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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十二章
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心知らず

 エスピラら第一軍団が主戦場にたどり着いた時は既にハフモニは撤退していた。できたのは僅かに最後尾にかじりつくことだけ。一応、ジャンパオロら第一列を追撃に回し、ピエトロら第二列をどっしりと控えさせたが、あまり戦果は期待できないだろう。

 その中で第三列は、第四軍団の救助を行っていた。


(第四軍団を壊滅させたい、と言うのもまた正しい望みだったわけか)


 雨の影響で足が取られたはずの地面は、今は肉塊によって足を取られることになっている。

 所によっては、死体によってやわらかい地面が固くなっていた。


「お、さっすが神に愛されていると噂のエスピラ様じゃないですか」


 顔を真っ赤に染めたサジリッオが笑いながら近づいてきた。

 頭の兜は常についていたのか、髪の毛だけは元の色のままであり、赤がついていない。


「君達のおかげだ。君達がマールバラを抑えることで私を守ってくれ、死んで行った者達が私たちに力を貸してくれた。それだけだよ」


 粛々と、されど良く通る声でエスピラは感謝を告げる。


「それを聞けば、陰では誰よりも喜んだんだろうな」


 いや、喜ばないかな、と笑いながらサジリッオが血塗れの布を取りだした。

 見たことがある。すぐに、記憶から取り出せるほどに。


「スピリッテから。『契約分は果たしました』と」


 受け取れば、布が開いた。

 こぼれ落ちたのはくじ。中に入っていたのは萎れた花と、水分を飛ばして何とか形を保っているような花。ディファ・マルティーマならばどこにでも咲いているような、そんな花。


「雇い主は納得しないだろうな」


 エスピラの声は、今度はすぐに地面に落ちて。


「そこはエスピラ様の仕事じゃないですか?」


 サジリッオが変わらぬ調子で笑った。


 こちらです、とでも言うように首を倒したサジリッオの後を着いていく。

 行き先は兵が固まっている場所。曇天の空の下で、何も引かれていない泥の上。


 そこに、見たことも無いような、眉間に皺ひとつない顔で目を閉じているスピリッテが居た。首は拭かれているが真っ赤であり、致命傷がそこだと分かってしまう。


「よくやった、スピリッテ」


 しゃがみ、すっかりと冷たくなった手を取る。

 左手でしっかりと握って、右手で、一度、二度、労うように叩いた。


「でも、わたしはやっぱりきみに死んでほしくなかったよ」


 三度目は、弱く。手を包むように。

 それから、スピリッテの手を持ち上げた。額に、冷たい手が当たる。


「ほんとうに。なぜ優秀なものも死にいそぐのか」


 強く、握りしめて。

 エスピラは、冷たい外気によって肺が冷えるのを待った。ただただ待った。

 亡き年上の甥の手をしっかりと握りしめて、深呼吸を繰り返した。


「気炎をあげろ!」


 そして、立ち上がって吼える。


「スピリッテ・セルクラウスを始めとする英雄に、勝利の叫びを届かせろ! 勝ちだ。勝利だ。神々に誓う。父祖に誓う。何より、ウェラテヌスの名に懸ける。


 君達の死を絶対に無駄にしない。

 勝つのは、アレッシアだ!

 この世の唯一にして絶対の掟は、アレッシアの勝利だ!


 怪物に突き刺した剣を、共に引き抜こうではないか。奴を半島から叩きだす!

 どこを荒らしたのか。何を奪ったのか。その一生をかけて知ってもらう。楽に殺すなよ。しっかりと、アレッシアに刃を向けた者の末路を思い知らせろ。

 それが、二度と我らが愛しいモノを失わない未来へ繋がる」


 言って、エスピラは左手を握りしめた。

 ぶかぶかの二つの指輪は、それだけでもしっかりと存在をエスピラに訴えてくる。


「勇者に哀悼を! 英雄に誓いを! 友に我らが生きる道を!

 アレッシアに、栄光を!」


 郎、と一番の声で吼えた。


「祖国に、永遠の繁栄を!」


 轟、と返ってくる。



 ディスティ・カンポの戦い。


 エスピラが、伝記にてそう名付けた戦いは、単体で見ればアレッシアの勝利とは言い難かっただろう。

 アレッシアは、二千人以上の死人を出し、軍団長の一人であるスピリッテも失った。

 一方のハフモニの死体は千五百。二倍以上の兵数を擁しておきながら、この結末だ。


 ただし、逃げたのはマールバラ。

 逃走経路も主街道を使わせず、山道に。その山も待ち構えていたグライオの指示によって効率的に焼かれ、兵を減らし、補給もままならないままマールバラは冬を迎える。


 一時は半島の半分以上は持っているのではないかと言われ、一年前までは四割は超えていたはずのマールバラの支配領域も、アグリコーラとインツィーアを失い、半島南西部の先端にわずかに残る程度。一割を切る勢い。


 プラントゥムに行ったイフェメラは、勢いそのままに残る二人の将軍を打ち破り、友としたフラシの王族を王位につけ、フラシ騎兵の供給も立った。それどころか、ハフモニ本国の近くに橋頭保を確保した。


 これにてハフモニのカルド島を襲う計画もほぼ頓挫。

 そのカルド島属州もアルモニアが微調整を加え続けたおかげで一年目から想定通りの収入がアレッシアにもたらされたのである。


 エリポスのアカンティオン同盟からはアレッシア本国に向けて大量の金銀が送られてきたし、カナロイアは相変わらずハフモニ軍捕虜を奴隷として良く買ってくれている。

 何より、メタルポリネイオを始めとする半島南部の都市の多くはアレッシア寄り。


 マールバラの軍団は共食いを行ったなんて噂も流れるほどにマールバラ派の者達が手のひらを返した。それでもまだマールバラの味方はいるが、彼らも元は半島、アレッシアに組み込まれていた者達。


 裏切り者もまた少なからず出始める。



 エスピラは、雪の前に軍団をディファ・マルティーマ、そしてトュレムレから海でメタルポリネイオに入った。

 マールバラの目と鼻の先に、第一軍団と第二軍団、及びマルテレスの軍団を置いたのである。


 それから、第四軍団で生き残った百人隊長から借金をする。その金は第四軍団の兵に臨時給金として配った。

 百人隊長は金を貸したからこそエスピラを守らねばならず、また貸しがあると言う気持ちが余裕を与える。軍団兵は臨時給金で気を良くする。エスピラへの忠誠心も増える。


 そうして第四軍団も掌握して、移動させた。


 全てが完了すると、エスピラは軍団に休暇を与え、自身はアレッシアへと向かう。


 報告と、仕込みの回収のために。

 そして、スピリッテ戦死の報告を、自らの口でタヴォラドに伝えるために。



「そうか。良くやった」



 ただ、スピリッテの最後の様子を伝えた際のタヴォラドの言葉は、常通りの氷を思わせる声以上にそっけないモノだった。


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