずです。


 だから、まずは分かっている部隊から離れた。森に身を潜めたのも、近づいてくる敵の痕跡を見つけるため。隠れられるリスクを背負ってまで自身が逃げ出せる可能性を高めたとも言えるでしょう」


 どん、とマシディリは短剣を横にして地図の上、マールバラを示す石たちの後ろにたたきつけた。


「ならば相手が嫌がっている軍団を出現させましょう」

「本当に呼び寄せるとなるとエスピラ様に戻ってきていただく必要がございます」


 ソルプレーサが硬い声で言ってきた。

 マシディリは丁寧に首を振る。


「そうではありません。此処にいる一万一千でさらなる大軍を作り出すのです。

 松明を結び付けた馬や牛を使っての偽装。オーラを使っての偽装。これらを積極的に用います」


「本当は来ていないと露見するかと」

「それで良いのです。罠ですから。とはいえ、敵も完全に罠では無いと判断できないでしょう。ですので、いきなり多数の人を囮にさせる必要はございません。探りに来た敵を本気の伏兵で討ち取るのです」


「決定打は打たない、と言うことでしょうか」


 今度はアビィティロ。

 マシディリはアビィティロを視界に収めつつ唇を動かし続ける。



「打ちます。相手の戦力をすりつぶす最適な戦術は槌と鉄床戦術。槌は此処にいる兵。鉄床はこの森に。この森の、谷や崖になってもらいます。


 罠だと思うのなら松明やオーラの光に誘われてくる者は多くはありません。そこをきっちりとスコルピオなども用いて多数対少数を保って叩きます。

 本隊同士も鉄床を地形に補ってもらうことにより戦闘参加人数に於いて多数を用意いたします。


 この一戦は、半島に於けるマールバラの息の根を止める戦いといたします。もう、マールバラは二度と半島の大地を踏むことはありません」



 言い切ってから、士気高揚のための演技としてマールバラの軍団を示す石たちの間に短剣を突き刺した方が良かっただろうか、とマシディリは思った。


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