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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十二章
448/1592

立て直し

「襲撃部隊の裏で河川に土嚢や木を投げ込み、こちらに向けて川を崩壊させたようです。途中でやけに崩れた土嚢があり、存在していなかった場所に沼がありました。恐らく、ハフモニ側も相当な被害を受けたのでは無いかと。

 日々挑発していた者たちの役目はどうすればこちらに川の水を多く流せるかを知るために地形を探ることだったのではないでしょうか」


 と、ソルプレーサが報告を締めた。


「急造な工事だったからこそ、川の水が全て流れては来なかった、か。それでも痛い被害だったけどな」


「単純な数ではございませんが、ハフモニ側には流れた死体もあります。痛い勝利だったのはマールバラの方でしょう。こちらの挑発に対して勝利でお返しした、と士気を上げることはできますが、物資の損害も圧倒的に出さない限り向こうの方が痛いはずです」


「主導権を握りそこなった、と言う意味ではこちらも十分に痛いよ」


 インツィーアに攻め寄せると見せかけてメタルポリネイオなどの南方を制圧しに回った。その後も腰を落ち着けて半島南部の街の攻略を進める構えを見せてから取って返してインツィーアに。


 そこまでしたのに滞陣する場所はマールバラによってほぼ決められたようなものであり、撤退させられたのもまたマールバラによって。


 被害は少ないが、思い通りなのはマールバラの方に思えて仕方が無いのだ。


「マールバラも、杜撰すぎる上に川の水を拡散できる程度の障害物も作れずに自軍が流されてしまうような苦肉の策を取らざるを得ない状況だった可能性もございますが?」


「そう思わせることすらマールバラの想定内かもな」


 ソルプレーサの目が、エスピラの後ろにいるシニストラに向いた。

 シニストラは何も言わない。実際には吐かないまでも溜息を吐くような動作のあと、ソルプレーサの目がエスピラに来た。


「如何されますか?」

「高速機動は攻城戦には向かない。だけど、私は基本的には街を落とす時に高速機動を多く使用してきた。エリポスでも、カルド島でも。あるいは、今回のようにすぐに戦いに行かない時にしか使っていない」

「そうでしたね」


 質問に答えていないとは言ってこず、ソルプレーサが相槌を打ってきた。


「野戦も、アイネイエウスとの戦いでも先の戦いでもそうだったが、基本は向かい合って布陣し、それから徐々に戦いを始めていたよ。違うのは分進合撃の時ぐらいかな。陣に絶対の自信があるからこそ、主導権を握るために引きこもることが多かった。


 これは、サジェッツァの独裁官時代から変わらないことだ。


 今回も、兵力で陣を攻略されたわけでは無い。川で攻略されただけ。

 そうなると、次は大きな川の無い所で布陣しようと思うのが普通じゃないかい? 下手をすれば、水の手を断ち切られかねない場所でね」


「その裏をかいて川の近くにまた布陣する。私なら、エスピラ様の動きをそう予想いたします」


「だからこそ、次の決戦は水辺の無い平野だ。ただし、山が近くにある方が良い。むしろ相手の背後か右手に山がある地形にしよう」


 仕事ではなく講談のために来ていたルカッチャーノとファリチェ、ヴィエレの目もエスピラの方へ来た。

 輪から外れていたジャンパオロの視線も来る。天幕の隅で食事をしているカウヴァッロはそのまま。


「正面から接近し、一撃で以って相手片翼を破壊して過ぎ去る。

 それが、全てだ。

 相手の動きは把握しているな、ソルプレーサ」

「はい」


「もう見失わないな」

「リャトリーチにもきつく言ってあります」


 くす、とエスピラは笑った。


「失敗は誰にでもある。いや、そうだな。私の態度も悪かった。それは謝ろう。リャトリーチにも後で詫びておくよ」


 それはさておき、とは言わないが、空気で話を戻すことを伝え。

 エスピラは、座る位置を少し前に変えた。


「高速機動を最大限利用し、相手に戦闘の意思が無いと誤認させつつ速度そのままに突っ込む。これが第一段階。


 第二段階は別動隊を本隊が駆け抜ける先の山に配置しておく。これは、私がアレッシアで政治的な工作を行っている際に組み直した、最も工事の早くなる組み合わせを使う。ここで簡易的な防御陣地を作り、見せかけでの立派さも作る。そこにスコルピオを配備して打ち下ろす。


 その後素直に撤退できれば良いが、出来なかった時のためにマルテレスとスピリッテ様には戦場の近くになる村を落としてもらう。逆茂木や浅い堀は作らせるが、マルテレスに対しての食糧の供出だけは認める。それ以上をした場合は、可哀想だが仕方が無い」


 村ではマールバラの攻撃を防げない。アレッシアにも移住させずに村の人を守り切る手段は無い。

 だから、これは軍が近くに来た時にさらなる改造を容易にするための準備に過ぎないのだ。


「土地の把握が済んでおり、相手の動きを非常に計算しやすいからの策、と言うことでしょうか」


 ルカッチャーノが聞いてくる。

 ファリチェはあたりの地図を探し出して広げていた。ヴィエレはカウヴァッロの手元にあったドライフルーツを摘まもうとして手を弾かれている。


「そうだね。ついでに、マルテレスにも、いや、マシディリにも動いてもらうと言うべきかな。こちらはヴィンドとネーレと歴戦の第一列に大きな被害を負い、今イフェメラも居なくなった。ジュラメントもいない。グライオは戻ってきたが、復帰したばかりだ。

 マルテレスもオプティマが離脱し、ディーリーも離れかねない状況であり、兵の再編が多いため私たちほどの団結力を発揮することはできない。


 それらを補うために合流する。

 夏前までならマールバラもそう考えるはずさ」


 マルテレスが離れていたのあくまでもトュレムレ奪還戦のため。

 マールバラと本格的に相対するためには、両軍の合流が必須。


 アレッシア人の性格と、エスピラがカルド島における最終決戦では全軍を合流させたように。自分に対してもそうしてくるだろう。


 マールバラには、そのような考えがあってもおかしくはない。


「予想されませんか?」

「どう思う? グライオ」


 ルカッチャーノの言葉を、エスピラは黙っていたグライオに受け流した。

 これまでの戦いの記録でもあるエスピラの伝記からグライオの顔が上がる。


「エスピラ様の軍団では数多の予想に対してそのまま対策まで持って行くことができますが、多数の言語が混在しているマールバラの軍団ではそうもいかないでしょう。戦い続けているとは言え、マールバラの軍団は常に一定のものでは無いようですので、片翼のみの短時間の戦闘ならば勝てる可能性は高いように思えます」


「養えなくなって放たれた元剣闘士。オノフリオ様の軍団に居ながら、山賊で食べていけなくなり降った元奴隷。北方諸部族からの追加兵。アレッシアを裏切ったものの帰れる街を失った半島の民。馬の違うフラシ騎兵とプラントゥム騎兵。大きく数を減らした投石兵。

 軍団として形を保っているのが不思議なくらいですよね」


 と、ファリチェが手元のメモである木の皮を取り出しながら言った。


 気に入ったのか、ファリチェは短く切った紫色のペリースのなれの果てを肩に付けている。


「問題は、今いる一万七千はこれまでのようにマールバラから離れることは無い者たちだと言う事ではありませんか?」


 ルカッチャーノがやや冷たく言った。

 嫌っているわけでは無い。平常運転だとは、皆が分かっている。


「だから叩き潰すんでしょう。次で」


 ヴィエレが歯を剥き出しにして言う。

 目も厳しいものだが、ルカッチャーノを見てはいない。


「その通りさ、ヴィエレ。ウルバーニがディファ・マルティーマから物資を運んでき次第にはなるが次の作戦会議で細かいことを伝えるつもりだよ。


 ピエトロ様とヴィエレが迂回部隊。相手を引き寄せる陣地を作って欲しいんだが、ヴィエレには仮に相手が完成前に攻め寄せてきた時に追い払う役目もしてもらいたい。君の勇猛さならば必ず任を成功させられると信じているよ」


 歯を仕舞い、喉を鳴らしながらヴィエレが頷いた。


「ファリチェとジャンパオロは第一列として突撃を敢行してもらう。初撃こそが大事だからね。ジャンパオロが先行し、ファリチェがフォロー。最後尾は第三列が受け持つから後先考えずにぶつかってくれ。エクラートンでの雄姿をまた見せてくれればそれ以上は無いよ」


 裏切り者のブレエビの軍団に対し、自身の軍団からどれだけ裏切り者が出るか分からない中でも真っ先に動いた勇気を。


「カウヴァッロは騎兵として補佐して欲しい。撤退戦に於いては君以上の天才はいないからね。出番が無い方が軍団としては嬉しいと言う微妙な立場の役割で悪いね」


 カウヴァッロが膨らんだ頬を急激に元に戻してから頷いた。

 エスピラの視線が外れた後、流し込むかのように慌てて酒を飲んでいるのが視界の端に見える。


「ルカッチャーノは第二軍団を頼む。途中までは第一軍団と共に進むが、マールバラの軍団との距離は一定以上離れていてくれ。攻撃後の離脱がうまくいかなかったのなら、包囲するかもしれないという動きを見せて欲しい。君の胆力を見込んでのことだ。それと、グライオも第二軍団につける。上手く使ってくれ」


「私がエスピラ様に上手く使われているような気がいたしますが」

 と言いつつも、ルカッチャーノが一番丁寧な礼で返してくれた。


 後日、候補地を二つに絞り、掲げ、そこまでの追い込み方を幾つも話し合い。


 最後にマルテレスとマシディリに作戦会議の内容を伝える手紙を書いてから最も経験のある者達に手紙を託した。


 それから、出発する。

 季節はもう五番目の月の始め。兵に与える夏休みまで、残り一か月であった。


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