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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
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ウェラテヌスの道

「御安心ください。マルテレス様の軍団がエリポスの風習を取り入れているのは知っておりますが、必要以上に真似するつもりはございません。


 軍団の力は最後まで戦う兵によって決まります。兵の力は普段の力をどれだけ戦場で発揮できるかによって決まります。


 ならば、私が思うにディラドグマや串刺しの森こそ精強な軍団を作るのに相応しく、財物人の共有は死地に向かう人々を鼓舞するのに相応しいのでしょう。しかし、後者が死地に向かうのはあくまで師となる人物が率いるからこそ。エリポスで条件次第では敵方に寝返る者が多いのはそのため。師よりも良い条件があるからこそ。


 私は、すぐにでも戦うべき集団が必要とあれば父上と同じ手法を用います」



 とん、とエスピラは左手の中指で机をやさしく叩いた。


「あまりお勧めはできないけどな。


 マシディリ。我らが歩くのは山道だ。しかも、荷物はどんどん増えていく。重きに耐えかね足が動かなくなれば登ることは叶わない。重きにせっつかれ、足が止まらなくなれば転げ落ちるだけ。


 ウェラテヌスの名を背負うと言うことは確実に荷が多くなる。あまり、自ら背負い込むなよ」



 マシディリの口が引き締まる。

 表情は堂々と。覇気に満ちて。誰よりも雄々しく。荘厳に。


「進むと決めた道に大木を落とされても、父上はそれを退けて、あるいは乗り越えて行くはずです。受け継ぐのが血では無く誇りや魂であるのなら、何故私が逃げねばならないのでしょうか」


 エスピラの目が少し大きく丸くなった。眉も上がっている。

 それから、くしゃりと笑った。


「その通りだな」


 そして、立ち上がる。

 机を回って、マシディリの方へ。


 最近になって背が伸びてきたが、まだ苦労なく頭に手を載せられる。メルアのモノと非常に良く似ているが、少し硬い髪がエスピラの手を出迎えた。


「だが、あまり頑張りすぎるなよ。

 無理はするな。疲れたら休んで良い。休んで、歩きたく成ればまた歩けば良い。無理ならばもっと休めば良い。潰れたらおしまいだ。それなら頑張りすぎない方が良い。

 どんなマシディリでも、父は愛している。母上もお前を愛している。愛しているマシディリが、元気で長く生きてくれることの方が嬉しいんだ。


 ただ、必ず最後には歩き出してくれ。

 我儘で申し訳ないが、これは、父親としての言葉だ」


 撫でていた手を止める。

 マシディリの顔が、少し上がった。エスピラは、目が合った愛息にやさしく微笑む。


「私もメルアも良い親とは言えないが良い子には恵まれた。

 最も誇り高き一門。期待に応えるのがウェラテヌス。

 そう言いはしたが、マシディリも十分に私の誇りだ。それだけは忘れないでくれ」


 革手袋越しに口づけを落とす。

 神々の加護を。父祖の導きを。良き、縁を。


「寂しくなるな」


 愛息から手を離し、エスピラは宙に呟いた。

 マシディリが頭を下げたような気配がする。


 エスピラは、口角を上げて無理矢理笑みを作った。無理矢理と思われないようにするのは得意なのだ。もう、慣れてしまっている。


「たまには母上に手紙を書いてやってくれ。まあ、メルアも素直に受け取る性格では無いから、家族に向けてでも良いし、報告として最後に少しでも良い。そうすれば、メルアも喜ぶ」


「父上ほどの頻度で書けるかは分かりませんが、必ず」


「うん。頼んだ」


 ぽん、と頭に手を置き、また撫でる。


 仮に、マシディリが優秀では無かった場合。自分は愛情を注がないで次の子に行けていたのだろうか。


 否。そんなことは無い。

 きっと、可愛がってしまうのだろう。

 そして、どんどん離れていく息子を心配し、手を回してしまう。


(それだけは、してはいけないな)


 トリアンフ・セルクラウス。

 あの義兄のような存在は、決してウェラテヌスから、いや、アレッシアからは二度と出してはならない。

 そうは思うものの、エスピラは感情に任せて愛息を撫で続けた。


 マシディリも避けようとはせず。シニストラも止めず。


 エスピラが止まったのは、ヴィンドが帰還軍の編成が終わったとの報告を持ってきてから。

 マシディリとヴィンドが互いに気を付けてと言葉を交わしている。


 それから、エスピラは表情を引き締め、ディファ・マルティーマへ、家族の下へと軍を向けたのだった。


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