表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十二章
456/1591

アンリーチの戦い 弐

 スピリッテとカリトンが出発したのは夜の内。

 エスピラが攻撃を仕掛けたのは、早朝。オーラで手元を照らさせ、炊事を行わせて寝起きの兵の口にはちみつを突っ込んでからのことであった。


 陣から出て、相手を待たずに川へ押し出す。第二列も後ろに続き、第三列は攻城兵器の組み立て。川を渡る前に作り、川を渡るのを防ぐためにやって来た敵兵に浴びせるのが目的である。


 対するマールバラの手は川の向こうからの投石兵の投石であった。


 確かに邪魔だ。鬱陶しい。

 だが、命の危機に晒される威力のモノは四分の一にも到底届かない。アレッシアを追い詰めていたあの最強の投石は、大分薄れていた。


(とはいえ、か)


 投げ槍よりも確実に射程で上回っている。攻城兵器を打ち込めば、確かに攻撃は弱まるが命中率が良いかと言えば否。こちらもファリチェらに投石具を持たせて反撃したが、泥試合。


 そして、その間に戦域を広げるようにフラシ騎兵が川を渡り始めた。


 これにはあらかじめ見当を付けており、スコルピオや投石機が牽制の意味を込めて発射される。だが、フラシ騎兵も川から積極的に上がってこようとはしなかった。


 川の中に居て、槍を投げては引いて投げては引いて。

 こちらの隊列を崩さんと手を増やしているだけである。


 しかしながら馬の上で一生を完結できると言われているフラシの民だけあり、扱いが上手い。川に体を埋めることになる歩兵は勿論のこと、同じ騎兵でもアレッシア騎兵では敵いそうにないのだ。訓練を積んでいるエリポス以来の精鋭騎兵を投入しても厳しいだろう。


 何よりも、後ろの兵の動きが怪しい。


 広がったり、あるいは縮まったり。何が狙いか分からないが、あるいは幻惑させることが狙いなのか。一点突破を狙っているのか、こちらの攻撃を受け止めるのを狙っているのか。


 一点突破ならば本陣内に案内して伏兵を、と言うのも考えられる。

 受け止めるのならインツィーアで見せたように受け止めつつ列を変え、包囲の形に自然と持って行く策もあり得る。


(それよりも、目の前か)


 エスピラは意識を渡河攻防に戻した。


 この戦いは、石や投げ槍と言った物資を多く使う消耗戦な小競り合いに発展している。


 そうなれば有利なのはアレッシア。

 しかし、あえて挑んできているのはなぜか。


「丁寧に接戦を演じ、釣りだす、と言うのも両翼の時間稼ぎに自信があるのなら実行してくるでしょう。あるいは、フラシ騎兵をあえて見せることで移動は無いと思わせ、こちらの軍団全てを把握してから包囲殲滅する軍団を見定めている、と言うことも考えられます」


 ハフモニとの戦争が終わったら引退します、と夏休みの間にエスピラに申し出てきたステッラがそう言ってきた。

 タイリーと共に戦場を駆け巡り、戦場ではエスピラの傍に居続けたこの男も最早老兵。エスピラとしてはいつまでも現役でいてもらいたいが、体が言うことを聞かないのは理解しているつもりだ。


「重装騎兵を繰り出すか」


 言いつつ、エスピラは今日はそばに置いていたカウヴァッロに目をやった。

 行きますか? と言うようにカウヴァッロが近くに置いてあった鉄の皮に手を伸ばしている。


 エスピラは、首を横に振ってカウヴァッロを止めた。


 正面からの激突ならばフラシ騎兵に対して重装騎兵は有効だ。ファルカタを装備しているプラントゥム騎兵に対しても優位に立てる。


 ファルカタは、確かに刺突も可能だが斬撃も可能なのだ。特に馬に跨れば切りつける攻撃を主体としてくる。プラントゥム騎兵はおりて軽装歩兵にも成れるが、その時も敵騎兵に対しては刺突よりも斬撃主体。

 その斬撃で馬をも覆う重装備を突破するのは容易なことでは無い。


 が、重装騎兵最大の弱点は逃げる軽装騎兵に追いつけないこと。

 馬さえいればある程度の水準まで復帰できる敵騎兵に対し、アレッシア式重装騎兵は補充までにはかなりの困難が伴うこと。

 姿を見て相手の馬が混乱するのも、回数を重ねれば慣れてしまうこと。


 この戦いは、投入すべき、雌雄を決するような戦いではない。


「投げ槍と石を本陣から持ってきて補充してやってくれ」

 と、エスピラはアビィティロに命じた。


 アビィティロが伝令部隊を集め、一部を本陣に向かわせている。すぐに奴隷を使って石を運んできた。投げ槍は正規兵のみが運ぶ。


「投石機の攻撃も川に集中させよう。たくさんの石を水中に落とすのが目的だ」


 相手の動きを封じるのと、上手く行けば渡河を楽にするために。


 幾つかの投石機が下がりだした。威力を弱くした数台が牽制の石を放ち続けるが、どちらかと言えば敵の攻め時。


 しかし、準備が整えばこちらの攻め時。

 一時押されたアレッシア兵が再び敵兵を押し出したのは、もう太陽がすっかり空に上がったころ。気温も上がり、フラシ騎兵はほぼ全員が馬を変え、お腹が空腹を訴えてもおかしくない時間が経過してから。


(相手はまだ一部しか出していないが、こちらは全軍が戦場に居る、か)


 長期戦になれば、こちらが不利になる。


「第三列は軽食に入れ。終わり次第、第一列と第二列と入れ替わる」


 後ろにいる兵は敵からは見え辛い。

 だが、当然、兵が減ったことを相手が関知すれば積極果敢な攻撃を喰らう可能性がある。


 川は依然として相手の勢力下にあるのだ。

 渡河しやすいのは、ハフモニである。


(マールバラならば来るか?)

 と睨みつつ、はちみつを染み込ませたパンと水で薄めた酒を配る。


 食事をとるのも才能だ。第三列は、いや、第三列に限らず第一軍団はどのような状況でも食べろと言われれば食べることが出来る連中である。


「第三列、前進!」


 食事が終わり、腹ごなしに少々動かした後、エスピラはそう檄を飛ばした。


 一つの巨人の足音のような軍靴を響かせ、第三列が前に出る。


 第三列の隙間を規律正しく第二列が引いた。第一列は現在食事中。第二列は後方で第三列のサポートと食事に入る準備。


 守りを重視し、相手の攻め込みを誘う。フラシ騎兵が川から上がった。やってくるのを待ち、引き寄せてから投石具を持たせたアビィティロらに列の隙間を縫って前進させる。投擲。隊列が乱れたところで突撃し、相手が退いて態勢を整えれば第三列も引かせて態勢を整える。


 少々の隙は少数の騎兵部隊が補った。


 フラシ騎兵が川に戻る。アレッシア騎兵は第三列の横に。


(さて)


 突破の目が見えたか、と思った時、右手にある山から火が上がった。

 最初は煙。だが、どんどん大きくなる。


「ソルプレーサ」

「何も連絡は入っておりません」


 問いに対しての即答。

 連絡なしの大胆な行動か、敵の攻撃か。


「燃やさないとは言えませんが、火が足止めにならない可能性を相手は知っているはずです。向こうは火に突撃したのが第四軍団なのか第一軍団なのか分かりませんから。ならば、燃やすとしたら大規模に、焼き殺すつもりで。

 そんな指揮が執れるのはマールバラだけでしょう。


 スピリッテ様が燃やしたのならそれは対処できない事態だと悟って諸共の意思かと。その場合でもいるのはマールバラでしょう。あの方も、正しく有能なアレッシア人ですから」


 ソルプレーサがほぼ一本調子で言った。


「間違いなく優秀です。スピリッテ様の不幸は、あの方よりも優秀な方が近くにかたまっていたことですから」


 ステッラがソルプレーサの言葉を補強した。

 別の被庇護者が「タイリー様、タヴォラド様、コルドーニ様、トリンクイタ様、エスピラ様。血縁あるいは姻戚の者だけでこれだけの数に上ります」と追従している。


 エスピラは、素早く敵の奥を睨んだ。


 後ろの歩兵は、相変わらず動いてはいるが一度も前進はしていない。


(寡兵。陣を捨てたか)


 陣を捨てられない、と言うこちらの意識を読み取って。

 あるいは、目の前に居るのが第一軍団、もといアレッシアの主力だと見てから他の部隊を潰しに行ったのか。


「第一列は救援に向かえ。第二列は途中まで第一列の援護。第三列と騎兵は正面突破に移る!」


 獅子哮し、エスピラはオーラを上げさせた。

 全軍が一気に動き始める。第一列が初めに動き始め、次に第三列が前へ。

 フラシ騎兵を圧力で押し潰し、敵投石兵を潰走させ、ついに川に入った。


 しかし、その瞬間。


 ハフモニの陣の前で隊列を組みかえていただけの歩兵が前進してきた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ