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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十三章
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餌の使い方

「まあ、マシディリ以外に後継者候補を作る気は無いけどね。リングアも、才覚はあるが気は弱そうだ。初陣の時には一緒に居てもらえるかい?」


「兄上にお頼みください」


 全員死んでるじゃないか。とクイリッタが死体の一つの頭を掴んで地面に捨てた。

 丁寧に短剣を拭いて、腰元に戻している。


「四年後、となると戦争の相手はメガロバシラスかも知れないんだ。今回の北方諸部族の分断工作は見事だったからね。向こうにとって唯一罪が許されるかも知れない人物が私と言う認識が広まっているのは、本当に助かったよ」


「男の口は縦に、女の口は横に繋がりますから。そして、出し抜ければ他部族の土地が手に入る。あとはマールバラやシドンが山越えをしたせいで山に居た部族が侵入しやすくなったとか今を逃せばアレッシアの執政官の名で許されることはないとか。あとはハフモニは簡単に傭兵を見捨てた国家だとか。

 北方諸部族に対して負けないヌンツィオ様が攻め寄せずにずっと見ていたのも女子供の精神的に来ていたようですよ。甘くささやけばコロッと行きました。


 これは叔父上も愛人を作りたがるわけですね」


 叔父上とは、ジュラメントのことである。


「母上が聞いたら悲しむな」

「母上は父上が愛人を作れば怒り狂いますが、私が作る分には何も言わないのではないでしょうか。貴族として、懐の深さを示しウェラテヌスの威厳を示す結果に……。いや、ウェラテヌスの名を汚すとは言われそうですね」


「言うか?」

「言いますよ。母上は」

「そうか」


 エスピラとてまったく想像ができないわけでは無い。

 疑問は浮かぶが、頷くことも同時にできる程度である。


「この後はどうしますか?」


 クイリッタがエスピラの下に戻ってきて聞いてくる。


「穴を掘って死体を埋めるよ」

「首を切り取って塔を作っては? アレッシアンコンクリートで固めてしまえば良き塔になりますよ」


「そこまで脅すつもりは無い。適度に反抗してくれないと困るんだ」

「そうですか」


「北方諸部族と直接言葉を交わせる上に私の自慢の息子だからね。クイリッタにはもう少し働いてもらうことになるけどね」

「そうですか」


 素っ気なく言って顔をそらすクイリッタの動きとちらりと見えた表情は、愛妻に少し似ていた。


 くすりと笑って、エスピラはクイリッタの頭を撫でる。


「ドルイド信仰は認めよう。兵を供出しなくても良いし、今日までのハフモニに味方した行動も不問にする。が、各部族の有力者の子弟はアレッシアに連れ帰らせてもらうよ。執政官は忙しいからね。文字があった方が訴えに気づきやすいし、対処しやすい。だから、アレッシア語を学んでもらう。


 今後とも良き友人であるためにね。口頭だけだと困るんだ。その都度通訳も必要だし、通訳が言葉を捻じ曲げるかもしれない。なら、文章を読める者が欲しい。


 そう伝えないといけないからね」



 北方諸部族に少し寄り添っているように言っているが、本心は違う。


 子弟に対して行うのは親アレッシア派とするための教育だ。洗脳に近い。

 北方諸部族の文化も認めるが、アレッシアの文化にもどっぷりと浸らせるつもりである。さらには、アレッシアに恭順の姿勢を示してくれているところから優先し、よりアレッシアに接近させ、同化させる。


 そのための第一歩に過ぎないのだ。


「まあ、シドンを誘い出すために敵対してほしい位置にいる部族も居るんだけどね」


 その願いは叶い、エスピラとクイリッタが交渉下手な者を送り込んだりあえて慣例を無視して怒らせた部族を、サジリッオ、カンクロのアルグレヒト兄弟やファニーチェ、タヴォラドの部隊が踏み潰した。


 容赦なく。人を含めた全ての動産を奪い取って。


 畑も何も関係無い。

 普通に荒らすし、家も壊すし、人が住めなくなっても構わないと攻め込む。


 そうやって動いていけば、シドンも動き出す。


 このままアレッシアの直接の支配地域が増えていけば、大事な親ハフモニ派の部族が分断されかねないのだ。それを防ぐために、エスピラの部隊の進行方向に陣を構えだす。


 エスピラの応手は味方する部族に『兵を出さずにただただ自分の領地の守りを固めろ』と伝えることである。

 兵の供出を強制しないことの証であり、使い潰さないことの証明であり、味方のふりして近づいてくることへの警戒でもあった。


 対してシドンは兵の供出の号令も発してしまっている。加えて、エスピラは北方諸部族の土地での戦闘は戦闘地を徹底的に荒らしているのだ。


 シドンに対してこの地での戦闘を避ける嘆願が届くのも当然であり、両国による北方諸部族の奪い合いも戦闘の一つである以上シドンも申し出を無視できなくなってしまったのだ。


 そこに、ヌンツィオが近づく。


 隘路で戦闘になるように陣取り、高所は譲らない。

 広い道から逃れられたとしても、戦闘になれば有利な場所を維持し続ける。


 そんな近づき方だ。


 目の前のエスピラを叩けば再度の北方諸部族の取り込みは予定を大きく下回る。そうなれば、兄マールバラに大戦力を届けられない。しかも、兄ですら手間取ったエスピラに対する攻陣戦。時間がかかればヌンツィオが背面から襲ってくる。


 背後のヌンツィオを叩こうとすれば地の利を失う。しかも、後ろに居るエスピラが攻めてこない保証も無い。


 ヌンツィオに行くと見せかけてエスピラを待ち構えるのも、作戦としては悪くないだろう。

 だが、シドンからすればエスピラがつられるかは微妙なところであり、作戦とは言え中途半端な動きになればヌンツィオに攻め込まれかねない。


 さらに悪いのはこの軍団の主力たち。


 ヌンツィオの一万もエスピラの八千も汚名を被っている者。臆病者の誹りを受けたこともある者。

 逃げ出して得られた生よりも突撃して賜る死を喜ぶ者たちだ。


 シドンの目的が兄への援軍と兄の軍団との合流である以上、アレッシア軍を糾合させ、戦意の低いところから突破した方が良い。


 そう考えたかは不明だが、事実シドンは動き出した。


 南へ。やや東側へ。

 向かう先はタイリーとマールバラが激突した大地。


 アレッシアも先にヌンツィオが向かい、エスピラが後ろからひっそりとと言うようについていく。


 エスピラの現在地から見れば南方にあるテュッレニアからもフィルノルドの二万が出撃し、戦闘予定地へ。


 フィルノルドの軍の列は微妙にそろわず、行軍速度も通常よりやや遅い。


 その報告を聞いた時、エスピラは流石だなと思った。

 多分演技なのである。戦意を低く見せて、シドンをおびき寄せるための。


 それが証拠に、シドンが近づけばフィルノルドは軍団の規律を整え、さっさと山中に布陣した。急な会戦を防ぎ、数日は粘れるように陣を敷きつつ戦場となり得る平野にも斥候をたくさん放ってシドンをけん制している。位置的にも、エスピラらの布陣位置からは微妙に離れた場所。


 一応、大会戦となれば指揮を一本化した方が良いが、平時までするかは迷うような位置。それでいて、フィルノルドは密かに『今回はエスピラの指示に従う』と伝えてきた。求めた見返りは、戦後処理時のテュッレニアの協力。


 それに対するエスピラの返答はフィルノルドの凱旋式の挙行とそれに足る功績の準備。つまり、エスピラが一歩引くことを伝えるとともに北方諸部族の土地の本格的な占領を任せる内容。


 ちなみに、この会談はフィルノルドの周りの者も巻き込んだ。

 巻き込んで、凱旋式は兵のためのモノだと言って飲み込ませたのである。


 そうして、遂に両軍が対峙する。タイリーとマールバラの時と違うのは布陣の位置。


 アレッシアは、今回は完全に川を渡ったのだ。川を渡り、さほど高くない山を前に布陣する。左側の山の中にはフィルノルド。そこから平野に出て、左翼にタヴォラド、右翼にアネージモ。中央がヌンツィオに見せかけたオプティマだ。明らかに右側が弱い布陣であり、狙い目にもなっているがそこからテュッレニアなどの街に向かう道は一つ。その道を見下ろす位置にエスピラとシニストラら千二百が布陣している。


 対するシドンもまた山を挟んで着陣した。

 プラントゥム騎兵を活かすには山を越える必要があるが、ある種どっしりと構えている。

 騎兵は使わない、あるいは既に分離していると言わんばかりに。


 山と言う高所を手に入れた方が有利かも知れない。


 だが、すでに罠がある可能性もある。


 待つか。攻めて主導権を得るか。


 近くにいる北方諸部族は互いに味方では無い。でも、アレッシアは本国から補給ができる。シドンはできない。枯れ果てかねないのはハフモニ軍。


 逆に、待って平野での戦いになった時に有利なのは騎兵が多いハフモニ。攻めて山中の戦いになった時に有利なのは歩兵の多いアレッシア。


 シドンの知らない情報では、時間をかけたことでマールバラにシドンの現在地が露見して不利になるのはアレッシア。


(さて)


 どちらが先に動くのかな、と他人事のように楽しみにしたエスピラに応えたのは、オプティマであった。


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