表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十三章
506/1597

欲しいモノは主導権

 内に見つけた驚きを鎮め、マシディリは真ん中に鎮座している地図に目をやる。


「道をふさぐ、妨害するように布陣するのはお手の物だと思います。

 これまでの父上の行動を見ましても、此処で道を封じるのはあり得る行動でしょう。情報収集部隊を失っているマールバラが回り道を探すために時間をかけるのも、その間の目くらましとして挑発と会戦の準備を行うのもいつも通りです。


 そこに、こちらからの攻撃を付け加えます。


 基本は皆様の経験、力を借りての攻撃ですが、全体を統括するのは私を中心にグライオ様やカリトン様の知恵を借りることになります。当然のことではありますが、私と父上では天と地ほどの差がございますので拙い攻撃になってしまうでしょう。ですが、そのような攻撃こそが、こちらが焦っている、会戦を望んでいる、船にたどり着かせずに痛撃を与えたいと急かされていると相手に思わせる攻撃にもなるでしょう。


 それが狙いです。


 そうなれば、これまでのマールバラ通り当初の主導権を捨ててでも自軍に有利な地形を選ぶはずです。かのアレッシアにとって口にするのも忌避すべき悲劇、インツィーアの戦いでもそうでした。


 食糧を守り、土地を守り、陣を守らねばならなかったのはマールバラ。アレッシアは主導権を握る攻め手だったのです。


 マルテレス様が何故マールバラを追い詰めることができているのか。


 それは、マルテレス様に少しでも主導権を渡してはその突貫力で策を食い破られるからです。ですので、マールバラは主導権を握られた状態から相手を罠にはめると言うことができず、主導権に固執した結果、自身がとれる選択肢を大幅に狭められていたのです。負ければ負けるほど、疲れれば疲れるほど選択肢がどんどん見えなくなっていっていたのです。


 では、父上に対してはどうでしょうか。


 父上が守る側、主導権を渡している側では父上が勝っておりました。むしろ守ることで主導権を奪っていたのです。


 しかし、ディファ・マルティーマに帰る側になった戦いは父上の前で話すことが憚れる敗北となってしまいました。先年の戦いも、マールバラを半島東部から追い出せましたが、大きな犠牲を払っての勝利となっております。

 いずれも、マールバラが待つ側での戦い、大きな目で見れば主導権を握っているとは言い難い戦いで、戦場のみで主導権を握り父上に対し勝利を収めているのです。父上は主導権を握った戦いで勝てていないのです。


 ですので、マールバラは準備をするでしょう。

 得意の包囲殲滅を実施するための。あるいは父上だけを討ち取るための。


 そのために罠を張り、罠を張ると言うことは相手に動いてもらわねば困る状況になるはずです。父上を想定して、待ちの姿勢になるのです。


 故に、皆様には攻めてもらいたいのです。

 マールバラのような天才は良いとしても、私のような凡才は主導権も握れなくては良いようにやられてしまうだけですから。父上では無いと相手が判断する一瞬の間だとしても主導権が欲しいのです。相手を待ちの姿勢に変えておきたいのです。父上と違い、私は攻められれば終わりですから」


 異論は出ない。

 だからこそ、不安になってくる。


(こう言うことですか?)


 エスピラがルカッチャーノやソルプレーサを傍に置きたがるのは。

 もちろん、マシディリに分かるわけも無いし、マシディリから見た父がそんな不安を抱くとも思えなかった。


「相手を退かせたとして、そのあとは如何するおつもりですか?」


 ぁあ? とピエトロを睨みかけたヴィエレが、あ、と言っていることに納得したのか小さく頭をへこへこと上下に動かした。ピエトロはあきれたような視線をヴィエレに一度やっただけでマシディリに戻してくる。


「マールバラが包囲殲滅を行うための条件は二つです。


 伏兵が隠れられる場所があること。

 騎兵の機動力が活かせる地形であること。


 此処で第一軍団が止まっている以上、そのような土地は二か所。そしてどちらも高速機動を使えば第二軍団かマルテレス様の軍団が背後を取れます」


「第二軍団は一応高速機動と同じ行軍は出来ますが、高速機動には準備も必要なはずです」


 ピエトロが詰めてきた。

 聞いてきてはいるが、マシディリにはすでにピエトロの中で答えが出ているようにも思えてしまう。


「即座の戦闘になれば問題は無いと、無いです」


 思います、とつけかけて慌てて外した。

 ペリースの端を革手袋に覆われていない右手で少しいじってしまい、その手も止める。


「マルテレス様の軍団が高速機動を行うとしても、その兵力は五千ほどになってしまいますのでこちらも問題ありません。加えまして、どちらもマルテレス様の軍団の一万五千以上が常通りの行軍を行いますので足りない物資もすぐに補給されます。素早い手回しのおかげで半島南端部からも物資は運ばれてまいりますので、捨てても問題はございません」


「連絡は?」

「既に草案は伝えてあります」


 言いながら、マシディリは天幕の端の端、入り口の傍に立っているアビィティロを見た。

 アビィティロが目を閉じ、しっかりとした動作で頷いてくれる。


「ならば何も言うことはございません。吉日を見定め、戦いましょう」


 マシディリと一緒にアビィティロを確認したピエトロが顔を正面に戻しながら言った。


「土を掘る時間は与えない、と言う認識でよろしいでしょうか」


 会話を受け継いだのはジャンパオロである。


「はい。そのような時間を与えず、次の戦いに移ろうかと思っております」


 しっかりと答え、マシディリも真っすぐ前を見た。


「それから、気概を真に迫らせるために兵には勇んでもらおうかと思っております。

 具体的には、私が見ていると伝えてしまいましょう。将来の歩兵第三列になれるとの噂や、私が父上に対してその者の名を出せば臨時給金が弾むかも知れないと言う話も流してもらって大丈夫です。


 特に父上は子に甘いですから。噂もまた真に迫るかと思います」


 言ってから、言い方をもっと工夫するべきだったとマシディリは猛省した。


 例え伝える内容が一緒でも、これでは冷たく感じるし利用しているようにも感じてしまう。

 利用しているのは事実だが、ともに戦いたいと、命を預けたいと思ってもいるのだ。


 冷たい印象を与えてしまうのは、本意では無い。


「申し訳ありません。少し、緊張しておりまして意図せぬ伝わり方をする言葉を選んでしまったような気がいたします」


 マシディリは意図的に唇を引き締め、体に少々の力を入れた。

 それから尻の位置を整えるかのように僅かばかりに体を動かす。


「問題ありません! マシディリ様は、どーんと構えていてください!」


 どん、とせき込むのではないかと言うほどに強く自身の胸を叩いたのはヴィエレ。

 フィルムがヴィエレのいる側の目を思わずと言った様子で少ししかめている。


「上に立つ者の仕事は責任を取ること。マシディリ様に何かありましても、エスピラ様が責任を取られるおつもりでしょうからお気になさらずに」


 ソルプレーサが言えば、ヴィエレが体を前にやりかけて止めた。目は斜め上に行っており、口は偏った状態で小さく開いている。

 感情で文句を言いかけて、正論かと思って止めたらしい。


 マシディリはうなずいてから、椅子から立ち上がった。


「それでは、準備に入りましょう。ご教授お願いいたします」


 頭を下げる代わりに目を閉じる。

 本当に父エスピラの後継者になるのであれば、この頭は軽くは無いのだ。何よりも価値を付け、最も効果的に使える時にのみ垂れるべきである。


「お任せください」


 カリトンのその一言の後、高官のほぼすべてが頭を下げた。いや、下げなかったのはピエトロただ一人である。


 そして始まるのはカリトンを中心にして会戦までの儀礼を実践していく日々。


 占い、神事の準備、盛り上げや演説の内容を事前に伝えておく人の選定。武器の手入れや戦場の再度の確認、敵軍の確認と言った実際の戦闘を直接左右することから完全に儀礼的な、神に伝えるようなことまで。


(もう少し簡素にした方が楽かな)


 そんな疑問をソルプレーサにそれとなくぶつけると「エスピラ様は良く省いておられます」との答えがやってきて。

 マシディリがそのあたりのこともその内父に聞くことリストに加えていると、遂にマールバラの先行部隊がやってきたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ