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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十二章
430/1596

アレッシア式重装騎兵

 アレッシア式重装騎兵アレッシアンカタフラクト

 即ち、マルハイマナの重装騎兵カタフラクトを模した兵団。


 その計画の始動は、エスピラとシニストラが初めて行動を共にしたマフソレイオの使節としてマルハイマナに行った時である。


 その時に手に入れたカタフラクトの装備をアレッシアで研究し量産体制を整え、マルハイマナからも買い、敵に合わせて微調整を行う。馬の選定と調練も行う。


 研究および製造のための鍛冶師は、最初から持っていた。

 量産のための財は戦争の過程で手に入れた。

 指揮官は、今は亡きボラッチャが、インツィーア以前からエスピラに好意的だった者が引き合わせてくれたカウヴァッロが居る。

 兵自体の実戦経験もマールバラと言う最高の敵がいた。仕上げを行うには十分な土地がカルド島にはあった。


 そこまでの入念な準備を整えた末の兵団が、今、フラシ騎兵に襲い掛かったのである。



 馬とは本来臆病な生き物だ。


 個体差はあるが、戦象が大きな威力を発揮したのは人も馬も見慣れない生き物にパニックを起こしたから。


 そして、カタフラクトとは馬と人を鉄でできた布で覆う重装騎兵。見た目は馬でも無く、乗っている者も異形の存在。

 しかも、馬体や疲労の見えなさから恐らく今のフラシ騎兵が乗っている馬は半島に居た馬。カタフラクトなど知るはずの無い馬。


 何より、アレッシア式重装騎兵の仮想敵の一つはフラシ騎兵。


 その遠くからの投げ槍は鎧に弾かれ、遠すぎる投石に足も止めない。近づけば圧倒的に有利なのはアレッシア式重装騎兵の方で、何よりも馬の制御を失った者が多いフラシ騎兵に組織的な反抗は不可能。


 結果。少しの戦闘の後、フラシ騎兵が散っていった。

 落馬した者はしっかりと止めを刺したり、フラシ騎兵から奪った投げ槍を背中に突き刺したり。


 その後で、追っていく。


 その間に勢いを増した歩兵第三列といつの間にやら近くにやってきていたジュラメントの千二百が目の前の北方諸部族を潰走させた。


 現在、最大の敵は目の前の、見慣れた鎧を着た見慣れない兵団。

 その鎧を着ていること自体が挑発にもなる敵兵たち。

 その数は、ジュラメントの部隊を加えてもまだ相手の方が多いだろう。七千ほどか。つまり、こちらの二倍程度か。


「攻撃を加えたいところだが」

 と言うエスピラの横に、治療よりも敵を殺せと追い払われていたシニストラが戻ってくる。


「動揺があるのであればよろしいのですが、足並みは戦場にしては揃っているように思えます。恐らく、マールバラが動揺を抑えているのではないでしょうか」


 歴戦の百人隊長であるステッラがエスピラに肩を貸すようにしながら言う。

 べちゃり、とステッラの動いたことによる汗とエスピラの汗が混ざった。


「相手の攻撃を受け止めながら、森に引く。相手を引き付ける」

「やってくるでしょうか」

「フラシ騎兵が逃げたのは騎兵を引き離すため。ならば、数で勝る今は向こうにとって好機のはず」


 とは言うが、賭けだ。


 やってくるか。やってこないのか。

 どちらにせよ確証など無い。


 それに、森に引いたところでイフェメラが意図を察し、挟み撃ちにしてくれなければ時間が伸びただけだ。いや、イフェメラが森の討伐を終わっていなければ詰む。そもそも孤立を避けるためにもう遠くにいるかもしれない。


 うぉお! と雄たけびを上げて。

 ハフモニ軍が突っ込んできた。


 ジュラメントの部隊が受け止め、その後ろで第三列が盾を構えて列を作る。ジュラメントの部隊が退く。第三列の一部が受け止める。退く。その後ろの部隊が受け止める。退く。ジュラメントの部隊。退く。第三列。第三列。ジュラメント。


 ハフモニからしてみれば押しているようで、敵を倒せず。

 アレッシアからすれば少しのミスも乱れも許されない後退戦で精神をすり減らしつつ。


 自分を治療している暇があるのなら他の者を治せ、とエスピラは白のオーラ使いを誰も近づけさせなかった。


「あそこだ!」

「狙え!」

「あれだけ取れば良い!」


 そんな、エスピラを狙っているのが明らかに分かるハフモニ語やプラントゥムの言葉が飛び交う。

 エスピラの近くに槍や勢いのあまりない石が落ちる。しかし、突貫は既に見た。

 アイネイエウスの、本当の決死の覚悟で迫ってくる者たちを経験した。

 ディラドグマの味方を殺してまでの決意を肌で感じた。


 それから比べれば、正直、まだまだだと言うのが第三列の本音である。


 見下しながら退き。見下しながら、退き。


 エスピラは自身の荒い息を理解し、戻ってきていたアビィティロを呼び寄せた。

 体を預け、士気の面で危険と知りつつ奥へ。案の定敵が勢いづいた。


 後退のための戦いから、本当に押される戦いへ。


 一列あたりの数を増しながら、回転率が上がり。


 誰も彼もに疲労の色が濃くにじみ出た。


 疲労は敵も同じだが、敵の疲れ切った兵は死んでいる。後から後から出てくるのは、疲労が少ない兵か一回下がって休息十分な兵。


「今が攻め時! 我らが祖国の名誉のために、すり潰せ!」


 低く遠くまで響く楽器のような声が、戦場に良く通った。

 マールバラの声だろうか。


 敵が、腹から吼える。アレッシア軍の内臓を揺らし、アレッシアの有志たちの踏み込みを指一本分減らす。


 たったそれだけ。だが、決定的な差。

 押し込まれ、押し込まれ。


 アレッシア兵同士の距離が、大きく縮まっていった。


「シニストラ! 攻撃合図!」


 イフェメラが居る保証は無い。

 が、エスピラは少し遠くに居るシニストラに向かって叫んだ。


 相変わらず体は痛む。汗が地面に落ちる。アビィティロにかける体重だって増えた。新たな汗が頬の横をなぞり、顎を伝ってにっ、と落ちていく。奥歯は砕けていてもおかしくは無い。


 白のオーラが、打ち上がった。


「はったりだ!」


 別の男がハフモニ語で吼えた。

 青のオーラが、打ち上がる。返答のリズムで戦場に打ち上がる。


 地響きが、急速に近づいてきた。


「戦の神は、我らに味方せり!」


 勢いのある叫びと共に、青のオーラを敵にぶつけながらイフェメラが真っ先に飛び込んで来た。


 青のオーラは精神安定。

 これだけなら良き効果だが、浴びすぎれば折角上がっていた戦意が下がる。興奮状態から覚めてしまう。


 動揺した部隊にはそのまま。

 興奮していた部隊は冷やして。


 そして生じた弱点に、イフェメラは兵を突っ込ませていった。

 しかし、マールバラも流石のモノでその弱点を埋めるように兵を動かしつつ、あくまでもエスピラのいる前方に多くの力を注ぐ。


 イフェメラが、また空にオーラを放った。

 新手が出てくる。プラチドだ。マールバラが応対するも、次のアルホールには兵力が足りなくなってきたのか大きく乱れた。


「今より一歩も引くことは許さない!」


 今が好機。

 そう判断し、エスピラはウーツ鋼の剣を引き抜いて叫んだ。

 特有の模様が太陽に照らされ、輝く。


 ステッラが、ラーモが。戦い慣れたモノたちが腹から叫び、力強く前進を始めた。アビィティロにも戦う許可を出しつつ味方の怪我を治療させる。


 多対一から一対一も辞さない戦場へ。

 闘志をむき出しにし、血を血で塗りつぶし、剣や槍だけでは無く盾もぶつけ、蹴り、殴り、噛みつく。そんな闘争の場へ。


 赤子ですら飛び跳ね、幼子も人を睨むような戦場にまた新たな騎兵がやって来た。

 当然両軍の視線はそちらに行く。警戒も集まる。


 最大の注目が集まった状態で、騎兵の前列全員が赤いオーラを槍に纏わせた。


 アレッシア兵だ。


 そんなことが出来るだけのオーラ使いを用意できるのは、アレッシアぐらいのモノである。

 少なくとも、戦力を此処に集中するように投入してきたハフモニ側にそんな予備が居るのなら、もっと早くに投入しているはずだ。


「待たせたな!」


 叫びながら、槍を落として兜ごと敵兵の頭を砕いたのはマルテレス。


「マルテレス……」

「おっと、文句は言うなよ。マシディリからの頼みだからな。褒めるのもマシディリで良いぞ。マールバラの動きに気付いたのはマシディリだからな」


 マルテレスが白い歯を見せて笑ってきた。


「ついでに、ディファ・マルティーマで補給させてくれよな」と言って、マルテレスがハフモニ軍に突撃していく。


 今こそ騎兵だけだが、その内残りの兵も来るだろう。

 そうなれば、アレッシア軍は四万近く。マールバラは恐らく三万。しかも散らばっている。包囲はせず、エスピラを殺すと言う目的も最も敵兵の厚い場所を破らなければならない。


 作戦の失敗を悟ったハフモニ軍が見事な手腕で退いて行くのに、さほど時間はかからなかった。


「運の良い戦だったな」

 と、神に感謝を捧げて。


 エスピラは目を閉じ、地面に崩れたのだった。


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