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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十二章
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やあ、臆病者の皆様

「やあ、臆病者の皆様」


 やあやあ、とエスピラはハフモニ語、プラントゥムで良く使われる言葉、北方諸部族の言葉で三つ、最後にエリポス語で笑いかけた。


 良い笑顔で。

 手を広げ。

 鎧が無いことをアピールしつつ、鷹揚に。


「アレッシアは人質を認めない。何故、殺さなかった? 怖かったのか?」


 臆病者め、ともう一度笑う。


 人を殺す勇気もないのか? それともアレッシアの神々が怖いのか?

 ああ、アレッシア人が怖いのか。


 と、別々の言語でエスピラは告げた。



「貴様らが足を止めたのは、それ以上来る勇気が無かったからだ。


 死体や捕虜しか貶められないのは、生きているアレッシア人に対しては媚びへつらう事しかできないからだ。


 何より、本当に挑発できる立場にいるのなら何故君達の主は姿を見せない?

 顔を晒すのが怖いのだろう? 神に認識されるのが怖いのだろう。


 臆病者め。


 常に自分より立場の弱い者を矢面に立たせることでしか生きられない臆病者だ。己が真に認識されない状況でしか強い言葉を吐けない弱者だ。


 いや、それは他のハフモニ人にも共通しているな。

 ハフモニ人はプラントゥムの者たちを危険な場所に置き、プラントゥムの者は北方に住まう君達を危険に晒すことで安全を図る。


 アレッシアに恨まれるのは、君達だからねえ。命じているだけで、悠々としているのさ」



 ならば私が君達に投げる侮蔑の言葉は「捨て石」「要らない子」「生きている死体」「どうでも良い存在」と言ったところかな。と、エスピラは北方諸部族の言葉で繰り返した。


 せっせと死体を貶めていた者たちの手は止まっている。


 体格に劣り、一対一ならば弱い存在。

 それが北方諸部族から見たアレッシア人。

 そのアレッシア人が武装せずに一人で喋っているのだ。


 攻撃を加えることは、臆病者だと認める行為である。加えて、北方諸部族とひとまとめにしているのはあくまでもアレッシアやハフモニ。彼らには彼らの争いがあり、殺した者は英雄と言うよりも他の部族からすれば見下げた奴となる。そんな者がいる部族は、この戦争後に潰されかねない。


 だから、動かない。動けない。


「私は良く考えろと言ったはずだ。ハフモニ人のために生き、アレッシア人に媚を売り、自らの部族を危険に晒す生き方を続けるのか、どうか。決断しろと四年前に伝えたよな」


 ゆっくりとしたエリポス語で。

 ハフモニ、プラントゥム、北方諸部族の高官に語り掛けるように。


「残念だよ。君達の言う勇気とは、強きモノに流されることだったらしい。こそこそと隠れる者こそ君達の主に相応しかったらしい。


 戦いが始まってから十年。

 その姿を見せることなく生きていくことが君達の言う信頼できる主らしいな。


 阿保らしい。


 顔は既に割れている。


 ヴィンドがその程度のこと出来ずに亡くなると思っていたのか? そもそも、交渉で直接会っているアレッシア人がいることを忘れたのか?


 馬鹿にするのもいい加減にしろ!


 アレッシア人も、北方諸部族も。

 お前が思っているほど愚かでは無いぞ、マールバラ・グラム」


 思い出せ。マールバラは、アレッシアだけでなくお前たちも馬鹿にしていたことを。

 と、エスピラは北方諸部族の言葉で繰り返した。

 事例をあげつらった。


 あえてゆっくりと。ハフモニやプラントゥムの通訳も聞き取れるように。


「一度だけ、お前に機会を与えよう」


 そして、ハフモニ語でエスピラは高々と言った。

 北方諸部族の礼儀に則ろう、とエスピラは三度、別々の北方諸部族の言葉で朗じた。


 意図を理解したらしい、と実際に狼藉を働いていた者たちの顔を見て判断し、エスピラは剣を抜いた。


 頭上でぐるりと回す。

 二度、三度と回し、後ろに向け、横にする。


「マールバラ・グラム!」


 一騎討ちの合図。

 北方諸部族の礼儀に則った動き。


「出てこい。オルゴーリョ・ウェラテヌスが次男、エスピラ・ウェラテヌスが一騎討ちを求める。

 今は亡きヴィンド・ニベヌレスの仇討ちであり、そこで蔑まれたネーレ・ナザイタレの名誉回復のための戦いだ。

 まさか。逃げるつもりでは無いだろうな。勇士達の主ならば逃げることはあるまい! 臆病者の主ならば逃げるのも納得だ!」


 顎を上げ、首を見せる。

 確かに、顔の情報はあるのだ。ニベヌレスの被庇護者たちが書き記してくれたのだ。


 が、戦い方については何の情報も無い。

 勝算も無い。


 オーラを使えば、殺すことは可能だろうが露見する可能性もある。露見すれば、そのままメルアの危機にも繋がりかねない。


 ふう、とエスピラは深く息を吐いた。

 革手袋に包まれた左手が、痛みを訴える。


「盛り上げが足りないらしいな」


 そう、小さくも良く通る声でエスピラは呟いた。

 北方諸部族に対し、目と顎で盛り上げろと暗に伝える。捕虜となっているアレッシア兵が盛り上げるべく声をあげ始めた。


 最初は驚いていた北方諸部族の者も、一部動き始める。


 筋骨隆々の者から、まず。

 一騎討ちを好む者、望む者。

 そう言った者たちは声も大きいのだ。


 加えて、マールバラも捕虜に一騎打ちをさせている。見世物にし、士気を高め、同時に食糧の節約にしていることはエスピラも把握しているのだ。



 他者に強要し、盛り上げ、楽しんでおきながら自分は乗らない。


 指揮官としては正しいだろう。

 アレッシアやハフモニには認められただろう。プラントゥムでも良い顔はされないが理解する者はそれなりに居る。


 が、北方諸部族なら?


 嫌な顔は、そのまま不信感に繋がるのである。


 盛り上がれば盛り上がるほど。

 その落胆は大きくなる。


 それでも。

(マールバラは乗らない)


 エスピラは自身を痩躯だと言う。

 他のアレッシア人も、エスピラは細身だと言うし、体を隠すのも肉体を見せないためだと思っている。


 が、それはあくまでもアレッシア人としては。

 暗殺に長け、兵にさせている過酷な行軍訓練をせずともついていけるほどには鍛えている。

 ドーリス王アイレスとの一騎討ちにも勝ち、北方諸部族との一騎討ちにも勝った。


 何より、エスピラは軍団を率いての戦いではまだまともにマールバラと組み合っていない。


 エスピラから仕掛けた時は、防御陣地群で。

 つまり、エスピラにとって有利な状態をエスピラが作り上げてから。勝てると判断してから。


 それを知ったうえで、マールバラがわざわざ勝ち目が少ない方に賭けるのか。

 いや、それだけでは無い。

 エスピラをこの場で殺しても、マルテレスの軍団が居る。しかも親友ならばその意気は天を突くだろう。


 マールバラが敗れれば?

 完全に北方諸部族からの忠誠を失う。それだけではなく、ハフモニ軍は完全に瓦解し、半島から消える。そうなれば、ハフモニの領土内での戦いしかなくなるのだ。


 釣り合わない。


 エスピラを殺す勝利しか、マールバラにとって利益は無い。


 エスピラが義兄を暗殺したと信じているのなら、顔を晒した時点でマールバラにとっては自分の死が確定すると思っていてもおかしくは無いのだから。


 幾つかの、騎兵による行き来が終わった。


「エスピラ・ウェラテヌス!」


 立派な鎧を着た騎兵が叫んだ。

 後ろにはフラシ騎兵と思わしき騎兵が並んでいる。


「貴様の勇気に敬意を表し、捕虜を解放し遺体も引き渡そう。これは、マールバラ様からの格別の計らいである」


「逃げたか」


 尊大な物言いに対し、エスピラは鼻で笑い返した。

 剣を仕舞い、両手を広げる。

 良き的だ。

 実際に一人の騎兵がエスピラに槍を投げてきた。当たらない。顔の横を通り過ぎ、風切り音だけをエスピラの耳に届けて後ろへ。


 その騎兵を、別の騎兵が後ろから突き殺していた。


 迷いの無さからして、策略だろう。

 殺せれば良し。外れれば殺して、勝手だとする。


 幾人もの兵を見捨てるような作戦を立てていたマールバラらしいやり方だ。


「私に槍などもう当たらない。先の二撃が幸運だったのだ。信奉者が多く居れば、神も目が足りなくなるだろう? だが、今はもう神は私から目を離さない」


 堂々と。

 瞬きもせず。

 滔々とエスピラは述べた。


「七日後。決戦と行こうか、マールバラ。この地、この場所で。

 こちらは私とマルテレスの軍団しか出て行かない。数は互角だ。策は弄さない。純粋に、相手を屈服させられるかどうかの戦いになる。

 ただそれだけだ。

 これならば一騎討ちから逃げたことにはなるまい」


 エリポス語で述べた後、全ての言語でエスピラは繰り返した。

 槍を握っているフラシ騎兵もいるが、掲げられていない。手が震えたまま、止まっている。

 馬も啼かない。いや、動いてすらいない。首も振らない。


 エスピラが言葉を繰り返している間、誰もが上と下の唇を離しはしなかった。


「ああ。数が少ないかも知れないか。

 安心してくれ。帰してあげよう。こちらが捕まえている捕虜を。傷をいやし、病を排してから。

 君と違って、私は心が広いのでね」


 感謝したまえ、と最後に告げ。

 エスピラは、解放された捕虜と数多の死体とともにディファ・マルティーマに堂々と帰還したのだった。


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