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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十三章
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帰還合流

 シドンの首が投げ込まれたマールバラの軍団の行動は予想通り『撤退』であった。


 弟の仇。自身がさんざん辱めたネーレの名。

 それを思えば弟も同じ目にあったと考えて激昂してくる可能性もあったが、マールバラはそんなことなく冷静に撤退したのである。


 しかも、見事すぎる手腕であった。


 二万の軍団、それもシドンを討ち取るまでマールバラを騙し続けていた軍団を持ってしても追撃ができなかったのである。


 追いかけはした。戦うための情報収集も怠らなかった。

 その結論が『攻撃は不可能』だったのだ。


 流石はマールバラ。地形もしっかりと選び、自分たちが多対一を築くか最低でも一対一になる場面でしか足を緩めない。あるいは伏兵の痕跡を見せて確認のためにこちらの動きを鈍らせているうちに退く。


 ヴィンドとネーレを討ち取られた場所に近いからこその、エスピラの心理を手玉に取った作戦。エスピラがそうと見抜いていても動けないのを知っているような動き。


「本当に嫌な相手だ」


 とつぶやいたエスピラの下にそれでもオプティマから追跡を受け継いだマルテレスが追撃戦を行ったという報告が届いたのは、船から降り、メタルポリネイオの地面に足を着けた時であった。


 先にディファ・マルティーマを発ち、メタルポリネイオについていたソルプレーサが持ってきてくれたのである。


「二戦行い、二戦とも勝利。マールバラの被害はいずれも千を超え、マルテレス様の被害は五百を越えなかったそうです。マシディリ様もご無事だと」


「そうか。最後の言葉を一番に報告してくれ」

「覚えていたら、次からそうします」


 しないな、と思ってエスピラは左の口角を上げた。ソルプレーサはまともに取り合ってくれない。


「軍団の質の差が出たか、それともマルテレスが戦いの中で成長してもはやマールバラを超えたのか。ま、どちらもかな」


「誘いこんでの包囲殲滅を得意とするマールバラと突撃により敵部隊を破壊するマルテレス様。相性の問題もあるかと。凡百の者では突撃は包まれて終わりですが、マルテレス様を包み込むことはできませんから」


「それこそ軍団の質も関係しているか」


 そこで会話は終わり。

 エスピラの下にやってきたお迎えの兵に対して、エスピラは満面の笑みを向けた。


「やあ、イザーロ。君たちの顔を見るとやっと帰ってきたという気がするよ」


 両手を広げ、若い男を歓迎する。

 と言っても、イザーロは別に高官でもなければ十人隊長でも無い。ただの一兵卒だ。


「私の顔などでよろしければ」


 イザーロが喜びを隠すかのように唇をもにょもにょと動かしながら頭を下げてくる。


「みんな大事な私の仲間だからね。あれかな。多量の女性を侍らせている男なら「君の顔も大事だよ」なんて言うのかな?」

「つまらない冗談を聞いていると、私もエスピラ様が帰ってきたのだなと実感いたします」


 エスピラは口をへの字にさせ、揺らしながら肩をすくめた。

 ソルプレーサが「当然のことかと」と言ってくる。冗談です、とイザーロも頭を下げた。


「クイリッタも最近私に冷たくてね。親に反発する時期があると言うけど、それなのかな」

「話すら聞かなくなると聞きますから。そうでは無いでしょう」

「まあ、でもクイリッタは今でも可愛いんだ」


 ソルプレーサの言葉を無視して、エスピラは愛息自慢を始めた。


 シニストラが良いタイミングで相槌を打ってくれ、シニストラがさらにクイリッタを褒める。イザーロはいびつに固まった笑みのまま、エスピラの話に付き合ってくれた。


 もちろんその調子ばかりではなく「君の母御前にも出会ったよ」と言う話もする。馴染みの者はどうだったか、とか畑の様子、父親の様子、父祖の墓の様子も語った。


 そうして陣に着くまでに出迎えに来てくれた者達も歓迎し、アレッシアの方向に家がある者には家の者の様子を伝えた。ディファ・マルティーマ付近の者に対してもそうであり、それ以外の者にはアレッシアやディファ・マルティーマの様子を伝える。珍しいお菓子や食べ物の話もして、今度御馳走しようとも約束した。


 そんな風に一人一人と雑談しながら、自身の軍団の野営地へと到着する。


 そこでは軍団兵が整然と並んでおり、風もそれに沿って流れていた。土と草の匂いが漂っているが、排泄物や廃棄物と言った匂いは無い。しっかりと処理されているようだ。


「お待ちしておりました」


 グライオの言葉の後、真ん中とエスピラから見て右側に空白のある状態で並んでいた高官が一斉に頭を下げてくる。


 空いた真ん中の左側に軍団長のグライオ。グライオの横に騎兵隊長のカウヴァッロ。軍団長補佐のジャンパオロ、ピエトロ、ヴィエレ、フィルムが並ぶ。

 空いた真ん中を挟んで右側は一個の空白の後、騎兵副隊長のカリトンが居る。その隣に軍団長補佐筆頭のルカッチャーノ。以下軍団長補佐のメクウリオ、プラチド、アルホール。そしてエリポス以来の高官となるフィエロ。


 そんな、威圧もあるような並びである。


「会いたかったよ。本当に」


 威圧は意にも介さず、エスピラは大きな息を吐いた。

 威厳の無い姿であるが、様にはなっている。


「兵の体調は万全か?」


 近づきながら、エスピラは表情を整える。


「ディファ・マルティーマやビュザノンテンほど下水道を整備した街はこの辺りにはございませんので……。緑のオーラ使いが少し足りない状況です。残念ながら二百名ほどが未だに不良を訴えております」


 答えたのはカリトン。

 重々しい音である。


「でも最大限やることはやっているのだろう。ならば仕方が無い。あとで私も見舞いに行こう」


 逆に気苦労をかけてしまうかな、とエスピラは酒宴用の笑みで笑った。

 それから、また表情を引き締める。


「食糧と武器は十分か?」

「マルハイマナが用意してくれた分がすぐにでも。マフソレイオとの条約が来年で終わることに対する手切れ金かも知れませんが多量の物資を提供してくれる手筈になっております。現に、ビュザノンテンに到着し、確認を行っているところです」


 答えたのはマルハイマナとの交渉を任せていたフィルム。

 エリポス東方にあるエスピラが作った植民都市ビュザノンテンに届いているのなら、そう遠くないうちにやってくるだろう。


「兵に何か不満なことは?」

「エスピラ様が居ないことだけです」

「それは嬉しいね」


 ヴィエレの言葉に真面目に取り合わずにエスピラは笑った。


「不安なことは?」

「エスピラ様が居なかったこと?」

「真似しなくて良いぞ、メクウリオ」

「ならばエスピラ様の家族自慢が長くなりそうなことでしょうか」


 ルカッチャーノが大真面目な顔で言った。

 シニストラがルカッチャーノを睨む気配が伝わってきたが、エスピラは笑い飛ばし空気の悪化を防ぐようにする。


「敵の状況は?」


 次の話題も、ルカッチャーノが答えるようなモノを選んで。


「マールバラはメタルポリネイオを避けるように動きをやや北方に変えました。近くにいるのはアスピデアウス派の一個軍団が、アグリコーラを防ぐように。今のところ動きはありませんが、どうなるかは分かりません」


 そのルカッチャーノが答えてくれた。


「第四軍団も私の軍団として南下させているよ。再度アグリコーラを奪われることは無いだろうな」


「合流は」

「もちろんしないさ」


 今のところはね、と言って、エスピラは空いていた中央に立って振り返った。

 うん、とうなずいて後ろの天幕に移動する。


「状況は後で詳しく聞くけれど、少しの間休息かな。皆の体調不良を解消してから本格的に動き出そうか。あと、今日は宴だ。君たちとの再会を祝ってね」

「兵も喜ぶことでしょう」


 カリトンが言う。


「防御陣地群はマールバラを半島南端に誘き出すためにゆるくしてあります。酒は、一人二杯を限度にしていただいてもよろしいでしょうか」

「構わないよ」

 と、エスピラはピエトロに即答する。


「あ、馬の調練は順調です。アレッシア式重装騎兵も二百ほど増やせると思います」


 カウヴァッロが少し抜けた声を出した。

 エスピラは子に向けるような笑みを口に浮かべる。


「ありがとう、カウヴァッロ」


 その報告は天幕に入ってからでも構わないよ、と言う言葉は下手すれば他の者の発言意欲を奪いかねないなと思って口にはしなかった。


 次の発言は無い。エスピラが天幕にたどり着いたからだ。

 奴隷が天幕を開け、シニストラが中を確認してからエスピラが入る。グライオ、ソルプレーサと続き後も階級順に。


「さて。久々の軍議を始めようか」

 と、エスピラは軽くなった心とともに言ったのだった。


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