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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十二章
442/1593

変わらぬ立場

 確かに、ジュラメントは外征においては優秀だ。


 カルド島でそれを証明しているし、カリヨとの関係がほぼ完全に破綻した以上はプラントゥムでもフラシでも同じ手法を用いるだろう。


 だが、それはそれ。エスピラは理解はするが、先の言葉が我慢できないほど不快であることに変わりは無い。


「兵は? 財は? 食糧は? ジュラメント。もしもディファ・マルティーマで七万近い兵力を養えたからと軽く考えているのならやめた方が良い。私はマシディリの力を借りて何とかやりくりを完成させていただけだ。カルド島も今は立ち上がりの時期で何かと物入りになっている。私に余力はないぞ」


 少しの挑発を交えて言葉での正論を言い、同じく少しの挑発を続ける。


「ただ、そうだな。私も大事な人を、家族を失った悲しみは良く分かる。憤りもだ。


 ヴィンドが作っていたフラシとの外交経路を君達に預けよう。それから、初期兵力としてフィルフィア様にも話を通しておく。

 そのままフィルフィア様が代表として君達が旗下に加わるか、それともイフェメラが軍事命令権保有者として迎えるかは君達次第だ」


 自分達の力、と言いつつもエスピラの信頼篤く、私の弟まで言ったヴィンドの力とエスピラの義兄であるフィルフィアの力が重要な部分を担う。


 ジュラメントが嫌いなヴィンドと、イフェメラが嫌いなマシディリやセルクラウスの者。そんな者達の力を間接的に、直接的に、借りる。


 そんな意図にジュラメントは気づいたのだろう。


 険しい顔をしながら、何も言わずにいる。


「ありがとうございます!」


 対照的に思いっきり頭を下げたのはイフェメラだ。


「騎兵はほとんどいりません。エリポス以来の精兵を要求も致しません。グライオ様のようにとはいきませんが、師匠の力を極力削がず、必ずや大願を成就させてまいります!」


「勢いは良いが、まずはアレッシアに戻り葬儀の準備を行った方が良い。

 ジュラメント。

 君もついて行き、イフェメラの手助けと工作を進めておいてくれ。私も手が空けば動き出すよ」


 しばらくは軍団の再編などで動きにくくなってしまうが。


 軍団長であるヴィンド。第一列を率いていた軍団長補佐であるネーレ。

 そして、騎兵隊長であるイフェメラと軍団長補佐であるジュラメントが居なくなるのだ。

 特に歩兵第一列は損害も大きく、高官が二人ともいなくなると言う異常事態である。



(取り戻したとして、グライオはいつから復帰が可能なのか)


 そんな風に増えた仕事を抱えながら、エスピラの指揮する五十五艘六千六百の船団はトュレムレに向けて出港した。


 エリポス以来の者達の多くはディファ・マルティーマに残してある。

 陸戦主体だった彼らを海戦に使いたくは無いのだ。船が沈めばその船の兵の多くは死んでしまうのだから、そんな使い方はしたくは無いのである。


 当然、最精鋭を連れてこないことはアスピデアウスも知っているだろうし、海戦を指揮する者の方が損害が大きくなることを知りながら、エスピラにそんな命令を下したのだろうとは誰もが思っている。エスピラに止めるように言った者もいた。


 だが、エスピラは船を出した。

 そんなアレッシア海軍がトュレムレを捉えたのはサジェッツァの軍団が包囲を完成させた翌日。開戦の合図もエスピラから。


 ヴィンドが提案し、陸上ではもう使われなくなった超長距離投石部隊で以って、トュレムレを包囲する旧式の櫂船を一方的に攻撃し始めたのである。


 このために建造した甲板の広い七段櫂船五艘と元からあった七段櫂船二艘が投石の主力。

 小回りの利く三段櫂船は基本的には衝角による突撃部隊であり、カナロイアと共同開発したより機動力を増した五段櫂船六艘は両翼に置き、水夫も特に練度の高い集団を入れてある。

 攻撃の主力武器となる石は、エスピラがカルド島に居る間に起きたマールバラとの激闘跡地から拾ってきた。一年間の戦いに費やされた石が、長くても一か月もかからないであろう作戦に惜しみなく投じられる。


 まさに『性能差』。『国力の差』。


 途中、メタルポリネイオから来た援軍も二十三艘。しかも作られてから大分時間の経っている櫂船。


 数と攻城兵器の性能でそもそも近づけさせずに損害を生じさせると、彼らもすぐに撤退していった。


 しかも、これまでとは違いマールバラの進軍はマルテレスによって防がれる。


 エスピラが海軍を率いていても、サジェッツァの二万を超える兵と質は落ちるが量に勝る攻城兵器が陸上からトュレムレを一気に攻め立てる。隙が出来れば赤のオーラ部隊が壁を壊す。


 エスピラと違って、アレッシア側も被害が出るからと慎重にならず、多少の被害を承知で突っ込ませるような攻めも展開された。


 その動きはまさに怒り。

 壁を破壊しつくし、過剰に荒らす。


 当然、アレッシアを裏切ったことによる見せしめの意図もあるだろう。


 だが、苛烈な処理を施した後にエスピラと共に戦ってきた者たちにこの土地を与える。そのことによって悪評の一部をエスピラらに受け持たせる。加えて、反乱を起こそうにも頼りない壁しか用意させない。あるいは、壁の再建にいちゃもんを付けて蹴落とす気か。


(考え過ぎか)


「エスピラ様の功績は確実に凱旋将軍足り得るもの。しかし、凱旋将軍にしてしまっては完全にアレッシアの主導権はエスピラ様に移ります。被害を大きくするのも、『それだけグライオ様を助けようとしていた』と言うアスピデアウス側のアピールかと。あの者らはその昔、半島南部で私を見失っていますから」


 ソルプレーサが、船上で風に吹かれながら言ってきた。

 その昔、とは最初のカルド島遠征後の話である。あの時も、アスピデアウスは確かにウェラテヌスを監視しようとしていた。


「快速戦隊に攻撃を命じろ。乗り込むぞ」

「かしこまりました」


 ソルプレーサが慇懃に頭を下げる。シニストラがオーラを飛ばし、全軍に指示を伝えた。


 島とも言うべき船団が動き始める。


 波を割き、急速に敵軍へ。風も後方にまとめる。敵も対応しようとするが、その敵船の後ろに小さな水柱が立った。


 トュレムレの港からの攻撃だ。誰が、と言えば、グライオがだろう。ヴィンドらが運んだ投石機を用いて、石だけではなく木でも死体でも投げているのだろう。


 しかも、戦いの場所は船。

 兵士だけでなく水夫も多く乗っており、船が崩壊すれば死ぬのは彼らも同じこと。


 確かに水夫は拘束しておくのが普通だが、トュレムレの包囲が長引くのなら彼らをある程度自由にしておかないといけなくもなる。そうしないと船が動かなくなるし、帰れなくなるのだ。


 それが、仇となった。

 勝つ見込みのない戦に命を捨てられない者達が「それならば」と反乱を起こしたようである。


「賢い選択だ」

 と、エスピラは泳いで降伏を伝えて来た者を許した。


 収容と世話をサジェッツァらと共にアレッシアからやって来たアダット・ニベヌレスに任せ、エスピラと二十五艘の船はついにトュレムレに上陸する。


 草も生えていない。

 土もカラカラで、幾つかの小屋は板がはがれていた。石組は全て残っているが、木は欠けている部分が多い。動物も見当たらない。武器も尽き掛け。


(酷いありさまだ)


 閉じ込められてから、五年。

 むしろ良くぞ持ちこたえたと言うべきか。


「エスピラ様」


 風にのる、微かな声。


 エスピラに、懐かしい声が届いた。



 頬が緩む。目頭が熱くなるのは、年齢を重ねたせいか。あるいは安堵か。答えはあえて探さない。


「グライオ」


 エスピラは、緩慢とも言える動作でやせ細った片腕に声をかけた。

 グライオが膝を着いて深く頭を下げてくる。


「守り切れると豪語したにも関わらず、トュレムレを奪われたこと。言い訳のしようがございません」


 染み入るように、しかしはっきりと言ったグライオに、エスピラはゆっくりと首を振った。


「生きていてくれたことが一番だ。こちらこそ、遅くなってすまない」


 グライオに近づき、手を取って顔を上げさせた。

 本当に良かった、と本心からの呟きが零れ落ちる。


「エスピラ様。できれば、再び私に機会を頂けると幸いでございます。この失態、必ずや次の行動にて取り返して見せます」


 そんなエスピラに、グライオが力強く、エスピラにも喝を入れるかのように言ってきた。

 エスピラは、二度、三度と頷いた。


「そうだな。期待しているよ。無理では無いが、無茶はしてもらわねばならないからね」


 そして、抱えるようにグライオを立ち上がらせた。

 シニストラがすぐにやってきて、エスピラの代わりにグライオの杖となる。


「中より食い破れ。それで、この戦いに決着がつく」


 エスピラは船から降りてきた兵に命じ、封鎖した道路を越えて二千の兵を進軍させた。


 これが決定打。


 トュレムレは、五年ぶりにアレッシア領に復帰したのだった。


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