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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十三章
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追いかけっこ

 道は逸れない。

 ひと先ずは予定通りに、高速機動で使うとマルテレスに伝えた道の通りに動く。今回は高速機動では無いのだ。普通の軍団の動きで、高速機動先で蓄えた物資と共に。


 最初に動きが止まったのはマールバラの経路がずれたと気が付いた時だ。


 道に様々な妨害工作をしていたのはマルテレスの到着を遅らせるため。その間にエスピラとの会戦に及ぶため。


 そういう風に思わせといてマルテレスを急襲する。

 そうだと思ったのだが、敵軍の行き先がマルテレスから変わったのだ。


「このままの経路、今までの経路と時間から算出した今後の行軍速度を考えれば狙いはグライオ様」


 ソルプレーサがそこで言葉を止めた。

 次にピエトロが前に出てきて葉っぱを地図上に置いて行く。


「即座の陣を作るとすれば候補地は二つ。穴を掘るならば三つほど。平野で迎え撃つとすれば向こうはエスピラ様とマルテレス様の連合軍と相手にせねばならない場所しかないでしょう」

「素直に第二軍団が狙いってことは? あ、狙いと言うことはないですか?」


 ヴィエレがピエトロとソルプレーサに聞く。

 言い直してはいるが、最初も別に悪い言葉づかいでは無い。


「盤面を見る限り、第二軍団に勝ったところでマールバラにとって最も得るモノの少ない戦いのような気がいたします」


 答えたのはフィルム。

 ただし、一度だけ視線が発言のしていないジャンパオロに向かっていた。

 同じ第一列だから、とも言えるが、ジャンパオロの意見だから、と言うことかもしれない。


「なんで?」


 ヴィエレが聞く。


「エスピラ様、マルテレス様の命の価値は言うまでもありません。軍団の配置としては付け根にいる籠りっぱなしの者達が負ければアレッシアへの道が開けてしまいます。

 対してグライオ様はその者らよりも優秀。ルカッチャーノ様もついておりますし、この軍団よりは劣りますが兵も経験が豊富な者ばかり。マールバラと雖も短時間で勝つのは容易ではありません。

 いえ。あの軍団を襲えば、高い確率で戦闘後あるいは戦闘中にマルテレス様に捕捉されるでしょう。そのための戦いもできますし、位置取りもそれを見据えております」


 ジャンパオロの意見の可能性も思い描いたが、配置等に関してはフィルムもかなり詳しく語れるだろう。


 彼の主な担当はマルハイマナとの交渉。そのマルハイマナは領地を広げるために軍事拠点としての植民都市を各地に作っていた。


 その作った目的、順番、戦争の結果、経過。

 それらを調べているからこそ、フィルムは他の者よりも詳しくなっているはずなのだ。


「でも狙いじゃないとは言えないんだろ? ……言えないのですよね?」


 ヴィエレがソルプレーサの足元に視線をやってから、丁寧に言い直した。

 フィルムは全く気にしていないかのように頷いている。


 その中で派手な動きは一切無いが、エスピラの注意を奪う様に体を向けてきたのはカリトンだ。


「マールバラが誘って来ている可能性も高いでしょう。どこかでエスピラ様と戦う気でももちろんあると思っております。


 しかし、読み切れていないのはマールバラも同じでは無いでしょうか。

 先の会戦での策はおそらくエスピラ様を狙ったモノ。ですが、カルド島から帰還した時以来マールバラの刃はエスピラ様から遠ざかっております。


 定石通り追いかけてもよろしいのではないかと、意見具申させていただきます」


 エスピラは、カリトンとしっかりと目を合わせると鷹揚に頷いた。


「ソルプレーサ」

「道に異常はありません。兵も同様に以上無しです」


 地図を指すのに使っていた剣を腰に戻した。

 顎を軽く引き、欄と眼光をとがらせる。


「追撃だ。今から修正した道と注意点を伝える。一音たりとも聞き漏らすなよ?」


 そして、エスピラは可能性の一つとして組み立ててはいた行軍経路を伝えた。組み立てていたからこそ、速やかに混乱なく追撃が再開される。


 とは言え、マールバラの行動によって変えた行動ならば後手だ。

 事前の予測で以てすぐに応手をしても、相手は怪物。エスピラよりも長く軍団を率いている者であり、エスピラよりも軍団の指揮、戦術に時間をかけてきた男。


 エスピラとマルテレスの軍団が協調してことに当たれる距離になった時にするりと手から抜け落ちたのだ。


 もちろん、エスピラの優秀な被庇護者たちはすぐさまマールバラの位置を捕捉する。


 次の出現地は、ずっと半島でアグリコーラ攻略などにあたっていた軍団が形成する防衛線のすぐそば。広い街道を確保し、周辺での略奪によって得た物資をすぐに集積できる場所。


「嫌な場所に陣取られたな」


 マールバラの存在を表す短剣の傍に描かれた村を見てエスピラは言った。


 執政官が頼み、補償を約束したからと言って全員が避難するわけでは無い。そう言った者たちが集まったのがエスピラに反抗的なアスピデアウス派の軍団が陣取る防衛線の近くの村なのだ。


 そしてその村に入れば、下手をすれば軍団の足が引っ張られる。見捨てれば名に傷がつく。勝利に鶏知が付く。


 防衛線の者達が引っ張り出されても終わりだ。

 その防御の隙間を突破され、アレッシアに向かわれてしまうのである。


 しかし、防衛線に一直線に向かっては信頼していないことの証でもあり、執政官が近くの村よりも軍を取った証となってしまう。


 防衛線に詰めている軍団は、そこの避難民たちとかかわりを持っているのに。


「一応、包囲を狙うこともできますが」


 ソルプレーサがマルテレスを示す石を小さく動かした。

 カウヴァッロがグライオを示す石に手を伸ばしている。しかし、カウヴァッロの顔に思案の色は一切なかった。


「狙えるだけか」


 エスピラは重く呟いた。


「はい。マールバラの軍団の痕跡を見る限り、相当こちらの防御陣地群を調べ上げております。妨害工作をされれば、足並みは確実に乱れるでしょう。その隙に各個撃破を狙うことも十分に考えられます」


 天幕の中にまた集められた高官たちは口を開かない。

 が、大方は同意しているのだろう。


「マールバラが逆転するには、私を殺し、マルテレスを殺すことが必要に思えているだろうな」

「どちらかだけでも十分講和に妥協を求められます」


 ソルプレーサが即座に言った。


「狙いはエスピラ様?」


 口をつまんだのはヴィエレ。


「そう思わせて動きを止め、グライオ様を狙うこともあり得ます」


 やさしく包み込むような低い声を出したのはカリトンだ。

 マルテレスが狙われる可能性は低い。全員がそう思っているはずだが、それも絶対では無いのである。


「軍を動かすだけで相手に数多の選択肢を想像させ、自身は調べ上げた軍事命令権保有者の性格を使って相手の戦略を見定めると言うのは、もしかしたらマールバラがペッレグリーノ様の裏をかき、タイリー様を屠ったここぞの必殺の策なのでは?」


 ピエトロの言い分では、これまでのエスピラから遠くなっていった刃も、それでも戦い続けたことも撒き餌であり確証を得るための下調べと言うことになる。

 講和に向け、執政官の首か捕縛を狙っていると言う話である。


(何が講和だ)

 これ以上執政官を失っても、アレッシアは何も変わらない。いや、余計に厳しい条件をハフモニに突き付けるだけだろう。



「マールバラがアレッシアに負けることを前提とした策を組み立てるとは思えません」


 他の情報は無いものか、と高官たちが唸りだしたときにそれまで黙っていたジャンパオロが切り出してきた。

 自然と視線がジャンパオロに集まる。


「私は建国五門の一つナレティクスの当主ではありますが、才覚はエスピラ様やカリトン様に遠く及ばないでしょう。それでもアレッシアを生涯友としないと誓い、数々の勝利を挙げ、兄弟の多くを亡くした男が敗北を前提とした戦いに思考を変えられるとは思えません」


「逆転の策があると?」


 ヴィエレが顎を引き、剣の近くに手を置いた。

 威嚇のつもりは無いのだろう。



「少なくとも半島には無いと思います。

 マールバラの現在の総兵数は一万一千。オルニー島、カルド島、プラントゥム、エリポスを封じられた今、援軍は望めないでしょう。北方諸部族の見込みもこの状況ではありません。


 いくら天才的な策を使ってマルテレス様やエスピラ様を討てたとしても、残りの兵数でサジェッツァ様に勝てますか? 国力を戦力に効率よく変えていったアスピデアウスと戦い続けられますか?


 私は、無理だと思います。


 勝つのであれば半島に留まる必要はございません。半島にこだわっていては勝てません。半島に土地を用意していた方が講和で幾分か良い条件が引き出せるとは勝者が想定することに過ぎないと思います。


 此処からハフモニが逆転勝利を収める。

 そのためには、マールバラは積極的な撤退をする必要があると、私は考えました」


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