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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十二章
457/1591

アンリーチの戦い 参

 敵の前進は隊列ではない。各々の突撃だ。

 己の力のみを信じた攻撃。その後ろには隊列らしいのが見えるが、圧倒的に個々の思いのまま動く方が速いのだ。


(川を背にはできない……!)


「全軍撤退。川を防衛線とし、攻撃を受け止めろ」


 素早く指示を飛ばし、投石機に狙いをつけず兎に角遠くに飛ばさせた。相手の足は止まらない。川にまだいる兵に攻撃が降り注ぐ。


 幸いなことは、急な指示の変更にも対応できるだけの訓練を第一軍団が積んでいたこと。


 難しい川からの撤退自体は何とかなったが、こちらの撤退に合わせて遠くから渡ってくるフラシ騎兵を防ぐことはできず、側背を狙われる形が完成してしまった。

 亀甲隊形を取れば防げるが、その後ろ、本陣を狙われれば継戦能力に影響が出る。何より、マールバラが他所に行ったフリをしてこちらに残っていれば、こちらの隊形変化に合わせて機動力と対処能力に優れたプラントゥム騎兵を使ってくるだろう。それによって攻城兵器を奪われれば、反撃の機運を高めさせてしまう。相手が街を落とせるようになってしまう。


 ならば、まだ余裕があるうちに。


「カウヴァッロ。重装騎兵を整えてくれ。第三列は投げ槍でも石でもなんでも投げて少しでも相手の接近を遅らせろ」


 指示を飛ばせば、前列に居た百人隊長の一人が白のオーラを敵騎兵の顔面に飛ばした。

 もちろん、効果圏外。ただの光。しかも晴れ。


 大きな効果は望めなかったが、フラシ騎兵も馬を止めた。


(被害を嫌がっているのは相手も同じか?)


 ならば退くはず。

 つまりは、重装騎兵を使わされた。

 何のために?

 ならすために。雌雄を決するような一大決戦に置いて、アレッシア式重装騎兵が戦局を変える手とならないように。前回の失敗を繰り返さないために。


 だが、エスピラとて今更変えられない。


「蹴散らせ!」


 吼え、カウヴァッロらを送り出した。


 初めの激突は、圧倒的にアレッシア式重装騎兵の勝利。

 そして予想通りにフラシ騎兵が退いて、投げ槍で重装騎兵の動きをけん制しつつ退いて行く。プラントゥム騎兵は投げ槍を運びつつ戦列に加わるようだ。カウヴァッロは、やや遠くに敵騎兵を誘導して行っている。重装騎兵にならない騎兵も積極的に戦列には加わらないが牽制程度の動きは繰り返して。


「全軍突撃! 敵騎兵が態勢を整える前に、川を渡る。投石機でもスコルピオでも何でも突っ込んで浅瀬を作れ!」


 命令を伝えつつ、エスピラはそばにいたシニストラに頷いた。

 シニストラも頷き返してくれ、最前線へ。味方を鼓舞するように白のオーラが立ち込めた後、鎧の無い北方諸部族兵を一気に圧し始めた。


 シニストラ管轄下の大隊が着実に前進を始める。一対一の訓練も積んでいる最精鋭が、状況に応じてアレッシア伝統の多対一を作るか一対一でも良いかを判断しつつ、前へ。


 その間にエスピラは素早く投石機を解体させると、手に持たせて一気に突撃した。


 川の上流に投げ込み、アビィティロら伝令兵に夏の間の訓練成果を発揮しろと命じ、投石兵と変えて繰り出す。


(数は少ない)


 陣から出てきた時は見えなかったが、敵は重装騎兵に換装中、そして解体中などと言った、勢いはあるが兵が減った決定機に大軍を繰り出してこなかった。


 もちろん、兵の損失を恐れた可能性もある。

 だが、逃せばさらなる損失は起こりうる。


(神よ)


 左手の革手袋に口づけを落とし、エスピラは剣を抜いた。ソルプレーサに「おやめください」と止められる。


「シニストラ様がいない時にエスピラ様が前に出て何かあれば、私の首も取れてしまいますので」


 なんて、真顔で冗談であり本当のことでもあることを言われれば、エスピラも自分が直接的と切り結ぶことを控えざるを得ないのだ。

 代わりに行ってまいります、とステッラが前に出る。


 渡った当初は、まだ敵兵も抵抗があった。

 だが、歩兵と距離が離れすぎたためかフラシ騎兵とプラントゥム騎兵が川を渡り始めれば一気に流れはアレッシアに傾く。


 川を渡るのにはやはり翻弄し続けていた速度が使えないのだ。

 そこに、重装騎兵が追い付いて追撃を加える。馬が乱れる。


 そうなれば、本当の崩壊。


 アレッシアに対して優位に立てるはずの騎兵が崩れ、一対一でも互角かあるいはとなれば相手の戦意は大きく落ちた。


 渡河と言う分かりやすい抵抗の機会を逃せば、あとのハフモニ勢は撤退するのみ。


(マールバラはいない)


 そう確信したエスピラは、さらに声を張り上げた。

 朗々と轟かせた。

 アレッシア兵に闘志を抱かせ、剣に誇りを乗せ。

 最も暑い時間が終わる頃には、エスピラは敵の野営陣地に足を踏み込めていたのだった。


 正面に居た敵は総撤退。伏兵は無し。

 しかし、勝利の余韻も無い。


「してやられたようなものでしょうか」


 食糧を確認しているエスピラの背に、ソルプレーサが言ってきた。


「かもな」


 エスピラは、掴んだ大麦を離した。

 此処にあるのは大麦やカビの生えた小麦。その他状態が良いとは言えない食糧の数々。


 捨てる前提とすら思えるような、あまり守る意欲の湧かない食糧の数々。


「遅くなり申し訳ございません」


 と合流してきたカリトンが率いていた第二軍団も、敵の本格的な軍団とは交戦しなかったらしい。

 川にひっくり返っていた、橋にしたようにも見える船の下に敵伏兵が隠れていただけ。


 思わぬ奇襲に少々兵は乱れたが、落ち着けば簡単にはじき返せる程度の兵しかいなかった。

 ただし、道中に似たような放棄物が多くあり、その都度確認していたから進軍が遅れたとのこと。


 山を燃やしたスピリッテも、マールバラはいなかっただろうと報告してきた。


 ならば、マールバラはどこに行ったのか。

 その答えは斥候として放っていた被庇護者の一人が持って帰ってくる。


 エスピラに救援を求めて来た村が荒らされていた。


 なるほど。どうやら、マールバラは村を襲って食糧を奪い、民を奴隷として物資の数々を運ばせたらしい。

 人の選別と、立て直し。兵のストレス発散のために狼藉を認め、インツィーア近くの人々の懐柔を完全に諦めた。


 そう言う話だ。


 同時に、エスピラに対して『民を守れなかった指揮官』と言う印象も植え付ける。


「私の敗戦、と言うべきか」


 陣を去ったのはハフモニ。

 被害が大きかったのもハフモニ。


 されども、結果をなぞって行けば、得をしたのもハフモニであり、裏をかいたのもハフモニだ。兵の被害も、ハフモニの方が軽微である。人の多くは失ったが、戦える者の多くは残されてしまったのだ。


「本当に厄介な相手だよ」


 吐き捨てると、エスピラは第一軍団をアグリコーラとインツィーアを繋ぐ山道の近くに移動させた。グライオも連れ、道を睨む場所に陣を構える。第二軍団はそこからややディファ・マルティーマ方面へ。第四軍団は逆にインツィーアへ伸ばした。そこからさらに各軍団を分宿させ、陸路と言う線で定め、面の支配を点と線で行う。


 完全に防備を固め、調略をする構えを見せ、秋の収穫物の多くを獲得する構えを見せたのだ。


 そこまでしてから、マールバラと直接戦う役目をマルテレスと交代する。


 ハフモニの斥候は既に被庇護者で潰している。

 なら、先制攻撃はマルテレスから。


 一撃で居場所を追い出すと、マルテレスとマールバラはゆるゆると川沿いに平野を移動し始めた。


 そんな二人を確認すると、エスピラは全軍に防御陣地を築かせる。命令はインツィーア一帯の確保。専守。秋の収穫物の多くをアレッシアが確保すること。


 命令を全軍に徹底させると、エスピラはジャンパオロが育てていた収穫物を取りにアグリコーラに向かったのだった。


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