表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十三章
481/1594

確固たるものにするために

 永世元老院議員は基本優秀である。

 十二人に選ばれなければならないし、今の永世元老院議員は補充選挙が行われていないためほとんどがタイリー・セルクラウスが才能を信じて押し上げた者たちなのだ。


 ならば優秀なのは当然のことだと言えるし、タイリーがほれ込む人材がどのような人かは愛妻であったアプロウォーネとの間にできた三人の娘の夫を見ればわかる。


 長女、プレシーモの夫はバッタリーセ・クエヌレス。やり方が強引であったとはいえ、北方諸部族を隷属させるようなやり方で平和を築いた男だ。


 三女クロッチェの夫はトリンクイタ・ディアクロス。自分が楽しいことをするというのが方針だが、エスピラが任せた仕事を完璧にこなした。サジェッツァとエスピラの仲違いをもたらしたのもこの男だが、エスピラにとって強力な味方にもなり得る男である。


 四女メルアの夫はエスピラ・ウェラテヌス。エリポスを黙らせ、カルド島を制圧し、アグリコーラ攻略に暗躍し、マールバラを半島の片隅に追い詰めたのはエスピラだ。名門の血を引き、実績があり、財も諸外国から数多の賄賂が流れ込んできている。尤も、その賄賂は軍団維持費やカルド島の整備費、戦争で荒れた街の復興ですぐに枯れ果てているのだが。


 ただ、確実に言えるのはタイリーの目は確かであると言うことだ。


 だからこそ、エスピラは執政官としての権限を少しばらまくような形で彼ら永世元老院議員に国政を預けたのである。ついでに、書類の山も大分雪崩れさせた。それでもある程度自分たちに裁量が戻ってきたのだから、永世元老院議員に喜びの色は見えたのである。第一義はアレッシアのためであるが、やはり手にしていたものが無くなり、再び手中に入れば思うところはあるようだ。


(長くは保たないだろうな)


 アルグレヒトや、息子トリンクイタの力を抑えきれなくなってきたディアクロスはアレッシアのために動くだろう。


 が、問題はそれ以外の者。

 彼らが保身や自己利益に走らないかだけが大きな問題である。


 その対策が、サジェッツァもやってこなかったサルトゥーラ・カッサリアの臨時の元老院議員就任であった。


 やり方は至極強引。

 功なく戦場にも出ずただ座っているだけの元老院議員をアレッシアから追放し、そこにサルトゥーラを入れる。罪状なんて腐るほどエスピラは握っており、プレシーモに連座させれば良いのだ。その代わりに入れるサルトゥーラは内政面に置いて功績が非常に大きく、誰もが認めるサジェッツァの片腕。


 闘鶏を始めとする神事を厭わないエスピラの態度と、拒絶することによるウェラテヌスとアスピデアウス両方を敵に回しかねない結果は多くの者を賛同に回したのである。


 ついでに、議員の数を減らすことでどれだけの支出が減るのか、罪に問い没収した財を見せることで示し、戦時体制で締め付けられていた民の不満も少し爆発させた。


 もったいないから。

 そんな理由で、強硬に反発した元老院議員の罪を闘鶏によって裁いたのも効いただろう。今回は遠慮せずに七羽ともエスピラの鶏が勝ったのだから。しかも、今回は民衆に選ばせての勝利。


 サジェッツァやサルトゥーラもいずれ処分するつもりの者たちのために必死にはならないのだ。


 そうして得た財源はカルド島やオルニー島からの小麦の買い付けに当て、民に配る。

 一部はフィルノルドに『準備資金』として渡し、テュッレニアから出るように無言で訴える。


 そんなエスピラに届いた非難の手紙は、愛息であるマシディリからであった。


「なんと?」


 シニストラが珍しく聞いてくる。


「アスピデアウスと言う巨大派閥に亀裂を入れ、同時に再び権力を手にした者たちの専横を防ぐ最善の手だとは理解しているってさ」

「それだけでエスピラ様がそのような顔はなされないのではありませんか?」


 エスピラは、手紙から視線を外した。目は床へ。


「いわれのない陰口をたたかれるつらさは良く知っているともね」


 エスピラとて弱弱しい声なのは自覚しているし、表情も上に立つ者に相応しくないのは知っている。

 だが、それらを戻せる力は体のどこを探しても存在していなかった。


「サルトゥーラは自業自得でしょう」


「私の味方を気取っている者も、アスピデアウスの恩恵を受けている者もそう言っているよ。アスピデアウスが執政官に圧力をかけただのかけてないだの、仲間を売っただの売ってないだの。

 マシディリが非難声明を発表するそうだ。成人していないから、発表するのはパラティゾになるそうだけどね」


 パラティゾはサジェッツァの長男だ。将来的にはマシディリの義兄になる。


「なんと?」


「私の強引なやり口と、そう至らせたアスピデアウスの愚鈍さに対して。それから、サルトゥーラの実力を考えれば当然の処置であり、他にも今の元老院議員より相応しい者は転がっている。それを引き立てられないのは今の元老院議員の落ち度だ、とね。

 だから、国を一刻も正常な状態に戻すために戦争を早期に終わらせる必要があると締めるそうだよ。


『父上の意図には従いますが、敵将であるアイネイエウスを死の直前まで欲していながらアレッシア人であるサルトゥーラを見捨てるのはすぐには割り切れません』だって。『父上が隠居するにはまだ早いのですから、どうかご自愛ください』とも書いていたよ」


 はは、と乾いた笑いを地面に落として、エスピラはシニストラに羊皮紙を向けた。

 失礼いたします、と丁寧に頭を下げてからシニストラが手紙を受け取った。



「私の目には、エスピラ様が要らない汚名を被りマシディリ様の到来を待ちわびるような状況を作ろうとしていることを非難しているように読めました」


 二回くらい読んだのであろう時間ののち、シニストラがそう言った。

 なら良いけどね、と言いつつエスピラは羊皮紙を受け取る。


 タイミングよく、元気で幅の広い足音がエスピラの耳に届いた。手紙を置き、口の横を触って表情を整える。少々憂いている表情は、今から来る者を考えれば当然なので別に良い。


 そして扉が、勢い良く開かれた。


「あいや、命令違反は謝りますが、エスピラ様ならば必ずや参陣を認めてくださると信じておりました!」


 元気良く吠えたのはオプティマだ。

 その後ろにちょっと疲れた顔のソルプレーサが見える。


「南方でオプティマ様の軍団と相対しているマールバラを騙せているのなら、何も問題ありませんよ。むしろそれほどの腕前の人が来てくれることは本当に嬉しいことです」

「表情と言葉が一致しておりませんな!」


 がっはっは、と豪快に笑いながらオプティマが近づいてきた。

 やれやれ、とおおげさに表現して、エスピラも椅子から立ち上がり近づく。そして、がっしりとした握手を受けた。大きくて分厚いオプティマの手が、エスピラの手をどっしりと包み込む。


「まあ、何はともあれお任せください。

 このオプティマ。今は燃えに燃えております。


 プラントゥムでの失態。それを取り返す機会が訪れ、しかもその意思を組んでくれる方が執政官で軍事命令権保有者として此処にいる。これ以上の加護がどこにありましょうか。


 褒美も栄誉も名声も何もいりません。


 ただ欲するのはシドン殿ともう一度戦う機会。失態でかけたご迷惑の、その一部でも取り返す機会が欲しいのです。アレッシアと、私を信頼してプラントゥムに送り込んでくださったエスピラ様を始めとする皆様のために!」


 そのために、二千の兵を引き抜いて急行してきた。

 そういう話だ。


「ご安心ください。私のオプティマ様への信頼は変わっておりませんよ。たった一度の失敗で何が変わりましょうか。良いのです。何度失敗しても。失敗したくて失敗しているわけでも同じ失敗を繰り返すわけでもないのなら。


 それに、命乞いとアレッシアのためになること、プラントゥムの民になることを提案されてしまったのなら応じるのは仕方が無いことです。


 そんなオプティマ様の性格を知っていたシドンこそ褒めるべきでしょう」



 やさしく言いながら、エスピラはオプティマに近くの椅子に座るように勧めた。

 奴隷に命じて飲み物も持ってこさせ、同時にヌンツィオを呼ぶようにも伝える。


「かたじけない」


 ごう、と音が出そうな勢いでオプティマが頭を下げた。

 苦笑しながら、エスピラもオプティマの前に座る。


「働きで返してもらうのは本当ですよ。オプティマ様には、実際の会戦時の指揮を執ってもらいます」


 そして、すっかり常の人の上に立つ笑みに戻ったエスピラはオプティマにそう告げたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 闘鶏もエスピラの勝利に終わり、シジェロさん涙目。 しかしあのシジェロさんがこれくらいで諦めるはずはない(確信)。 いっそのことエスピラを焚き付けて、メルアにもっと子供を産ませて弱らせてしま…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ