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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十二章
449/1592

自分らしさとアレッシアらしさとは

 インツィーアは食糧倉庫の役目も果たしていた街だ。


 その役目を果たすためには、周りに肥沃な大地が必要であり、広い大地が必要である。そして、その広い大地は騎兵をおおいに活かせる土地でもあり、会戦に適した場所も見つけやすい土地である。


 それこそがマールバラがインツィーアの戦いの後に広大な領土を保持し続けられていた秘訣の一つであるし、サジェッツァやタヴォラドがマルテレスにしか野戦を許していなかったのもあってアレッシアは本格的に攻めなかったのだ。


 もちろん、戦略的に考えた時の旨味を考えて、と言うこともある。


「『父上のおっしゃりたいことは、インツィーアの戦いが起こった場所でありながら、その実、マールバラの常勝のイメージが崩れやすい土地でもある、と言うことですよね』。だってさ」


 賢いだろ? これで今年でまだ十三なんだから、将来が楽しみだな。

 と、エスピラは頬を溶かして自慢した。シニストラが「本当に楽しみですね」と同調し、ソルプレーサは「これから作戦開始なのですから、そのだらしない顔を仕舞ってください」と言ってくる。


「マルテレス様の領土を広げるかのような動きをけん制しながら、こちらのゆっくりとした前進も睨み続ける。エスピラ様の予想通りの挙動を致しましたね」


 ルカッチャーノが地図に目を落としながら言った。


「道も大地の特徴も抑えていたからね。予想外の機動ばかり話題には上がるが、基本は軍団。負荷を減らすためにも行軍にはある程度の制限がつきものだよ」


 エスピラは、不敵な笑みを顔に張り付けた。


「半島はアレッシアのモノだ。確かにマールバラは地形を利用する戦術に長けているようだが、此処は我らの土地。地形を戦略に組み込めるのはこちらだよ」


 そして、堂々と。ペリースをたなびかせるようにして天幕の外に出る。


「天幕の中で言われましても」


 と、スーペルが言い、ソルプレーサも「声の無駄遣いかと」と同調していた。


 それを背に、エスピラは全軍に作戦開始の号令をかける。


 演説は怒号に。軍靴は高らかに。行軍は進軍へ。進軍は攻勢へ。


「エスピラ様にとって不快な言葉をかけても余裕を見せられるようになったあたり、もう大丈夫でしょう」


 とは第一列の突撃間際にソルプレーサが言った言葉だが、結果もそうであった。


 移動のための行軍隊形からの攻撃への移動は非常に難しく、しかも欠員が出た後ではいつもと違う人と組むことになる。

 それ以前に、移動のための行軍隊形から攻撃のための隊形に変わるのも難易度が高い。


 だが、それを可能にするだけの訓練をディラドグマ以来の第一軍団は積んできているのだ。


 高官を代えることができるのも百人隊長以下の兵の練度が高いから。指示一つで柔軟に隊形を変えられ、欠員が出た場合はどう組み合わせるかをしっかりと取り決めているから。


 文字通り、この七年間誰よりも一緒に居る者達なのだ。


 アレッシアの軍団マニュアルの完成形とも言える動きでマールバラ左翼に強烈な一撃を見舞うと、そのまま破壊し、突き進んだ。


 それに、エスピラにはこの攻撃が途中で露見してもマールバラはすぐには動けない確信がある。


 行軍と見せかけてからの開戦に至り、敵一翼を破壊する戦法で有名なのは斜行陣だ。これは、縦深を厚くした一翼で敵の一翼を砕き、薄い部分の突撃が遅れることで他の敵の足を止める戦術。部分的な戦力優勢を作り上げ、その後に包囲するやり方。


 マールバラが参考にしていると思われるメガロバシラスの大王が一翼を破壊するときも、それは槌をねじ込む時。次の戦術は鉄床と挟んで敵を壊す。そのための槌をどうねじ込むか。どこにねじ込むか。何時ねじ込むか。その過程で様々な戦法を編み出している。


 マールバラにとって、第一軍団も第二軍団もすぐさま見分けはつかないだろう。並べば練度の差は理解できるだろうが、今来ている部隊が精鋭か、その後ろに見える部隊が精鋭かはすぐに判断なんて下せない。


 過去の名将の戦いを知っているからこそ、包囲の危険性を考えて右翼を動かせない。


 そして、それはエスピラの目論見通りであった。


 敵左翼を散り散りにし、第三列も駆け抜ける頃に少数の追手が来ただけである。当然、少ない部隊など精鋭中の精鋭の敵では無いし、第三列がつり出されることも無い。

 こうして、第一列と第三列は第二列が作っていた陣地に死者を出すことなく入ることが出来た。


 が、目論見通りにいかなかったのは此処から。


 陣地までやってきたのは敵のごく一部。止めるのが間に合わなかったか、意図的に止めなかった部隊だけ。

 マールバラ本隊は、第二軍団に向けて進軍を開始していた。


 第二軍団の応手は撤退。引き付けてから、刃を交えることなく引き始める。エスピラもわざとオーラを打ち上げ、捕虜に薪を括りつけ、陣から放った。


 後ろからの追撃だと勘違いしてくれれば良いな程度の策である。

 その策を実行した後すぐに、第二軍団を助ける方向ではなく普通に撤退した。


 七年に及ぶ訓練の成果。アレッシアに行っている間に見極め、このために編成し直した小部隊。決死の覚悟の突撃。


 前回が時間の割にと言うのなら、今回は準備にかけた時間の割に小規模な戦いとなってしまった。


 アレッシアはもちろんのこと、マールバラにとっても支障のない戦い。

 マールバラからすれば作戦を見破り、敵を追い払った。エスピラ・ウェラテヌスは臆病者だと罵れる成果。


 対してエスピラは、少々誇大に本国で喧伝しないといけなくなる。

 いや、エスピラとしてはどうでも良いのだが、臆病者だと罵る者は出てくるし、アイネイエウスにやったように本国から積極的に戦えとお叱りが来るかもしれない。


(非常に面倒くさいが)

 と、エスピラはアレッシアにフィルムを派遣し、グライオをフィルムの代わりに入れる。


 同時にスピリッテだけではなくフィルフィアの軍団も呼び寄せ、大軍で動いた。あえて場所を晒すように動き、マールバラの軍団を誘導する。マールバラが攻めてくる動きを見せれば一気に遠くまで退き、居なくなれば近隣の村を落とす。街を攻める。


 徹底してマールバラの軍団を避けながら誘導した先は、マルテレスの軍団近く。


 平野。一万八千のマルテレスと一万七千のマールバラ。アレッシアの切り札とハフモニの切り札。最強同士の接近。戦わねば、アレッシアはマールバラの三倍に膨れ上がる上に、包囲網を縮められる。食糧攻めにされれば、アグリコーラ脱出戦のようにはいかない。臆病者とエスピラを罵ることで上げてきた士気が、一気に下がる。


 真夏を控えた暑い夏の日。

 両軍が激突したとの報告がエスピラの下に届けられた。


 一日目はマールバラの勝ち。マルテレスの軍団は押され、山に逃げざるを得なかったがそこで夜を迎える。

 二日目はマルテレスの勝ち。山から湧き出た兵が個々にマールバラの軍団を打ち破り、平野で一つとなってマールバラの軍団を追い返した。


 アレッシア軍死者千五百。

 ハフモニ軍死者千二百。されど、ハフモニ側に白のオーラ使いは不足気味。緑のオーラ使いも不足気味。


 確かに被害は大きかったが、エスピラがしっかりと準備し、計画してから実行した分進合撃を、ほぼその場で使ったマルテレスの才能に、エスピラは最早嫉妬すら出てこなかった。


 いや、分進合撃と言うよりも分散合撃に近いからかも知れない。

 戦場でばらけ、本攻撃の際に一つになったのだから、トーハ族の分散合撃の方が近いはずだ。


 兎も角、エスピラは傷つき合った両軍がなおも睨みながらじりじり進むのを横目に、主街道の制圧に乗り出した。そして、主街道の近くにはグライオ、ピエトロ、フィルムが考え出した簡易的な軍事拠点を色々建ててみる。どれが効率的か。どれが適しているのか。


 そうして、荷駄隊などを使った大規模な食糧輸送に支障をきたす程度に敵の補給網を破壊すると、夏があけたらアレッシアに行くようにと伝えてフィルフィアの軍団を分宿させた。イフェメラとジュラメントが掌握しやすいようにフィルフィアなどの高官は過ごしやすいディファ・マルティーマに呼び戻すのも忘れない。


 ついでに、本人の希望でスピリッテの軍団も分宿させる。

 こちらは入れ替え制。敵が来たら、真っ先に戦うためにディファ・マルティーマで休息を取らせると言う名分付き。


 最後に発端の地、インツィーアをアダットらに率いらせた海軍で以って攻城兵器を輸送し、マルテレスに貸し出してエスピラの軍団は夏休みに入る。


 インツィーアが陥落した、と言う報告が入ったのはそれからほどなくして。


 アレッシアの軍量。カルド島での戦い。物資が枯渇したマールバラの軍団が此処に来れば略奪は避けられないとの脅し。マルテレスが略奪を好まない人であると言う話と、エスピラもメタルポリネイオなどを許していたと言う事実。ただし、侮蔑したディラドグマは壊滅され、北方諸部族は天罰を受けた。

 何より、サジェッツァの愛娘を妻にする自分がアスピデアウスにも掛け合うと言ったマシディリの説得。


 それにより、インツィーアの城門が開いたと、マルテレスが踊る文字で伝えてきたのだった。


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