伸びる根は別。得るべき養分は一緒。
「騎兵は最強のフラシ騎兵が扱えます。千や二千、いえ、五千でも集まります! 傭兵としてもプラントゥムのでとれる銀はそれだけの数を雇えます!
歩兵も師匠の軍団の次に練度が高いと断言できます。プラントゥムで十一年間戦ってきた兵に師匠の訓練も受けたことがある一万。フィロタスの率いる傭兵三万にも十二分に戦えますし、何ならハフモニに入っている傭兵の一部も寝返らせることができます。
歩兵の新しい主力武器となる剣も全員分用意できるはずです!
まさに、勝つための土壌は整っているとは思いませんか?」
「ハフモニの支えはマールバラと言う最強の将軍が居ることであり、未だ完全に負けるような相手はマルテレスだけと言うことだ。私も、どちらかと言えば逃げ回っているように見えるだろうしね。流石にもう一度十年を超える戦争をしたいとは思わないよ」
「なら先に半島に進駐してからハフモニ本国を叩きます」
「敵はマールバラだけでは無い」
エスピラが強めに言えば、一拍空いた。
エスピラは穏やかな表情を作り、同じようにゆったりと口を開く。
「カルド島にもまだアイネイエウスの遺した遺兵が多くいるし、グノートなどと言ったハフモニでは無くアイネイエウスに忠誠を誓っていた者たちが指揮を執っている。プラントゥムもハフモニの支配から抜け出すためにアレッシアに協力しただけと言う態度の部族が居る。ハフモニが良いと言う部族も居て、だからこそフィルフィア様と一万の兵をプラントゥムに残し続けているんだろう?
何より、イフェメラの軍団は不完全だ。
他の者が率いるのであれば既に完成されていると言えるが、君が率いるんだぞ? 君の意思をもっと徹底的に実行できる軍団になるべきだ。その軍団でマールバラを討ち果たすべきだし、私は君ならばそれができると思っている。
名誉を手に。イロリウスに太陽を。
それは、プラントゥムで戦い続けたペッレグリーノ様も望んでおられるはずだ。
どうだろうか、イフェメラ。
君の力で私を助けてはもらえないだろうか。私を助けつつ、万全の状態を整えてはもらえないだろうか。
カルド島には八千の新規兵が居る。彼らとイフェメラの下に居る兵を使い、アイネイエウスの残党を狩りながら鍛え上げるのはどうかな。そうして、君の頭の中に近い動きをする軍団を作り上げるんだ。
こんなことを言えば機嫌を損ねるかもしれないが、サジェッツァやフィルノルド様もきっとそれを見越している。君と言う才能に万が一があってはいけないからこそ、万全の準備をさせるためにハフモニ本国への攻撃を認めなかったんだと思うよ。
確かにウェラテヌスとアスピデアウスはもう敵対している。
だが、二つとも建国五門だ。アレッシアを思う気持ちは、他の者が思うよりもずっとずっと大きい。アレッシアへの決定的な不利益だけは避ける。そう、約束できるんだ。
イフェメラ。ハフモニにとどめを刺してくれ。その役目を他ならぬ君に頼みたい。アレッシアが、それを望んでいる。
私もその準備を進めるよ。こっちでも、向こうに行ってからも。イフェメラを助けるようにね。そして、交渉権も得るべきだ。
イフェメラ。執政官になる気は無いかい? 来年の。平民側の執政官に。
私が全力で支援しよう。と言っても、私も私の意思で執政官候補を選んで支援するのは初めてだから至らないところがあるだろうけどね」
エスピラは、僅かに視線をそらしてはにかんだ。
当然、内心では算段は付いている。この戦争中だからこそイフェメラを執政官にできると踏んでいる。
が、それはそれ。
重要なのは表面上の態度だ。
エスピラにとって初めて自身の味方から出す執政官。
それが、イフェメラ・イロリウス。
そのことを強く意識してもらえればそれで良い。
「ハフモニ本国を今年攻めるならイフェメラが執政官になるには慣例通り早くても十年は待たないといけないけど、来年ハフモニを攻めるのなら来年にでもなれる。ルカッチャーノやカリトン様、いや、それどころか義兄上の一番の部下であるグライオ様より早く。一番に、だよ」
ジュラメントが援護してくれた。
おお、とイフェメラの顔が輝き、頷いてくれる。
「込み入った話はこの辺りまでにしておこうか。それよりも私はイフェメラがファルカタを見て思いついたと言う新しい剣が早く見たくてね。実は幼子のように胸が躍っていたんだ。
今、持ってきてもらっても良いかな?」
そんなイフェメラに対し、年長者ながら似たような水準の子供っぽさを押し出してエスピラは告げた。
イフェメラも大張り切りと言った様子で頷き、勇んで出て行ってくれる。珍しく足音も少し大きく、軽快だ。ついていくソルプレーサが完全に無音に思えるほどである。
「ジュラメント。イフェメラの援護を頼むよ。ウルバーニとクイリッタを使っても構わないからね」
そんな二人の足音が消えてから、エスピラが言った。
天幕に残っているのはエスピラとジュラメント、そしてシニストラと奴隷が二人。長く奴隷として尽くしてくれたし、解放奴隷にしようかと聞いたのに断ってきた奴隷だ。
雇い続けるし、給料も変えないし住む場所も提供し続けるよと言ったのにである。
「ヴィンドになら、ファリチェも加えていたのですか?」
ジュラメントが冷たく言う。
「ヴィンドはヴィンド。ジュラメントはジュラメントだよ。一緒じゃない」
宥める、と言うよりも懐に受け入れるようにエスピラは言った。
君には動機がある。
その言葉は、のどで止まった。
ヴィンドが先に触れたからもあるが、それだけでは無い。常に左手の革手袋の下にある指輪が存在を訴えているからだ。サイズが合わないからこそ、少し拳を作れば感じ取ることができるのである。
「まあ、そうでしょうね。私は虐殺は行いません。女性にも有用なら手を出しましょう。別に高貴な血も流れておりませんから。どれだけばら撒こうと影響は無いでしょう?」
「そう言うことは言っていない」
「失礼いたしました」
言葉は素直だが、声はとてもぶっきらぼう。
全くもって反省しているようには見えない。
「ですが安心して下さい、義兄上。基本はイフェメラに任せますが、ハフモニに自分の意思で戦争を行う権利は与えません。軍団や常備兵に対して多くの制限をかけられずとも、そこだけは制限させます。
アレッシアの許可なく戦争ができない。
自分の意思で武力を行使できない国なら、カルド島のように属州になった方がマシなのか。それとも形だけでも独立国家である方がマシなのか。
まあ、どのみち軍事力を他国に握られた時点でハフモニは国家では無くなります。これならば、義兄上が危惧するような三度目の長期戦争にはならないでしょう?」
「君のことは高くかっている。ならば当然信頼もしているよ」
「精々裏切らないように気を付けます。私は、私がカリヨ様の夫でエスピラ様の義弟ですから」
(最近増えたな)
ため息を吐くことが。
そう思いながらも、エスピラは表情を維持した。
ジュラメントもやや冷たい顔は変わらない。シニストラは臨戦態勢。
そんなシニストラを置いて二人の表情が一変したのはイフェメラが笑顔で帰ってきてからだ。
「師匠! 持ってきました!」
手には、ファルカタを参照にした剣。
湾曲具合はファルカタよりも少ないが、アレッシアの兵が持っている完全に刺突に特化した武器よりは曲がっている、片刃ともとれる剣。刺突の威力を落とさずに斬撃も繰りだせるようにした剣である。
「なるほど。確かに、訓練しなければならないことは増えるけど、使いやすそうだね」
言いながら、エスピラは剣を手に取る。
喜ぶイフェメラの後ろで、ジュラメントが実際にこの剣だからこそ役立った戦闘の様子を諳んじ始めたのだった。




