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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十二章
441/1592

狂想曲

「師匠!」

 と、トュレムレ奪還戦に向けて船を停泊させていた陣中にディファ・マルティーマにて留守居役を任せていたイフェメラが飛び込んできた。あまりの勢いにシニストラがエスピラとイフェメラの間に入るくらいである。


「どうした?」


 ヴィンドに従っていたニベヌレスの被庇護者たちに少し待つように伝え、エスピラはシニストラも下がらせた。

 イフェメラが真っ直ぐに進んでくる。ジュラメントが少し遅れて入って来た。


(唆したか)


 まあ、イフェメラを想っての行動なのだろうが。


「私を、プラントゥムに行かせてください!」


 否定することは簡単だ。

 だが、エスピラは思っていることを話せと言わんばかりにゆったりと構えた。イフェメラも意図を察してくれるのか、また距離を詰めてくる。


「父上が討たれたのです。確かに私はまだ今年で二十八。軍事命令権を与えるわけにはいかない年齢ではございますが、マルテレス様は同じ歳で執政官になりました」


 同じ歳、と言うのは二十八になる年、と言う意味である。


「師匠は二十七、いえ、代理ならば二十四の時に既に軍事命令権を付与されております。今のお二人に比べれば私は確かに未熟ですが、当時の二人に比べれば今の私の方が経験豊富だと断言できます」

「義兄上のおかげで」


 ジュラメントが静かに付け加える。

 イフェメラは熱意そのままであるかのように頷いた。


「しかも、プラントゥムに残されたのは父上と共に戦っていた兵とイロリウスの被庇護者たち。私が行くと言うのは筋が通っていると思います」


 その通りだな、とエスピラはまず肯定した。

 イフェメラの顔が明るくなる。が、エスピラも簡単には認められない。


「しかし、不確定な情報だが、マールバラがインツィーアを北上し守備部隊を壊滅させたのは事実のようだ」


 残念ながら、エスピラが誇る情報収集部隊は安全確保のためにマールバラの歴戦の斥候部隊と小競り合いを繰り返している。

 一応、優勢にことを進めてはいるが、まだ完全な優位を手にしたわけでは無い。


「このままマールバラが半島の東側を北上し、北方諸部族と共にヌンツィオ様を挟撃する、なんてことも考えられるし、これを罠として誘い込んでくることも考えられる。ヌンツィオ様には警戒するように送ったけど、マールバラを無視してイフェメラのような強力な戦力をプラントゥムに送るのはできないよ」


 マルテレスは臨時でディファ・マルティーマ北方に作った小規模防御陣地群に入りはしたが、進軍速度は遅い。応じるようにマールバラが南下してくるかも不明である。


「師匠!」

「何より、オプティマ様がもうプラントゥムに向かって行っている。ペッレグリーノ様は兄弟諸共討たれはしたが、未だに七千近いアレッシア兵はピオリオーネに籠り、トランジェロ山脈から東にはいかせないようにシドンを睨んでいるんだ。オプティマ様が持って行く財を合わせ、散った現地部族を再び糾合できれば二万は超える」


 トランジェロ山脈はプラントゥムから東、アレッシアのある半島へと陸路で至るためには越えなくてはならない山である。ピオリオーネはその麓にある、元アレッシアの同盟都市だ。


 ハフモニとの条約ではトランジェロ山脈以西はハフモニの自由にして良い、としつつもピオリオーネと同盟を結んだことでピオリオーネへの攻撃をアレッシアは許さないと伝え、それでもマールバラが攻撃をしたことでこの戦争は本格的に開戦へと進んでいったのである。


「ペッレグリーノ様を討ち取ったシドンの兵力も二万前後。こちらも二万前後を集められたのなら任務の続行には支障が無いはずだよ。少なくとも、元老院はそう判断するし、永世元老院議員も実力があってなっているからね。エリポス、カルド島、オルニー島。半島の外で言えばこれらさえ抑えられれば即座の危険には結びつかないと思っていてもおかしくない。

 そうなれば、次は半島内の敵勢力の駆逐に力を注ぎたいはずさ」


 要するに、トュレムレ奪還戦を実行させるために力を貸してくれた者達の多くは納得しない、動かない。そう言う話だ。


「ハフモニ本国に居る三万。プラントゥムから引っ張り出すポーンニームの二万。これらをカルド島に回すようにアイネイエウスは手を回しており、カルド島奪還に動かれるのは義兄上も警戒されていたはず。


 どう防ぐかの策として、プラントゥムへの侵攻を考えていたはずではありませんか?

 今義兄上の手元に居る者の中ではイフェメラこそが侵攻能力に最も長けていると思いますが」


 顎を引いて口を堅く閉じてしまったイフェメラに代わり、ジュラメントがそう言ってきた。



「その通りだけど、それはプラントゥム全体で槌と鉄床戦術を行う想定で進めていた作戦だよ。


 皇太子を失い荒れているフラシを手にし、ハフモニを背後から脅かす。その間にアレッシア軍をフラシ近くに上陸させ、西方からプラントゥムを攻め立てる。

 ヴィンドが後背地を押さえ、ハフモニに居る傭兵部隊三万をカルド島に入った私と共に兵を出さずに押さえつける。その間にネーレが主力を率いてプラントゥムに上陸する。ネーレの侵攻速度が鈍れば、ペッレグリーノ様の下に派遣したイフェメラが動き出す。


 イフェメラ、ペッレグリーノ様、オプティマ様。

 その三人が居れば、東方からの再侵攻も可能。マールバラ自体は半島南端部に留め置き、マルテレスに睨んでもらう。グライオを中心にしてピエトロ様やカリトン様に防御陣地群を作ってもらい、完全に封じ込める。


 まあ、全て崩壊したけどな」


 目を左にやって吐き捨てた。

 視界に入った紙を滅茶苦茶にしてやりたい衝動は、何とか堪える。


「次善の策も用意していたのではないですか?」


 ジュラメントがずけずけと踏み込んで来た。

 エスピラは静かに大きく息を吐きだす。そうして二秒ほどたってから、ジュラメントと目を合わせた。


「全員が生き残ることが最善だが、ずっとそうであることがどれだけ奇跡的な確率かなんて私も知っていたさ。誰を失うことになっても、グライオが居ればその代わりを埋められる。だが、二人は無理だ。ヴィンドとネーレを同時に失った今、全てを欲張れる力が私の下には無い。次善の策にイフェメラを手放すものも無い。ペッレグリーノ様も亡くなられたのは痛すぎる不幸だ」


 正確に言えばあるにはあるが、それを言っては納得しないだろうとの判断である。


「アスピデアウスを使えれば?」

「アグリコーラをいつ落とせるのかもわからない連中の力なんて計算できるか?」


 そのアスピデアウスの力を借りてトュレムレを落とそうとしているのに?

 とは、誰も言ってこなかった。


「名目上は違いますが、援軍の実際の指揮官はサジェッツァ様。アスピデアウスも本気になったとみるべきではありませんか?」

「サルトゥーラも連れてきているしな。トュレムレ奪還に関しては本気だろう」


 その意図がどうであれ。

 速攻で落とすのは、アスピデアウスにとっては得しかない。


「サルトゥーラ」


 ジュラメントが鼻で笑った。

 誰も咎める者はいない。内心では呼応しているかも知れない。


「義兄上とマルテレス様が組まれるのでしたら、ディーリー様を引き抜いておけばアスピデアウスも警戒を下げるでしょう。人間性に多少の問題はございますが、軍律は厳しく、勇猛であり、戦場では役に立つ男です。レンドはルフスの財も使えるようですし、それで以って兵を集めましょう。


 オプティマ様、ディーリー様。そしてイフェメラと私。グライオ様は追加されますが、ヴィンドとネーレ様を義兄上は失っている。


 義兄上の好きなように行うことへの横やりも大きく減らせるのではないでしょうか?」


 そして、サルトゥーラへの悪意を放っておき、ジュラメントがそう郎じた。

 締めと言わんばかりに、ジュラメントが自身の胸に左手を当てる。


「義兄上。この戦争における戦功著しいエスピラ・ウェラテヌスの義弟はこのジュラメント・ティバリウスただ一人なのです。弟子の中で最も指揮に優れているのはイフェメラ・イロリウス。

 この二人で以って、崩壊しかけた義兄上の策を立て直してみたいとは思いませんか?」


 そんな、エスピラにとっては一番不快な言葉で、ヴィンドとネーレを侮辱しているとエスピラが思えてしまう言葉でジュラメントが意見具申を終えたのだった。


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