踏み台
メタルポリネイオを作ったころのアフロポリネイオはエリポスでも有数の力を宗教以外でも持っていたのである。
そんな、エリポス人を起源に持ちつつも半島の者との混血が進んだ人たちが住んでいる街。そして、グライオに援軍を送った結果ハフモニ派が増えてハフモニに寝返った街。
それが、半島南部にある都市メタルポリネイオ。
その街を、エスピラは三十三艘の櫂船と櫂船を用いて運んだ数多の攻城兵器。そして歴戦の猛者一万一千で囲んだのだ。
「降伏は拒否すると」
使者として向かっていたルカッチャーノが帰ってくるなりそう言ってきた。
「だろうな」
と、エスピラは返す。他の者も疑問は挟まない。
想定済みなのだ。
トュレムレに於けるサジェッツァの苛烈な処理は、裏切り者は許さないと言う明確なメッセージ。門を開いたところで奴隷となり鉱山に売り払われるのならと思うのも無理は無い。
「メタルポリネイオは半島にオーラ使いが多いとは思わなかった時代にアフロポリネイオが絶対に陥落しない都市を作ると言う意思で作られた街です。港は広く、大型船も停泊でき、西側は湿地帯が広がり、東側は潮の満ち引きによって時間によっては完全に隠れてしまいます。安定して攻められるのは北方からのみであり、陣を張れるのもそこだけ。
相手の動きをこれだけ制限することを想定してできております」
ピエトロが何かを読み上げるかのように言った。
「あくまでも、その当時では、の話ですが」
ピエトロと組むことになるルカッチャーノが言葉を受け継いだ。
野戦に不安はない。先の戦いでも、第一軍団に死者は出なかったのだ。一方的にハフモニ軍を蹂躙し、八百に及ぶ捕虜の内百名が『神罰』で死ぬ予定だ。五百は奴隷として売り払い、百はカルド島で使うために送っている。残りの百は普通に解放されただけ。
「一日目は移送の過程で少し性能の落ちた投石機を主軸に攻勢を仕掛けましょう。日暮れと共に攻撃を止め、二日目も同じ攻撃を繰り返す。
三日目になれば今度は昼夜問わず攻撃を仕掛け、四日目、五日目と行きましょう。
そこまでしてこちらの力を誤認させたところで、全力の攻撃を仕掛け、相手の警戒を完全に攻城兵器に寄せます。相手の注意が攻城兵器に埋め尽くされたところで夜間の攻撃を決行し、敵の警戒をこちらの松明に向かせ、その隙に赤のオーラ使い達の切り込み部隊でアフロポリネイオの城門を破壊する。
細かい作戦を用いずともそれで十分ではないでしょうか」
ルカッチャーノが言いながらジャンパオロを見た。
「斬り込み部隊はお任せください」
ジャンパオロが剣を叩くようにまっすぐな目をエスピラに向けてくる。
「凝った作戦の後はあっさりとした作戦の方が今後を考えても良いでしょう」
カリトンが同意し、「それで行こう」とエスピラも認めた。
そして、作戦が決行される。
メタルポリネイオの守備兵は推定の最大値は五百。攻城兵器は半島に良くあった旧式が五台。連戦や転戦で性能の落ちた攻城兵器でも十分に圧倒出来ていた。
加えて、メタルポリネイオにとって援軍の見込みの無い籠城戦。士気の低下は避けられない。
結果、これまた自軍の死者を出さずにエスピラはメタルポリネイオを陥落させることに成功したのであった。
「マールバラがやってこないと言うだけで随分と楽だな」
「足元をすくわれたいのなら、その調子でよろしいでしょう」
エスピラの軽口は、ソルプレーサに淡々と切り捨てられてしまった。
苦笑を浮かべてから、エスピラは執務室の椅子に腰かける。
「贅沢な椅子だな。売ってしまおうか」
そして、すぐに立ち上がった。
そういやアフロポリネイオも贅沢品が多い街だったなと思いつつ。
オピーマの返礼品にしようか、とも考え、いや、と否定した。
「やっぱり、街の有力者のモノから好きなモノを何でも一つ、皆に与えようか」
「一万を超える者達に?」
つまり、奴隷込みで。
「ああ。代わりに、街の人は基本的に許す。アレッシアに忠誠を誓い、他の街を説き伏せれば罪には問わない。ただし、積極的に寝返った者達にこれまで通りの生活はさせないよ。民は、これまで通りだけどね」
むしろ蓄えていた財の一部を分け与えてしまおうか、ともエスピラは笑った。
仕事が増えただけです、とソルプレーサがため息を吐く。
「甘すぎる処理もまたアスピデアウスの思い通りかと思いますが」
ルカッチャーノも苦言を呈してきた。
「苛烈な処分を行おうと、寛大さを示そうとアスピデアウスからすれば私を攻撃できるからね。そこは気にしないよ」
言いながら、ファリチェが広げていた地図に一本線を引く。
「本格的なモノでは無いけど、軽く分断したいね」
アグリコーラ、インツィーア、半島南西部。
ハフモニの勢力圏を、三つに。
「とはいえ、だ。マールバラの耳目をようやく潰し終えたらしいから、これ以上こちらに居る意味も無くなっていてね。できればすぐにでも取って返し、インツィーアの肥沃な大地を復帰させたいんだ。なら、どうするべきだと思う?」
「アグリコーラを落としたアスピデアウスが半島南部に下りてくる前に、こちらに降る方が良い。そう、思わせると?」
ルカッチャーノが正解を当てる。
「ああ。彼らに裏切られて苦境に陥ったグライオが許す。そう言う形になって行けば、簡単に落ちるだろう?」
「落としたところで守れるだけの戦力がございません」
「元老院に申し出てもらうさ。軍団編成の許可をってね」
許可が下りても下りなくてもエスピラにとってはどうでも良い。
大事なのは、マールバラが半島に作ることができていた親ハフモニ領域の全てを守り切ることは最早不可能だと思わせること。
そして、民の心をアスピデアウスよりもウェラテヌスに傾けさせること。
そのための種まきこそが重要なのだ。
ルカッチャーノがため息を吐く。
「ご命令ならば、と申しておきましょうか」
その言葉は、今はカルド島でアルモニアを軍事方面で支えてくれているスーペルが良く使う返事だ。
「頼むよ」
笑い、今度はピエトロとグライオ、そしてフィルムを呼び寄せる。
「ピエトロ様。簡易的な軍事拠点を手早く作る方法はもうほぼ確立されておりますね?」
「ええ。他ならぬエスピラ様との協議によって」
最高齢のピエトロが一切の不快感を示さずに答えた。
「フィルムは交渉で度々マルハイマナに行き、本場のマルハイマナ式の植民都市を見ております。グライオも私と共にマルハイマナに行った経験がありますし、トュレムレでの籠城経験から何が必要かもわかるでしょう。
もう一段階、軍事拠点の作成マニュアルを発展させてほしいのです。できれば、夏までに」
ピエトロがため息を吐きそうな雰囲気で左眉を上げた。
「かしこまりました」
諦めに似た空気で、ピエトロが頭を下げてくる。フィルムは背筋を伸ばし、ぴし、と了解を示す動作を行った。
「エスピラ様も、お変わり無いようですね」
と、グライオが最後に頭を下げた。
降伏勧告の仕上げとして、のこのことやって来たハフモニ残党軍を分進合撃を用いて蹴散らす。
その後はグライオ、カリトン、ルカッチャーノ、エスピラと軍勢を分けて半島南西部を進めば簡単であった。当然、防壁の厚い街には一切寄り付かなかったが、一時的だとしてもある程度色を塗り替えることに成功したのである。
その結果に満足し、第一軍団はまたもや半島南東、ディファ・マルティーマへと引き返した。
今年も忙しい。駆けずり回ることになる。
いや、駆けずり回るのはエリポス以来だろうか、なんて兵に思わせながら。
エスピラは、第二軍団と合流してから南下してきたマールバラに相対するように進んだのであった。




