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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十三章
482/1591

良い組み合わせ

「願ったり叶ったりではございますが、よろしいので?」


 オプティマの大きな口の動きは、いつもよりやや小さく。


「構いませんよ」

 と、エスピラはやさしい笑みをオプティマに向けた。


「ペッレグリーノ様と戦い続けていましたから。シドンあるいはその側近は間違いなく名将でしょう。

 オプティマ様に対しても有効な方法で敗戦から脱しております。イフェメラに対しても戦いの勝利を差し出して自らは目的を達しました。

 兄同様、ほぼ確実にこちらの者たちの性格を把握していると見るべきでしょう」


 あるいは、メガロバシラスが懲りずにハフモニに接触したのか。

 イフェメラが目の前の戦果を優先するのは、メガロバシラスが最も経験しているはずなのだから。


「まあ、何はともあれそこを逆手に取ります。兄弟愛と言うのがどれだけあるのかは知りませんが、私はシドンにとって二人の弟を殺した仇。当然研究もされているでしょうし、フィルノルド様と合流してどちらが指揮権を持っているのか惑わすことも想定済みでしょう。


 だからこそ、戦場は定まります。


 タイリー様が敗死された土地。そこで会戦に応じる時こそ、私が指揮を執る時。

 一昨年、去年の決戦日時からも意識しているのは相手からしても明らかでしょう。


 故に、今回も最終目的地はそこになる。そこでの戦いとなる。


 アレッシアを立つ時のごたごたでフィルノルド様の軍団は積極的には動かない。アネージモ様の率いる一個軍団はあまり戦力として計算できない。計算がたつのはタヴォラド様が集めた八千とヌンツィオ様の下で戦い続けていた一万。対するシドンは二万二千。

 シドンからすれば十分勝負になりましょう。


 これがフィルノルド様が指揮を執るとなれば、下手をすればフィルノルド様の二万とヌンツィオ様の一万。さらにはタヴォラド様の八千も確実に動くと見なければならないでしょうから。包囲殲滅が目的では無い以上、シドンも避けたいはずです。


 だから戦場は決まる。

 されど対策として私がジャンパオロを通じてテュッレニアを抑えると見るでしょうね。


 テュッレニアには豊富な財と攻城兵器がありますから。それを奪われて南下されるのが私にとっての最悪。だからこそ、テュッレニア近辺を襲わせ、南方からエリポス方面軍を呼び寄せ、本当の会戦に及ぶ。


 半島南部にある大軍団とマルテレス、オプティマ様の軍団はその間の時間稼ぎ。

 そこまではシドンも読んでくるでしょう。

 私の強引な手筈こそが、私の軍団を持ってくるための布石だと。そう見るのが大将としての普通でしょう」


「その意に反して、最初の会戦で決着をつける、と言うことですか」


 ふむ、と言って、オプティマが前のめりになった。

 直後に奴隷がお茶を置いたので、オプティマの背が戻る。満面の笑みで、奴隷に感謝を告げていた。


「はい。しかし、相手には私が指揮を執っていると誤認させる必要があります。ですから、オプティマ様が実際に指揮を執るのは大分窮屈な状況になってのことになるでしょう。

 故に、まずはヌンツィオ様と打ち合わせてほしいのです。


 基本戦略はヌンツィオ様の軍団がシドンの軍団を睨み、けん制する。私の軍団が北方諸部族を切り崩す。誰が敵で、誰が味方か。そもそも味方に引き入れて良いのか。北方諸部族としてもこの付近を戦場にして良いのか。


 それを惑わせ、シドンの軍団のさらなる成長を妨げます。

 そうして決戦やむなしの状況に持っていく。それが基本戦略ですが、ヌンツィオ様の軍団の動きはヌンツィオ様に任せることになります。その動きに、オプティマ様のやりやすい方法を忍ばせて欲しいのです。頼めますか?」


「おうとも。このオプティマ・ヘルニウス、必ずや果たして見せよう」


 どん、と思い音がオプティマの胸からなった。


「心強い限りです」


 言って、立ち上がる。

 丁度ヌンツィオの足音も聞こえてきた。


「オプティマ様だと露見しない様な変装は私の仲間にお任せを。エリポスに発つ前にディファ・マルティーマで鍛えておりますから」

「お、楽しそうですな」


 うきうきとした様子で、オプティマが言った。

 そんな明るい調子に、エスピラも笑顔を返す。そしてやってきた決意の面持ちのヌンツィオにオプティマを紹介した。

 硬かったヌンツィオの顔も、オプティマにつられて徐々にやわらかくなっていく。


(インツィーアでのヌンツィオ様の騎兵を下げる決断は間違っていない)


 問題はそれが有機的に軍団として使えなかったこと。

 しかし、今はヌンツィオが扱うのは二万の軍団。あの時の四分の一。しかも半分は七年間も一緒に戦い続けた者たち。


 今度はヌンツィオの判断をしっかりと成果までつなげられる部隊だろう。


 オプティマも、タイリーに並ぶと評されるペッレグリーノを敗死させたシドンに勝った男だ。インツィーア以来陰が見えるヌンツィオの周りの空気も晴らすことができる前向きな人間でもある。


(意外と良い組み合わせだったか?)


 オプティマの長所であり短所でもある敵にも最大限の敬意を表するところも、ヌンツィオの慎重さが補ってくれる。


 逆にヌンツィオに足りない突破力はオプティマも持っている。


 兵の空気も、引き締める方向に動き、地に足をつけるがインツィーア以降威勢の良いことを言えなくなってしまったヌンツィオといくら失敗しても威勢の良いことを言える性格のオプティマなら良いバランスを保ち続けられるはずだ。


 そして、フィルノルドも積極的な介入をしない人。多分自分にとって決定的な劣勢は避けるために動くが、逆に言えばある程度立てておけばそれを受け取る人物だ。

 国政に関しても、敵対やむなしと思ってはいるが国を割りたくはないと思っている人間だとエスピラは思っている。故に、戦場で無駄に割れる愚かさも理解しているはずだ。



「なれない土地での疫病はつきものだよ。もしもの時は、仕方が無いかもね」

 と、エスピラは年長の被庇護者の一人に告げて、アネージモの下に放つ。


 それで準備は完了。

 エスピラは去年までの第四軍団を率いると、マールバラの子を身ごもったと言っていた娼婦の出身部族を攻め滅ぼしたのだった。


 驕れれば周囲から人は減る。ハフモニが勝っても彼らが一番手になるのなら優勢っぽいアレッシアにつこうとする部族だって出てくるのだ。


 しかも、エスピラは通訳なしで話せる人物。

 意思の疎通はほかの者よりうまくいくし、ましてやシドンとは比べ物にならない。


 そうしてできた道を行っての襲撃だ。


 加えて、第四軍団は大合戦の生き残り。

 マールバラやアイネイエウスによる追い打ちから逃げ延びた個人の武勇に優れた者たち。一対一を好む北方諸部族に対してもさほど引けを取らない猛者だ。


 もう一つ重ねるなら、八千を超える戦闘員を一部族が動員できるわけが無いのである。



「兄上も、そんな綺麗な人ではないと思いますよ」


 だからこそ攻略後の土地は安全が確保でき、そこでクイリッタが短剣を持って子供の死体の脈を確認した。刃は首元の近く。

 しかし、死んでいると分かったのか手を離した。


(ソルプレーサが確認済みだけどな)

 とは、流石に言わず。


 次々と近くの死体の息の有無を確認しているクイリッタをエスピラはただ見守る。クイリッタも少し考えればエスピラが安全を確保せずにクイリッタを連れ出す可能性は低いと思いつくはずだが。


(カルド島でのこともあるか)

 クイリッタに命を懸けさせたのなら、今回も。


 そう思っていても不思議では無いし、父を守るつもりでの行動ならば微笑ましくもあるのだ。


「兄上は純粋にサルトゥーラのくそ野郎の力が欲しいんだと思います。父上と同じ理由ですよ。それに、戦後の復興を考えるならあいつの考え方と能力はとっておきたいですから。でも、父上はそれを放棄した。しかも他ならぬ兄上のために。

 父上は重いのです。母上で麻痺しているのかも知れませんが、二人とも思いが重いですからね」


 ん? と首をひねってクイリッタが死体に短剣を刺した。

 血はさほど流れない。死体だから当然だ。

 クイリッタも「間違った」とこぼして短剣を拭いている。


「そうか?」

「父上が落ち込んでいたと兄上に伝えれば、兄上は思い悩みますよ」

「そうか……」


 はあ、と次男の盛大なため息がエスピラの耳朶を打った。


「サルトゥーラのように感情を排した合理性が必要な時もございます。そして、残念ながらそのような人材は多くはありません。貴重です。だから兄上は欲しかったし、父上が味方にするものだと思っていた。なのに、父上は見切りをつけてしまった。


 兄上も子供ですから。感情の整理がつかずにと言うこともあるでしょうし、兄上に非難された父上が手紙を誰かに見せて相談することも考えてあのような手紙を書かれたのでは?


 何せ兄上は父上の基盤を継ぎつつ、アスピデアウスからも有望な者を引き抜き、オピーマに気に入られないといけない訳ですから。本当に、後継者候補から早々に外してもらって嬉しい限りです」


 言いたいことはいろいろあったが、エスピラは「戻そうか?」と冗談交じりに言うだけにした。

 クイリッタの腕と一緒に顎を落としたような顔がやってくる。


「ご遠慮願いたいですね。ウェラテヌスの血と母上譲りの顔と父上譲りの声は、本当に便利ですし楽しいので」


「母上が聞いたら怒るな」

「言わないでください。絶対に」


 エスピラが続けた冗談に、クイリッタがぶるりと体を震わせたのだった。


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