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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十三章
489/1592

執政官として、派閥の長としての二正面作戦

「執政官に、ねえ」


(となると、二年前のアフロポリネイオからの誘いも怪しくなってきたもんだ)


 カルド島に居た時に、宗教会議の出席を求めてきたあの誘いが。


 断られて良い気になる者はいない。

 マルテレスが断ってくれと頼んだ形だが、そのマルテレスはカルド島でも今もエスピラも指示に従っているのならだから、額面通りには受け取らないだろう。少なくとも、エリポス人ならばエスピラの意思だと決めつけるはずだ。


 そうしてできた溝に入り込む。


(奴隷の売買から此処までの関係に発展したか)


 対メガロバシラス強硬派のアカンティオン同盟はエスピラのエリポス遠征時にアレッシアの味方になってくれた者達だ。同時に、非常に厄介でもありエスピラと将来図を共有できないからこそアルモニアに任せていたのである。


 そのアルモニアが、今はエスピラの傍にいない。


「グライオ様の次はヴィンド様が居れば、と言ったところでしょうか」


 ソルプレーサが冷たくつぶやいた。


「全くだ」


 苦々しく吐き捨てると、空間を睨みつけるようにエスピラは顔を上げた。

 アルグレヒトからの報告を持ってきたサジリッオはそれでも変わらず、むしろ少しふざけて両手にきつねを作り、きつねたちに首を傾げさせている。


「エリポス語は堪能でしたね」


 自分の歳を考えていないふざけた男にエスピラは聞いた。


「アレッシアでも有数の使い手であるエスピラ様に褒められるほどではございません」


 サジリッオがエリポス語で言った。

 エリポス風に解釈するのであれば、所詮アレッシア人が何を言っているのか、と言う嘲笑になろう。


 エスピラは、不敵で不気味な笑みを張り付けた。


「私はディラドグマと言う都市に住まう者は全員殺しましたが、ディラドグマと言う国家に住んでいた亡国の徒はまだ生きております。アレッシア人奴隷をやみくもに解放したアカンティオン同盟は、人が足りていないと思いませんか?」


「奴隷として何て行きますかねえ」

「奴隷を得るためにも人手は必要でしょう」


 目を右にやり、左に大きく動かしてから「ああー」とサジリッオが漏らした。


「試されておられる?」


 サジリッオの両手のきつねが、一斉に左に傾く。


「五年差し上げます」

「それが答えかー」


 あーあ、ときつねが一度うなずいてから消えた。


「つっても、断れば五年後に滅亡への行軍を始めてしまうのはアルグレヒトの傍系だって? いやあ、確かに。永世元老院議員のお爺様の威光を使う愚かな者もアルグレヒトには居たけれども」


 最初は剣呑に。

 そして、後半に行くにつれていつもの軽さに戻り、サジリッオが近づいてきた。


 シニストラが間に入る。抜き身の剣のような空気を浴びながら、サジリッオがさらに前へ。完全にシニストラにぶつかりながら、エスピラの傍に顔を寄せてきた。首はシニストラにさらされており、両手は後ろ。すぐには動かせない位置だ。足も伸びっぱなしで、急な対応は不可能な配置である。


「シニストラは、タイリー様のコネで荷物持ちのような感じでデビューしたのから分かる通りアルグレヒトの中でもこの戦争前までは立ち位置が軽くてですねえ。


 アルグレヒトの恥部を切除してもよろしいでしょうか?


 ほら。マルハイマナに吸収されている一部の地域とかマフソレイオの一部では恥部の一部分を切ることで神への忠誠を誓うってのもありますし?」


 エスピラは、形だけの満面の笑みに顔を変えた。

 空気はあまり変えない。


「それはアルグレヒト内のことですから。ただ、妻とシニストラは遠戚。そしてシニストラは私の剣とも言うべき人。何かあれば、ウェラテヌスは全力を挙げてシニストラを援護いたします」


「ご安心ください。どうせ、エリポスに行けばアルグレヒトの誰もが『あのシニストラの』縁者。その凄み、エスピラ様の思惑通り感じてきますわん」


 くぅーん、ばうっ、とサジリッオが犬真似をした。


(やり辛い相手だ)

 間違いなく実力はあるのだが。


 トリンクイタ様といい、カリヨといい、何故こうも後方に配置したい者たちは尖っているのかとエスピラは心の中でため息を吐いた。


 一方でサジェッツァの下に居るサルトゥーラなどはある意味素直な性格である。

 厳格で法に則りすぎた態度は反感も買うが、同時に新たにアレッシアに加わった者にとってこれ以上分かりやすいものは無い。法を守ってもらうためかもしれないが、最初にしっかりと説明するのもありがたいだろう。


 その恩恵を今一番受けているのは北方諸部族。

 エスピラがフィルノルドに戦後処理を任せれば、そのフィルノルドが元老院議員となったばかりのサルトゥーラを呼び寄せて骨子を作らせたとは聞いているのだ。


(ないものねだりか)


 逆に言えば、エリポスなどの古くからの国家やマルハイマナなどの大国に対してはサルトゥーラは良き手とは言えない。昔からの味方に対しても同じこと。


 グライオやカリトンのような戦いにも強く戦闘以外もある程度任せられる人材は、サジェッツァが最も欲している足りない人員だろう。フィルノルドや弟のエスヴァンネも戦闘に強い方だが、防衛戦とはいえマールバラ相手に指揮を任せられることは無い。ましてやグライオのように少数などは不可能だ。


「国を割っている場合ではないのだが、アカンティオン同盟からの贈り物は私とフィルノルド様で割ろう。何。二人ともどうせすぐに使い切る。そこに居る民のためにね」


 そう伝えてきてくれないか、とエスピラはサジリッオに言った。

 それから、と重大そうにゆっくりと立ち上がり、頭を下げる。


「アカンティオン同盟の財をどのように分けるかは元老院に従います。これからも、これまで通りに」


 エスピラの笑みに合わせて、ソルプレーサが紙を落とした。

 書かれているのは痴態。要らないと判断した元老院議員のスキャンダルの一部。


「おっと。失礼。こんなモノをどうこうする前に戦争継続のための費用を工面しなければならないのでした」


 白々しく言って、エスピラはソルプレーサが落とした紙を回収する。


「うまく伝えておきます。成果次第では、いずれ私に執政官の地位をお願いしまーす、なんてね」


 最後はふざけた態度を貫き通して、サジリッオが退出していった。


「尻の無くなった椅子はどうするおつもりですか?」


 サジリッオの足音が完全に聞こえなくなってからシニストラが言った。


「片づけるよ。なんとでも理由をつけてね」

「良いのですか?」


「焦っても仕方が無いのさ。今は、まず大きな未来のためにそれが乗るだけの土台を作る。アレッシアのためにね」

「マシディリ様のために、の間違いでは?」


 ソルプレーサの言葉に嫌悪感は無かった。

 シニストラも一切そのようなモノは無く、むしろ納得している感じまである。


「マシディリも良いアレッシアを望んでいるよ。広大な領土を持つに相応しい政体を模索し、これまで通り柔軟に対処するアレッシアをね」


 ぱん、と軽く手を打つ。


「さて」


 そして、話を切り替えた。


「カナロイアとドーリスだけは確実に抑える。この二つは私が直々に担当しよう。そして私が直々に担当すると言うことは誰か代わりの者を行かせるとしたらシニストラになるわけだ」

「は」


 び、とシニストラが背筋を整えた。


「それから、グライオにジャンドゥールの一切は任せよう。ピエトロ様とフィルムに再度ビュザノンテンの引き締めを行ってもらいつつ、メガロバシラスにも挨拶をしておこうか。

 あとは、執政官として元老院に頼んでイェステス陛下に感謝を告げておこう。アレッシアの友人を読み上げることがあれば、必ず先頭はマフソレイオにもしておくようにともね」


「ズィミナソフィア陛下はよろしいのですか?」


 シニストラがまた首をかしげる。


「アフロポリネイオとアカンティオン同盟に関して裏で動いている可能性があるからね。このぐらいの距離は取らせてもらうよ。個人的に手紙は送るとも。

 ヴィンドとネーレを奪われたことに対する怒りも愚痴らせてもらいながら、ね」


 ズィミナソフィア四世がその二人の死には全く関与していないことはエスピラも分かっている。


 が、それはそれ。

 脅しにもならないだろうが、今回のズィミナソフィア四世の態度には腹に据えかねたと伝えねばならない。


「エスピラ様。マールバラが近づいてまいりました」


 しかし、今のエスピラのいる場所は戦場。

 交渉や調整にばかり力を注いでも居られない。


 息を短く吐いて、エスピラは地図を広げさせて仮の戦闘地点を素早く見繕ったのだった。


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