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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十二章
461/1591

目の前だけが戦場では無い

 簡易防御陣地群を形成し、その外側にマルテレスを出す。マルテレスの軍団は一万五千。防御陣地群に出っ張りを作り、そこで調練を急ピッチで進めているのは募兵したばかりの二千八百だ。


 対するマールバラの軍団は一万を僅かに超える程度。


 分かりやすい罠に攻めかかればマルテレスの軍団に襲われ、他を攻めてもディファ・マルティーマでの記憶がある以上固まらざるを得ない。そして、やはりマルテレスに襲われる。


 ならばとマルテレスの軍団を襲おうにも、斥候は粗方エスピラが狩っているのだ。戦場までの主導権を握られた状態で兵数の多い自身と同格の相手と戦うのはマールバラとて厳しいだろう。


 さらに追い詰めるために、エスピラは植物学者と動物学者を出来る限りで呼び寄せた。地元の民も呼び寄せ、大きな机に細かい地図を広げる。


 何をしているのか。

 農業による収穫物だけでなく、野草や動物からの食事も減らすためにマールバラの軍団を追い込む場所を選定しているのである。


 極力食べ物が手に入らないように。全員を養えることが厳しいと思わせるように。


 マルテレスを前に出し、あるいはエスピラが軍団を動かして先に隘路を封鎖し。エスピラが砦を作り、マルテレスに攻撃を仕掛けさせる。


 一万の敵を五万の軍勢を使ってじりじりと追い詰めていくのだ。


 どこかが大損害を受けても、全滅はしないような位置で。戦闘中に追いつける位置で。


 さながら、グエッラの軍団とサジェッツァの軍団のように。援軍は無いとしてグエッラの軍団を包囲したが、サジェッツァに解囲された戦いのような距離以内に誰かの分隊を置いて。


 他にもエスピラの布陣の特徴として、敵との距離と言うモノがある。


 これまでも基本は被庇護者を放って敵を確認しているのだが、時折自分自身の目で相手の陣地を確認しているのだ。即ち、夜襲・奇襲を高確率で避けられる距離で描ける円のあえて内側に入り、野営することがある。

 相手の兵を疲弊させる目的と、自身の防御陣地に絶対の自信を持っているが故の行動だ。


 挑発し、苦手な陣攻めを行わせればその隙に他の軍団を動かす。逃げ出せば攻撃するそぶりも見せる。


 大規模な合戦は一度も無かったが、小競り合いは絶え間なく続いた。

 そして、治癒の白のオーラ使い、病魔快癒の緑のオーラ使いの数は圧倒的にアレッシア軍が多いのである。


 残念ながら、小競り合いで削れていくのはマールバラだ。


 その間に、北方諸部族にマールバラの扱いの差を流すのも忘れない。


 子供がいる、と言うことはその部族が優遇される。マールバラが勝った場合はその部族が中心となって北方諸部族を纏めるのだ、と。

 マールバラに訴えても効果は無いだろう。だって、彼は十年以上一緒に居るのに君達の言語を知らず、文化に疎いのだから。


 そんな噂を流して。


 もちろん、嘘も混ざっている。文化は調べているだろうし、言葉も全く分からないわけではないだろう。だが、最初に来た時以外でマールバラが北方諸部族の村を訪れていないのも事実。


 互いに不信感さえ抱かせれば良い。

 あとは真面目なヌンツィオがしっかりと『敵』として調べているのを『朋友にするために』調べていると勘違いさせれば良いのだから。


 そして、もう一つ。

 マールバラの最大の成果であるアグリコーラ。その近郊の街が他の村ごとアレッシアに寝返った、否、帰って来たのである。


 誰のおかげか。それはナレティクスの被庇護者のおかげだ。


 庇護者たるフィガロット・ナレティクスがアレッシアを裏切ったからついて行かざるを得なかった。されど、今やナレティクスの当主はジャンパオロ。ならば被庇護者は庇護者たるジャンパオロの下に戻るのが当然。確かにハフモニからみたらこの行為は裏切りとも言えるモノだが、被庇護者として庇護者に対する当たり前の行動をしているだけ。

 そんな常識とジャンパオロに恩を売っておきたい元老院の思惑もあって、許されて。


 同時に、安全を図るためにもパラティゾに働いてもらいもした。

 マシディリ経由で、兵をアグリコーラ側についている兵と交流させるように。訓練が厳しすぎると訴えてくるような人物だからこそ、知り合いの見える敵兵と味方の交流も一部許したのだと。ある程度、納得できる筋書きを用意して。


 そうして、戦いたくない感情と許されると言う思い。何より、フィガロット自身が愚痴としてジャンパオロが当主とされていること、他の建国五門がそれを認めていることを漏らしたのなら嘘では無いと思ってしまうモノだ。


 そうして裏切りによって街が落ちれば、ナレティクス一門と被庇護者たちの間に隙間風もできる。


 例えアグリコーラに居る者はアレッシアを裏切った意味を正確に理解し、此処にしか居場所が無いと覚悟を決めている者たちだとしても。誰かは疑いの目で見る。味方か、あるいは内通者か。疑うことになる。


 そんな猜疑に満ちたアグリコーラに対しサジェッツァが四万の兵で力攻めを敢行したのは九番目の月の中頃のことであった。


 たくさんの攻城兵器と、海に浮かぶ櫂船。

 仲間を信じ切れなくなったアグリコーラは、その七年の抵抗が夢のように陥落していった。


 ナレティクスが蓄えていた数多の財は国庫に吸収され、建物は蹴破られた痕が残る。ただし、扉は直されることは無い。直す必要が無い。



 だって、住民は全て奴隷として売り払われたのだから。



 半島第二の都市、アグリコーラ。

 その陥落は抵抗の割にはあっけなく。アレッシア中の怒りを一身に受けた結果が住民の消失であった。


 いや、それだけではない。

 もう一つのアレッシアにとっての朗報は、アグリコーラ陥落前についていた。


 プラントゥムにおけるハフモニの重要拠点オス・マリアーノ。その都市が、僅か一日で陥落した、と。結果的にハフモニがプラントゥムの部族から取っていた人質は全員解放され、カルド島に行く予定だったマールバラの弟ポーンニームは慌ててプラントゥムに戻ったらしい。が、それすら遅く行政官よりのもう一人の将軍はイフェメラの前で首だけになっていた。


 ポーンニームが僅かな支配領域でイフェメラを迎え撃つには状況が悪すぎて。

 プラントゥムの平定は時間の問題。僅か半年で完成するだろう。

 そうなれば次に危ないのはハフモニ本国。


 結果、傭兵部隊三万は未だにハフモニ本国に留め置かれたまま。

 マールバラへの増援、補給物資の望みはさらに絶望的になったと言えるのである。


「で、これは何かな?」


 プラントゥムに同行していたセルクラウスの被庇護者から、プラントゥムの戦況報告を受けつつもエスピラは分厚い束となっているパピルス紙を持ち上げた。


「イフェメラ様からの手紙です」


「……ちなみに、誰に渡せば?」

「エスピラ様ただお一人です」


 エスピラは、笑みを固めたままパピルス紙に目を向けた。

 短剣を差し込んでも、貫通はしない。それほどまでの厚さがある。


「ゆっくりと、返事を書くとしようかな」


 固まった笑みのまま、エスピラは告げた。


「是非」

 と言いつつも男は動かない。

 エスピラが目を動かせば誰かがすぐにでもその男を下げたであろう。だが、動かさなかった。


 少しの時間の後、エスピラは蝋が溶けて垂れるような動きで手紙に目を落とした。

 踊っているのは、たくさんの文字。イフェメラの直筆だ。


「これだけの手紙です。時間はかかるでしょう。少し、休まれてはいかがでしょうか」


 そこで、ようやくソルプレーサが言って男を下げてくれる。


「それはそれとして、エスピラ様は読み進めた方がよろしいかと思います」


 男が完全に去ってから、ソルプレーサがそう言ってきた。


「やっぱり?」


 両脇の書類の山を見ながら、エスピラは言った。


「はい。イフェメラ様が拗ねるかと」


 はは、と乾いた笑いを浮かべつつ、エスピラは手紙に目を戻した。

 暗くなるのが大分早くなっており、書類を進められる時間も短くなってきている。その上、マールバラが暗い時に動いても対応できるように人も多く割かないといけない。


「まあ、アグリコーラ攻略で調子に乗り始めた元老院議員よりはマシか」


 エスピラは、真顔に変えて呟いた。


 送っている伝記と、息のかかった護民官。協力的になりつつある永世元老院議員。彼らがエスピラの功も忘れないようにと言ってくれている。

 その間、加えてアグリコーラの特需で湧いている隙にイフェメラがプラントゥムから送ってきてくれた財をカルド島に移動させたのだ。


 確かに、それは処罰されるほどのことでは無いが咎められる程度のことだろう。

 だが、あくまでもエスピラの指示ではなく。それでいて、実行者に共犯のような意識を持たせて一時的にエスピラへ協力的な態度を示すようにする。


「ソルプレーサ」


 感情の無い声でエスピラは控えている被庇護者の名を呼んだ。

 視線のみを返事として、エスピラは言葉を続ける。


「来年、勝負を決する。準備をしておいてくれ」

「始まりが奇襲ならば、以後正道を歩んでも印象を拭うことはできないかと」

「構わないさ。アレッシアが勝つのが大事だ。第一次ハフモニ戦争の時のように、勝機を逃してこれ以上戦争を長引かせたりはしないよ」


 それは、決意。

 怪物を倒すのは必ずしも勇者の剣ではないと言う意思表示。


「いや、やっぱり怪物退治は複数人が出来た方が良いかな」


 手紙を読みながら、エスピラは笑った。


 翌日、マルテレスが再び動き出す。マールバラを徹底的に追いかけ、戦い、押し込んでいく。

 数が違う。勢いが違う。マールバラには守らねばならない物資があって、マルテレスはそれらを放置しても補充が来る。


 その二人が争っている内に、エスピラは高速機動で以ってマールバラの横を通過。マールバラがディファ・マルティーマを強襲する道を潰したのである。


 季節はもう冬。

 言わずとも、エスピラが会戦に応じる日が近づいてきていた。


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