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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十三章
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小さなこと、大きな影響

「私を利用したか」


 神の威光や畏怖を抱かせたところで、エスピラとエリポスを駆けまわった一万一千は動いてくるとマールバラも分かっていた。だが、数も状況も有利にできると踏んでいたから作戦として動かしたのだろう。


 そうなれば、計算外は第二軍団。ルカッチャーノとグライオ。


 ヴィンド、イフェメラ、カリトンなどに警戒を割かれて第一次ディファ・マルティーマ防衛戦で軽くあしらった存在であるためルカッチャーノへの警戒はどこか軽かったのか。

 トュレムレを落とせずに苦しんだはずなのに、しばらく出てこなかったからどうしても計算からグライオが漏れたのか。


 理由は知らないが、この二人の功は大きいかも知れない。


 同時に、ヴィンド、ネーレが死んだこと。イフェメラも居ないこと。カリトンが合流したこと。マルテレスが右翼に控えていたこと。

 こう言った、軍団として、集団としての力も大きかったかも知れない。


「如何致しましょうか」


 エスピラが地上に戻るための道を進んでいると、先に登っていたソルプレーサが地上から手を伸ばしてきた。

 エスピラはソルプレーサの手を取り、太陽の下に出る。


「そのまま伝えるさ。死者の名前もね。その上で、私を利用してきたと、いや、マールバラが私を参考にしたと伝えよう。自分の策を見抜けなかった私の失態だとね」


 謝っているように見えての示威行為だ。

 かしこまりました、とソルプレーサは表情を変えずに頭を下げてきているが、理解しているはずである。


「マールバラの目論見は外すことができた。だが、被害総数は同程度。元の兵力差を考えれば実質的に私の負けだとでも言っておくか? まあ、同数の被害でもより痛いのはマールバラだけどな」


 この会戦には負けたかも知れない。

 だが、戦争の推移としてはエスピラが勝ったと言える。


 もちろん、追撃戦の結果は加味していないため、変わる可能性は大いにあるが。



 その追撃戦の報告をグライオとマルテレスが持って帰ってきたのは太陽が西の山に随分と近づいた時であった。


 その成果の内、グライオが持ってきた敵の小麦をエスピラは真っ先に手にする。


 質は悪く、グライオが小分けにした五つの袋の内四つはカビさえも生えていた。戦場故に良質なモノをそろえるのは無理だとしても、もみ殻や砂が混ざっているのは普通のこと。大分ひどい嵩増しが行われている可能性すら感じさせるのはすべての袋から感じ取れた。


(兵と苦難と共有していると見るべきか、指揮官にすら良い小麦を準備できないと見るべきか)


 五つの山羊や牛の膀胱の中身も、アルコールの匂いがきつすぎる酒や少しの異臭がする水。ただし、綺麗なモノも二つあった。


「とても良い情報だ。流石だな、グライオ」

「お役に立てて光栄にございます」


 僅かな実物を持ってきただけであるため、印象操作も容易ではある。

 しかし、そんなことはしないと言う信頼をエスピラはグライオに寄せているのだ。


「あ。捕虜の多くはすぐに降伏したとか、マールバラの撤退が遅れたのは地中に居た者達が逃げる時間を稼ぐためだったのでしょうとか言ったら俺らの評価も上がりますか?」


 インテケルンが頭二つほど体を下げながら聞いてきた。

 首だけでも上半身だけでも無く、膝も曲げている。


「もちろんだよ。だが」

「命令違反した根拠を教えてくれ、だろ」


 だが、で下がったエスピラの声に反応したのはマルテレス。

 インテケルンを庇う様にエスピラの前に出てきている。


「良く分かっているじゃないか」


 三割ほどが友として。七割は上官としてエスピラが言った。


「エスピラのことだからな」


 マルテレスが四割部下として、残りを友として返してくる。

 すっかりマルテレスに気に入られたらしいマシディリは黙って少し離れたところに立ったまま。会話は聞こえる距離である。


「軍事命令権保有者として、執政官様の命令の真意はマールバラの策を警戒しながらも上回る兵数で突撃すること、俺ら第二撃が失敗してもインテケルンの第三撃を成功させることだと解釈したため、余裕が無く戦場での臨機応変な対応ができなさそうな者を置いていくことにいたしました。


 ま、足がすくんでいる味方は敵にもなるってのは良く耳にしたし、目にもしているからな。特にマールバラに対しては働かせる場所を考えないと軍団が壊滅する。


 で、今回はエスピラの目的を考えれば置いていった方が戦力が上がると考えましたっと。


 こんなんで良いか?」


 形を取り繕ったのは最初だけ。

 マルテレスの残りの言葉は、完全に砕けたモノであった。


「こんな感じで、じゃなくてしっかりとして欲しいところだけどね。まあ、そんなところだろうとは思ったよ。


 私が指揮する軍団の者には何が何でも私の命令に従えとは言っていないからね。異論はいつでも言って良い。ただし、根拠が必要であり、変えるのなら私の作戦の何が駄目だったのか、全体を見てそれがどのような影響を与えるのか。味方のためになるのか。


 そのあたりを分かっていての判断だったならば罪にも問わないよ」


「ついでに、置いていった奴らは……」

「罪には問わないよ。功も無いし、冷たい目には晒されるだろうけどね」


 その冷たい目に対してあまり庇う気も起きないが。


「悪いな」

「こちらこそ。いつも戦わせてすまないね」


 エスピラもすっかり砕けた調子で言ってから、愛息に目を向けた。


「さて、マシディリ」


 ついでに問題があるんだが、解いてみないかい? とエスピラは愛息に言った。マシディリは当然頷いてくれる。此処で聞いたのは他の者に聞かせる目的もあると見抜いているのだろう。


「アスピデアウスがアカンティオン同盟を本格的に味方にしようと動いているようなんだが、どういうことだと思う?」


 マシディリの口はすぐに動き出した。

 マシディリの下にも報告は行っているのだから、すでに考え付いていたのだろうか。


「アスピデアウスにも半島を荒らす気は無いのではないでしょうか。


 アスピデアウスとウェラテヌスの争いの中心地をエリポスにする。それによって少々の物理的な衝突も外にし、主導権争いもエリポスで繰り広げさせることでアレッシア自体の統治への影響は最小限にしたいと考えているように思えます。


 アスピデアウスも、国を割りたいわけでは無いでしょうから。


 それに、一見すると父上が押され、一方的にリスクを背負わされているようにも思えますが、戦場の有利を得ているのは父上。それを伝えることで、ある種堂々とした戦いをするつもりなのではないでしょうか」


「それもあるかもね」

 と、エスピラは肯定する。


 当主となった場合、あまり相手に情けをかけすぎるのは危険だと分かってはいるのだ。だが、マシディリの良いところでもあるため否定もしたくはない。エスピラも正解を持っているわけでは無いし、マシディリの答えも正しくはあるので否定は得策では無いのである。


 あと、感情的にも頭からの否定では良い影響を与える訳が無いのだ。


「ただ、私の考えを付け加えさせてもらうのならアレッシアがメガロバシラスとの戦争準備に入った証拠でもあるんじゃないかな。


 アカンティオン同盟は対メガロバシラスのための同盟でもあったわけだし、現に今もメガロバシラスに対する強硬派の集まりだ。そこにアレッシアが接近すれば、当然メガロバシラスも良い思いはしない。ディティキの改造も私がしているのなら、戦後は私の行動がやりすぎだとしてそれらを白紙に戻すかもしれない。


 それもまた挑発になるだろうね。


 そうして、メガロバシラスを戦場に立たせる。次はアスピデアウスが叩くために。いや、アレッシアのために、かな。彼らにとってメガロバシラスがそのまま存在しているのは、危険だからね」


「父上、それは」

「悪いことばかりではないよ。ハフモニとの戦争の終結を望んでいると言う話でもあるからね。ある程度は妥協し、戦争終結までは今までよりも協力的になってくれるんじゃないかな」


 と、エスピラは笑った。


「それは皮肉ですか?」


 すぐさま空気を変える冗談を言ったのはソルプレーサ。

 ただし、うまく拾える人はいない。シニストラは真顔だし、グライオはこれまでの行動から自分が乗るべきではないと考えているようだ。インテケルンは笑いかけた顔を途中で止めているし、マルテレスは難しい顔をしている。


「そんなわけが無いだろ」


 だから、エスピラが笑うしかなかった。


「あー、あれですね。被庇護者も庇護者に似るんですね」


 インテケルンが何とかと言った様子で紡ぐ。

 すぐさまの反応はシニストラから。被るのはマシディリ。


「エスピラ様はそのようなつまらないことは言わない」

「父上はもっとどうでも良い場面で冗談をおっしゃられます」


 インテケルンの代わりに複雑で申し訳なさそうな顔をする羽目になったのはシニストラだ。マシディリもぎこちない笑みでシニストラにちょっとだけ謝罪している。


 ただ、


(え?)


 もしかして、マシディリに嫌われた?

 反抗期?


 などと。


 その場の全員を置いて、エスピラは一人愛息の言葉に傷つき、混乱していたのだった。


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