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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十三章
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禁断の初陣

 マシディリから見て左手、敵から見て右側は木々が生い茂り、凹凸がある。いわば、戦場には不適な土地へと繋がっていっているのだ。さらにアレッシアが陣取っていた場所の近くには小高い丘があり、そこを抑えた側が会戦を望み、抑えられた側は少なくともこの場の会戦は望まないようになる。

 ただし、此処が戦場になった場合の退路としては攻城兵器のあるアレッシアの方が草本茂る場所を避けるため、読まれやすい。


 普通に考えればそうであるからこそのマールバラが先行部隊だけを送ってきたのだろう。先に丘を抑えられるか、できないとしても退かせることはできるのか。あるいは、もっと幅と奥行きのある理由か。


「作戦通りに行きましょう」


 マシディリは革手袋の端を握り、それから左手首を右手で掴んで強く握りしめた。


 思い描くのは客人が居る時の父の歩き方。

 堂々として自信と威厳に満ちたソレ。


「ジャンパオロ様、フィルム様、お願いいたします。カウヴァッロ様もいつでも行けるようにお願いいたします」


 建国五門が一つナレティクスの当主であるジャンパオロが片膝をついた。

 フィルムもそれに倣うかのように完璧な姿勢をとっている。


「お任せください。

 ウェラテヌスの極光たるマシディリ様の実質的な初陣、その初撃をお任せいただくことは、この上なき栄誉。必ずや勝利をお届けいたします」


 ジャンパオロだけが告げ、マシディリの方を向いたまま立ち上がる。

 そして、ジャンパオロが背を向けて風を切って歩き出した。そのタイミングでフィルムがジャンパオロよりも深い礼をして同じように、ただし無言で去って行く。


(これで良かったのかな)


 表情は変えないように気を付けながら、マシディリはふと考えた。視界の一角を占めるのは紫色のペリース。風になびかず、すっとその流麗さを保っている布だ。

 そのペリース以外が視界に対して入ってこないのは、自身の決断のことを考えているからである。


 この先陣、ヴィエレが「自分がやりたい」と訴えてきていたのだ。

 感情が大きな理由だろうが、彼自身が「勢いよく勝つことが目的ならばフィルムではなくジャンパオロ様と自分と言う攻撃型の人間で組み合わせた方が良い」との旨を伝えてきたのだ。


 マシディリもその言い分に納得するところがある。


 一方でそれは勝手な陣替え、軍団の編成となり、父の意に反し兵に不信を抱かせ敵対派閥に攻撃の理由を与えかねず、何よりも部隊間の連携に支障が生じる恐れがある。

 故に、マシディリは提案を受け入れなかった。


 が、決断を下した後も心残りはある。


(それに)

 と、小競り合いの始まった戦場を見れば、父や先生が居て、解説があった時とは全く違って見えた。


 ただ入り乱れているのだ。


 一応、敵味方の区別はつく。区別はつくが、それは父や軍団の皆の努力によって。しかもカルド島ではしっかりと敵部隊を観察する余裕があったのに、今回はどことなく視界が狭いような気もする。気が付けば呼吸も浅くなってしまうし、手の力も入っていた。手汗もひどく、革手袋に隠れている左手は良いが右手はたまに拭いているほどだ。


(もっと任せてしまった方が良かったのだろうか)


 マシディリとて、父が言うほど天才とは思っていないが自分が優秀だと言う自覚はあった。

 少年として、自分の力を試したいと言う思いもあった。


 その若さ故の自信を、今、少しばかり後悔している。


「エスピラ様にただの軍団兵から軍団に居る一個人として認識していただいた時に下された命令は船に火をつけ、火をつけた船を切り離せ、と言うモノでした」


 そんなマシディリの横にグライオが来る。


「次の命令は武力で脅しをかけ、残虐な処刑を行い死体を石代わりにして投げ込んだ都市との交渉役です。

 あの時は、私も用を足す回数が増え、人に気など配れず、考え事をすればすぐに気が散ってしまっておりました」


 マシディリも、父はまだ伝記を書いてはいなかったがエスピラが最初にカルド島で戦った話は良く知っている。いや、三歳の時のことなので当時の記憶ではなく、その後に資料をあさっての話ではあるが知っている。


 その中でのグライオの任が命の危険が特に高く、されど能力の高い者で無いとこなせないモノであったことも知っていた。


「しかし、グライオ様は立派にその任を果たされ、今では誰もが父上を支える四足の一つだと思っております」


 被庇護者を統括しているソルプレーサ。

 エスピラの身を守る剣であるシニストラ。

 物資と人脈を繋げているアルモニア。

 そして、困った時のグライオ。


「はい。その時が来れば、人はおのずと集中できるものですから。

 そしてその時を周りの人が用意してくださったのです」


「今回も父上を支え続けてくださっている方々だからこそ、その時を用意してくださる、と言うことでしょうか」


 言ってから、これも言葉選びに失敗したかな、とマシディリは思った。

 これではまるで信頼していないようでは無いか、と。そう感じてしまったのである。


「はい。それに、困った時はエスピラ様の真似をされればよろしいのです」


「……お腹を突き刺して、怒声を出せば良いのですか……?」


 グライオの顔がマシディリに向いた。

 グライオの目は丸くなっているが、表情は明るく感じられる。


 そして、グライオが軽く噴き出した。


「ご冗談のセンスもそっくりですよ」


(本気だったのですが)

 とは、流石に言えず。

 マシディリは黙って前を見た。


 前方ではカウヴァッロの騎兵部隊が合図を待つかのように整列を終えている。


「最初は人を真似て自信をつけて行けば良いのです。

 エスピラ様も、おそらくそうされておりますよ。とはいえ、取り入れられているのは一部だけですし、エスピラ様の場合はマシディリ様のお爺様でありますタイリー様の後継者争いを有利に戦うため、と言うこともあるとは思いますが」


「お爺様の」


 父エスピラと祖父タイリーの血は繋がっていない。

 それでも、継いでいるモノがある。


 知ってはいたが、それが人から見て分かる程なのかと。マシディリは、奥底に沈めつつも強く惹かれることを抑えきれなかった。



「エスピラ様がたまに使われております「さて」と言う入り。手を広げて平を見せ、横に動かしながら閉じて口を噤ませる動き。いずれもタイリー様の癖でした。


 エスピラ様ほどの人であっても何かに頼っておられるのです。


 そう考えると、まだまだ経験の浅いマシディリ様が経験豊富で年も上の私たちの中でいつも通りに振舞えてしまえば誰も立つ瀬がなくってしまうと思いませんか?」


「……それで、父は。お爺様の」

「もっともタイリー様の義息子に相応しい方だと思います」


 アレッシア語でも義息子と息子の発音は同じだ。


「アレッシア随一の有力者であったタイリー様。そのタイリー様は最高神祇官となる前から神殿と仲が良く、闘技大会の発展や文化の発展にも力を入れておられました」


 父も神殿と仲が良く、闘技大会のために力を尽くしている。アレッシア文化の誇りもあり、守るために動いている。


 それだけでは無い。


 時に最高神祇官を超える権限を手に入れ、誰よりも神殿勢力から頼られる人になった。

 闘技大会だけでなく戦車競技や劇場の発展にも力を入れている。

 カルド島や北方諸部族に対してもアレッシアの文化を浸透させ始めた。


 そして文化の侵略は武力を用いない侵攻と同じであり、アレッシア以外にも強く影響力を持てると言う布石になる。


「ですが、エスピラ様はタイリー様の息子ではなくオルゴーリョ様の息子と名乗り続けるでしょう」


 言いはしないが、後に続くのはマシディリのことを息子と呼ぶことについてだろう。

 少なくとも、マシディリにはそう伝わったし、まったく口にしないことでよりやさしく意図を感じ取ることができたのも事実だ。


「今が、投入の頃合いです。敵の意識が重装歩兵だけに注がれ、当初はほぼ水平に横と並んでいた敵の隊列が、ところによる突出するような形になりました。兵同士の間隔もまちまち。場所によっては功を焦って狭くなっております」


 グライオが話を変える。


「騎兵部隊、突撃」


 マシディリが表情を凛々しくして呟けば、アビィティロが白のオーラで合図を放ったのだった。


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