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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十三章
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利用するのはお前だけではない

 ルカッチャーノやグライオが「敵の立っている場所は安全だ」と叫び、兵を進ませる。陥没の恐怖と戦っていた兵はその言葉で動き出すが、ハフモニも馬鹿じゃない。読みやすくなった相手の動きなど格好の的だ。だから、まだハフモニが優勢。そうなれば恐怖を味わったアレッシアの兵の動揺はさらに広がる。どんどん劣勢になっていく。


 そんな戦場に「名をこそ守れ」と恐怖をどこかに捨ててしまっている第一軍団の歩兵第一列が突っ込んだ。いや。ネーレや同じ歩兵第一列の死の扱いを見ているからこそ、ハフモニに恨みをぶつけ仲間に介錯を頼んでいるのかも知れない。


 次は見捨てるようにとの嘆願書も、エスピラの下には届いているのだ。

 捕虜となり軍事命令権保有者を、ヴィンドやネーレが守ろうとした者を危険に晒すなどアレッシア人として、この軍団兵としての名折れだ、と。


 それだけの一種の狂気が、戦場に垂らされる。


 交代で砂塵に突撃する歩兵第二列のヴィエレもどちらかと言えば激情家だ。ウェラテヌスへの忠誠も高い、猛将の類である。そのヴィエレと組むピエトロは陣作成の経験から地面の具合だって判断できるだろう。


 結果、第二軍団が傷口を抑え、第一軍団の第一列が流れを変えた戦場の優位性を第二列が確たるものに変えた。続くのはマルテレスの突撃。


 しかし、ハフモニも崩れない。

 高台からの決死の知らせでは、今も撤退はしていないようだ。


(狙いは何だ?)


 まだ戦えるのか、と思いつつもエスピラは催促を飛ばそうと右を見た。

 その右手では丁度オーラが胸の高さで点滅し、インテケルンの突撃が始まる。

 今回も置いていかれる者が居るようだ。


「ソルプレーサ。あの者ら全員の名を記録しておいてくれ」

「すでに動いております」


 動かない者を別に動かない者を罰することは無いが。

 臨時給金は与えない。


 失敗でもなんでもなく、別の策や考えがあるわけでもない命令違反なのだ。

 処罰されないだけでも寛大だとすら言える。


 例え、マールバラの異常な力を目にしたからだとしても、それ以上に味方を危険に晒す行為なのだから。罰が無いのはやさしいことなのだ。


「撤退が始まりましたね」


 高台の方向を見てソルプレーサが呟いたのはそれからしばらくして。

 既にインテケルンも突撃した後だ。


 オーラを打ち上げてくれる高台も位置が変わっている。襲われたのか、その前に放棄したのかは分からない。


 少なくとも、これはエスピラの命令通りだ。


 狙われるかも知れないから、連絡をしたら逃げろ。

 そう伝えてあるのだから。


 ふ、とエスピラは人知れず息を吐いてから自身の軍団を、最精鋭である第三列を見た。

 しっかりと地に足を付け、今でも相手を睨んでいる。

 だが、追撃の気配は無い。


 当然と言えば当然だ。


 エスピラが指示を下していないし、第三列に追撃の指示を出したことはほとんど無いのだから。


「それは、相手も同じか」


 シニストラの疑問の目が来た瞬間に、エスピラは馬を持ってくるように伝えた。

 馬ですか、と言う聞き返しは皆の視線だけですぐに伝令の一人が馬を下りる。


 エスピラは、騎兵を率いている時以外では戦場で馬に乗っていないのだ。

 それは指揮官がいち早く逃げることは無いと伝えるためであり、兵と同じ視線を共有すると言う意思の表れでもある。


 それを、覆すのだから視線も当然だ。


「マルテレスに相談に行く。ソルプレーサ、ステッラ。この場は頼んだ」


 言って、エスピラは馬の腹を蹴った。

 ぐ、と後ろに引かれるような衝撃の後、景色が一気に進む。ついてきているのはカウヴァッロか。その後ろにシニストラだろう。


 エスピラが進めば、兵が一気に引いた。道ができた。


 何故か。

 エスピラの見た目は目立つからだ。

 顔立ちや体、髪の色では無い。紫色のペリースで半身を隠している者など、エスピラしかいないのだ。


 昔は体を隠すとは臆病者だとして誰も真似せず、今では畏れ多いこととして誰も同じ色のペリースを着用しようとはしない。そもそもペリース自体着用することに一種の神聖視する風向きすらある。


 だからこそ道ができ、だからこそ友も気づいたのだろう。

 いや、気が付いたのは友の傍にいた愛息マシディリか。


 そんなことは今はどうでも良い。


「マルテレス」

「どうした?」


 呼べば、いつもより真面目な顔でマルテレスが答えてくれた。


「追撃をかけようと思う。


 これまで私はしてこなかったから、と言うのが理由の一つ。正面からの突撃だけではなく、グライオ、マルテレス、インテケルンと三段でマールバラの総兵数を上回る突撃を仕掛けた以上、マールバラが準備できた策も尽きたと思うのが一つ。よしんばあったとしてもすでに砕ける水準まで弱めることができていなければ、アレッシアは金輪際マールバラに勝てないと思ったのが一つ。


 お前はどう思う?」


「地面が陥没した後だ。十や二十の兵が横から突撃してきても驚かねえってのが一つだな」

「よし」


 言って、エスピラは馬をマルテレスから少し離した。


「シニストラ。全軍に追撃の知らせを飛ばせ」


 シニストラの眉が上がる。

 異論は来ない。一拍空いただけ。


「かしこまりました」


 そして、しっかりと白のオーラが打ちあがった。


 始まったのは狩り。突撃。猛烈な追撃。

 これまでの怒りと恨みと鬱憤を込めた追撃。


 それでも動かず待っていたのは、第一軍団の歩兵第三列。


「救助が先だとおっしゃっておりましたので」

 とソルプレーサが言えば、第三列の兵が各々紐の代わりになれそうな物を持ったり地面を掘るための道具を手にしていた。


「その通りだ」


 言って、エスピラは少し笑った。

 工具を受け取り、自ら前へ。砂塵舞う視界の悪い場所であるため、ステッラやシニストラに守られながらになるが、エスピラ自らが救いに来たような構図を作ったのである。


(血の匂いはさほどしないか)


 どちらかと言えば汗の匂いの方が濃いか。

 いや、それすらも土の匂いにかき消され気味だ。


 そんな、匂いの観察すらできるような静けさの中で進めば陥没地帯にたどり着く。草はまだ元気だが、土は乾燥して大分白くなっていた。触れば崩れ、湿気は薄れている。


「誰か」

 と弱い声が聞こえた。


 音の下まで行けば、すでに第三列による救出作業が始まっている。どうやら叫びすぎて喉が枯れているようであり、汗のかきすぎで疲れ切っているようだ。


 逆に言えば、足が潰れただとか槍が刺さったと言うわけでは無いらしい。そんな者が他にも出てくる。無論、攻城兵器の部品の重さと土の重さで、と言う者らしき死体も出てきた。同じような半裸の、アレッシア人よりも大柄になりそうな死体も見つけられた。


「穴、か」


 どちらかと言えば地下通路。

 木による支えは無く、確かに崩れ落ちそうに見えるが死体を見る限りハフモニ側からこの辺りまでは進むことができたのだろう。


「進みますか?」


 シニストラが聞いてくる。


「いや。崩落の危険がある以上、奥までは進まないし、何者であろうとアレッシア人であるならば進むことは許さないとも」


 返した後、エスピラは一歩だけ前に出て目を細めた。

 シニストラが光だけとなった白のオーラを飛ばして地下通路を照らしてくれる。

 掘り方、土の固め方、空洞としての形。


「似ているな」


 ディファ・マルティーマに築いた防御陣地群。

 それらをつなぐ地下通路に。


(思えば、あの時もマールバラは地中に兵を隠していた)


 忘れもしないヴィンドとネーレを失った戦いで。エスピラも己が身に投石を受けている。その投石兵は、盾に隠れていたのだが、それをカモフラージュしたのは地中から投石兵が出てきたと言う事実。そして彼らの投石と騎兵の連携。


 なるほど。マールバラの強みの一つはその勤勉さだ。


 開戦前に軍事命令権保有者になり得るアレッシア人の性格を調べ上げていた。史上最強と言えるメガロバシラスの大王の戦略もしっかりと調べていたのだろうとも推測できる。踏んだことのなかったはずの半島の地形を利用し続けられたのも、調べる、つまり学び続けたからだ。


 ならばカルド島を、異母弟アイネイエウスを見捨ててまでディファ・マルティーマを攻めたのはエスピラを学ぶため。エスピラの知識を己がモノとするため。地中に投石兵を隠すことに失敗したことがあったのはそう見せかけるためか、それとも本当か。


 少なくとも、今回の戦いで大地が陥没する条件が重さだとするのなら、防御陣地群を攻め立てることでエスピラの持つ攻城兵器の性能を調べつくしたのだろう。


 だからこそ、昨年はアレッシア式重装騎兵のみを恐れていた。


 その調べが終わった今。

 エスピラが神の権威を良く利用していると判断できたのなら。


 その神が行ったとも喧伝できるようなド派手な戦術で以て、エスピラが信じさせてきた神の加護と言う効果を利用する手を用意していてもおかしくは無かったのだ。


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