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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十二章
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根回し

「サジェッツァと会ったと聞いているよ」


 机に置かれた氷のような声で言って、タヴォラドがお茶を飲んだ。


「永世元老院議員のお歴々からの頼みですから」


 応えながら、エスピラは横に座っている妻を見た。妻は、顎を引いて異母姉フィアバをじっと見ている。フィアバは困ったように笑いながらメルアとの視線を切れずにいた。


 まるで、友人宅で見つけた猫に構いたいが威嚇されているような状態である。


 奴隷が遠まきに道を封じているかのように居るせいで余計にフィアバの居場所が無いようにも見えた。手助けはしない。メルアが冷えるからとエスピラが布をかけ続けないと、メルアがわざと落とすのだ。


「君がそういう形にしただけだ。此の集まりと同じだろう?」


 そよ風を気にせず、タヴォラドが言った。


 フィアバが「兄妹で集まりたい」と言って、タヴォラドに掛け合い、場所を手に入れる。その上でメルアを招待したが、独占欲の強いエスピラがついてきた。


 そう言う形の集まりである。


 その内実が、タヴォラドとエスピラの会談であることは明白なのだ。


「何が目的だ?」


 淡々とタヴォラドが言った。

 ともすれば冷たく聞こえる声音は、その実責める意思はほとんど無いのだろう。


「戦時体制と言うことでアスピデアウス、もといサジェッツァが実権を握り、居る意味を失った永世元老院議員に存在意義を与えただけですよ。シニストラやトリンクイタ様にはお世話になっておりますから。家門にも還元してあげないといけないでしょう?」


 シニストラのアルグレヒトも、トリンクイタのディアクロスも現役の永世元老院議員を抱えている一門だ。


「ディファ・マルティーマに居る五個軍団五万を再編しているとも聞いている」

「永世元老院議員の方が、目をかけてきた仲間を失って意気消沈している若き前執政官を叱咤するために命令を下されただけですよ」


「エリポス方面軍一万一千で一個。騎兵一千と歩兵八千でもう一個。マルテレスに二個軍団一万八千でもう一つ。フィルフィアにあまりの一万を、か。随分と都合が良い命令だな」


「良く理解されている、と言うべきでしょう。囲うだけで何もしていないアスピデアウスの四個軍団四万がアレッシア南方に留め置かれております。危険に思うなと言う方が無理な話では?」


「アグリコーラ攻略の兵だ」

「おかしいですね」

 と、エスピラはお茶を少々タヴォラドの方に押し出した。


「フィルフィア様にスコルピオや投石機の設計図を渡してから二年などとうに過ぎ去っております。あの中には、量産に適したモノも含まれておりました。何故、使用しないのです? できないのですか? しようともしていなかったのですか?


 勝つ気が、無いのですか?」



 メルアのうろんな目がタヴォラドに向いた。フィアバが息を吐いて背を少し丸めている。口を開くタイミングでもあったタヴォラドは、顔を一切変えなかった。


 その隙に、エスピラは続ける。


「確かに、この国を立て直したのはタヴォラド様です。此処までの継戦能力を作り上げたのはサジェッツァでしょう。マルテレスが居なければアレッシア人に力を注入できなかったですし、ヌンツィオ様やペッレグリーノ様が居なければハフモニの援軍がどれだけ入って来たことか分かりません。

 今は亡きメントレー様やオノフリオ様の功績も見逃すことはできないのも知っております。


 ですが、一番功があるのは誰だと思います?

 この戦争で一番活躍しているのは誰だと思います?


 ルキウス様はエリポスに橋頭保を築いただけで凱旋式を開きました。内実がタイリー様と私が育てたモノを回収しただけだとしても、ルキウス様は凱旋将軍です。それがエリポスと言う土地でしょう。


 ある軍事命令権保有者はそのエリポスの中で国力が最大と言われているメガロバシラスを黙らせ、賠償金まで払わせた。それどころかマフソレイオとマルハイマナの和約の締結に一役買い、マフソレイオからの援助を確たるものにも致しました。マルハイマナとの間に不戦も結び、カナロイアからの協力を取り付け、エリポス全域をハフモニから切り離した。


 それだけではありません。


 カルド島も占領し、アレッシア化政策も推し進めております。文化面の功績としてもアレッシア人として、エリポス人以外として初めてエリポスの宗教会議に出席いたしました。

 数々の兵器の発展にも寄与し、ハフモニ本国にも攻撃を仕掛けております。マールバラだって追い払っております。


 タヴォラド様。

 誰が。一番。功があるのか。

 最高軍事司令官に相応しいのは誰か。


 はっきりと申し上げましょう。


 それはサジェッツァ・アスピデアウスでは無く、このエスピラ・ウェラテヌスです。建国五門が一つウェラテヌスの当主にして貴方の妹であるメルア・セルクラウス・ウェテリの夫であるこの私なのです」



 タヴォラドがお茶を横にどけた。

 タヴォラドの前ががら空きになる。


「永世元老院議員の方々が好きそうな言葉だ」


 七年は、確かに長い、ともタヴォラドが続ける。


「五年下されば、三年でお返しいたしましょう」


 最高軍事司令官の地位は独裁にも繋がりかねない地位である。

 短く済むのなら短い方が良い。それが、元老院の、そしてアレッシアの意思だ。


「悪いが、出来ないのも理解しているだろう? 元老院は、アスピデアウスともめているウェラテヌスには権威を与えることができない」


 タヴォラドの言葉を、メルアが鼻で笑った。


「女一人止められない役立たずのセルクラウスには話すだけ無駄よ」


 フィアバの肩が跳ねる。

 彼女の目も、弱弱しくタヴォラドの方へ。


「私にとってはもっと大きな獲物を追っていたのでね」


 そのタヴォラドが背筋を伸ばしたまま淡々と言った。


「あら。エスピラの力を借りて、でしょ? 本当に。ウェラテヌスの足しか引っ張れない愚劣な家門ね」


 メルアがタヴォラドを睨む。


「メルアちゃん。メルアちゃんも、一応セルクラウスだよ」


 フィアバはおどおどと。


「一応? 私は、立派なセルクラウスだけど? それとも、今も生きているパーヴィアの子じゃないとセルクラウスじゃないって言いたいの? 母上は、要らない人だって?」


 そして、メルアに切り捨てられた。


「母上の面影があるメルアに」

「それしか言えないのね」


 タヴォラドの言葉の途中でも、メルアがぶった切る。


 ふう、とタヴォラドが鼻から息を吐いた。

 何とかしろ、とでも上から頼むかのようにエスピラを見てくる。


「最高軍事司令官の地位を頂くのが先です」


 エスピラはメルアに手を伸ばさず、背もたれに体を預けた。


「それはできない」


 タヴォラドが言う。


「ティミド様の試算では、このままサジェッツァに預け続けるよりも私が指揮を執った方が国庫へのダメージも少なく済みますが」


 ティミド! と小声でフィアバが顔を明るくして反応した。


「軍事の分からない奴の試算などあてにならない」


 フィアバの肩が萎む。

 しょぼん、と言う文字が後ろに見えるようだ。


「攻城兵器についても同じことをおっしゃるのでしょう? あてにならないから実戦投入はしない、と。


 馬鹿々々しい。

 ならば、試してみれば良い。トュレムレで」


 エスピラもお茶を退けた。

 タヴォラドとの間には机以外何もなくなる。


「アグリコーラには及びませんが、あそこも中々の城壁です。グライオが改造を施しておりますので、私たちの知らない防御設備が存在してもおります。


 が、今ならばマルテレスがマールバラを睨んでいる。ディファ・マルティーマ自体がマールバラの行く手を阻む要塞になっている。何よりも、これ以上のアグリコーラの放置は元老院が弱腰との誹りを受けることは免れず、また今トュレムレを落とすことはマールバラに大きな打撃を与えることになります。


 トュレムレをアスピデアウスの軍団が主力で、アグリコーラを単独で。


 そうなれば、他の軍団を支えた功績と共に間違いなくアスピデアウスは筆頭格の功労者、となるでしょう」


「グライオ・ベロルスを返してほしいと素直に言ったらどうだ?」

「何度も言っております。永世元老院議員の方々にも、遺憾の意を伝えさせていただきました。アダット様は、息子の死の責任は元老院にもあるとお考えのようで」


 その考え方は、ニベヌレスどころかナザイタレなどの他の遺族にも広がっている。


(まあ、こういうところだよな)


 本心からの悲しみでは無く、演技や打算があるとカリヨに言われてしまうのは。


「タルキウスも優秀な人材を遊ばせ続けている私やタヴォラド様を含めた臨時の元老院議員全員に対する不信任決議案を出す予定だそうですよ。ナレティクスは未だに意思を持てておりませんがね」


 それでも、エスピラは淡々と付け加えてお茶を口にした。


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